嫌疑けんぎ)” の例文
惣太はかおの色を失って荷田の手を押し払って、それを拾い取って懐中へじ込もうとしますから、いよいよ嫌疑けんぎが深くなるわけです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ればといいこれを幕府の方に渡せば、殺さぬまでもマア嫌疑けんぎの筋があるとか取調べるかどがあるとかいっ取敢とりあえず牢には入れるだろう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ずるいやつた知ってたが、まさかあんな嫌疑けんぎを受けようとは思わんかった。いや近ごろの軍人は——僕も軍人だが——実にひどい。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ことに、七百両という女房の大金を持ち出して、ゆうべひと晩どこかをうろうろしていたということが、大きな嫌疑けんぎの種でした。
「ウン、それは」と検事は控帳ひかえちょうの頁をくりかえしてみながら「湯呑をひっくりかえしたのは星尾信一郎だな。星尾に嫌疑けんぎがかかりますね」
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かの女は咄嗟とっさの間に、おならの嫌疑けんぎを甲野氏にかけてしまった。そしてそのめに突き上げて来た笑いが、甲野氏への法外ほうがい愛嬌あいきょうになった。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
また、その嫌疑けんぎのために、わが子の松寿丸しょうじゅまるへ打首の厳命が出ていたことなども——まったく夢想もしていないらしかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これをもってわが指令書の中にも、しゅとして土国の嫌疑けんぎかもすべき諸事を避け、宗教の事にかかわる条款じょうかんに至りては、ことに過多の寛裕を与えたり。
そうしてこっちが驚いておこるとよけいにおもしろがってそうするのではないかという嫌疑けんぎさえ起こさせるのであった。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼等は間牒かんちょう嫌疑けんぎのため、臨時この旅団に加わっていた、第×聯隊の歩哨ほしょうの一人に、今し方とらえられて来たのだった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや、好奇ものずきから、かように下らぬ服装なりをしておるため、何かは知らぬが、あらぬ嫌疑けんぎをこうむり、えらい人さわがせを致したな。まま許せ、許せ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
別れぎわに浪士らは、稲雄の骨折りを感謝し、それに報いる意味で記念の陣羽織を贈ろうとしたが、稲雄の方では幕府の嫌疑けんぎおもんぱかって受けなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下手人げしゅにんはまだ確かには判らないが、村の百姓甚右衛門のせがれ甚吉というのが先ず第一の嫌疑けんぎ者として召捕られた。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてそれが佐藤君に対する嫌疑けんぎとなった。彼はそれがため、別に不敬罪として起訴された。我々はそのことを市ケ谷の未決監で聞いて大いに心配した。
赤旗事件の回顧 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
彼女は自分を好まない人々の憎悪を大袈裟おおげさに考えていた。人々から嫌疑けんぎをかけられてると思っていた。ちょっとしたことで身の破滅となるに十分だった。
それに何の関係もない日本国政府の官吏がそういう話をするということは英国政府の嫌疑けんぎを受けるきらいがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
秀吉においては、嫌疑けんぎがあるというだけでも即時死刑にする充分な理由であった、そしてその怒れる支配者の意に従うよりほかに哀訴の道もなかったのである。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
かくてそれまでは自ら洗礼をうけ、あるいは切支丹に厚意を持っていた西国の諸侯は、幕府の嫌疑けんぎをおそれるがゆえに改宗し、あるいは切支丹の討伐にかかった。
とはなはだ尋常茶飯事じんじょうさはんじのごとき口調くちょうで答えた。これが日本ならいろいろな嫌疑けんぎも受けるであろうが、自由の天地は違うと思いながら、僕はそのほうに足を運んだ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ブロクルハーストさんがリード夫人からの受け賣りで、根據もないのに、大げさに吹聽ふいちやうしたこの嫌疑けんぎを、あなたは受けてゐる譯がないのを、私が知つてゐるやうに。
「すると何かの間違いでしょうか。間違いなら嫌疑けんぎとか何とかそう言って連れて行きそうなもんじゃありませんかね。」とお国はれ馴れしげに火鉢に頬杖ほおづえをついた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その牛肉屋のぎゅうが馬肉かもしれないという嫌疑けんぎがある。学生は皿に盛った肉を手づかみにして、座敷の壁へたたきつける。落ちれば牛肉で、ひっつけば馬肉だという。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あっちが顔のいい上にあんなにはねッかえりで、瓜田李下かでんりか嫌疑けんぎなんぞにかまわないところへ。こっちがおかしくべたべたするたちだから。おかやきがやかましいのサ。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
嫌疑けんぎの本人がおれでよかった。外様大名なら家が潰れる。そうむやみと潰してはいけない」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
正しいことをすればするだけ、言へば言ふ丈、その嫌疑けんぎを免かれる方便の如く思ひされた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そないしてるあいだも時々おなかいとなって出血するのんで、ここで何ぞの事でもあったら病院に嫌疑けんぎがかかりますし、そうかて苦しんでるもんを黙って見てるいう訳に行かんし
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窃盗せっとう嫌疑けんぎけて、身体検査しんたいけんさまでされ、半裸体はんらたい姿すがたちながら、職務しょくむ忠実ちゅうじつすぎる男の自由じゆうにされる——これがはずかしくないだろうか? しかし、これも経験けいけんなのだ。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
掏児すりに取られたていにして届け出よう、そう為ようと考がえた、すると嫌疑けんぎが自分にかかり、自分は拘引される、お政と助は拘引中に病死するなど又々浅ましい方に空想が移つる。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
自分には絶対に嫌疑けんぎのかからない方法で、女をなぶり殺しにしたいというわけですね。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかえしに、色仕掛いろじかけで、たらしこんでしこたまかねさせてやろうとかんがえたつてわけ。ところが、ほんとうに因業いんごうおやじでどうにもならない。おまけに、嫌疑けんぎまでかけられてさ。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
倉地が自分を捨てて逃げ出すために書いた狂言が計らずその筋の嫌疑けんぎを受けたのか、それとも恐ろしい売国の罪で金をすら葉子に送れぬようになったのか、それはどうでもよかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手持の船に一家眷族けんぞくを乗せてツーランに入津し、フェイフォに落着きたい意嚮らしかったが、海賊の嫌疑けんぎがあるので、大年寄がいい返事をしなかったら腹を立てて暹羅シャムのアユチャに行き
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただ遺憾いかんなるは脇屋わきや某が屠腹とふくを命ぜられたる事を聞き、かかる暴政ぼうせいの下にありては何時いついかなる嫌疑けんぎをうけて首をられんも知れずと思い、その時筐中きょうちゅうおきたる書類しょるい大抵たいてい焼捨やきすてました
嫌疑けんぎがいかほど濃厚であろうと、それはかれの知ったことではない。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
内実奢侈放逸しやしはういつふけれることは其筋において注意する所なりしが、鍛工組合に放ても内々調査したりし結果、一昨夜を以て臨時総会を開き、彼に露探の嫌疑けんぎ充分なりとの故を以て審判委員五名を選定せり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
暢気のんきな者だで、嫌疑けんぎが懸つたばかりでは、捕縛する事ア出来ん。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
信康はむざんにも信長の嫌疑けんぎのために生害しょうがいした。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
又「どうもしからん嫌疑けんぎを受けるものだねえ」
とむろん正三君に嫌疑けんぎをかけた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
……嫌疑けんぎ徒輩ともがら引出ひきだせ。
現場から行方不明となった松ヶ谷学士には、すくなからぬ嫌疑けんぎがかけられていたが、その生死のほどについては知る人が無かったのである。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうえにつめ跡がまたそろいもそろってあのとおり子どものものであってみれば、ますます嫌疑けんぎが濃くなるばかりでした。
たとえば収賄の嫌疑けんぎで予審中でありながら○○議員の候補に立つ人や、それをまた最も優良なる候補者として推薦する町内の有志などの顔がそれである。
涼味数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いずれも皆驚いて、神奈川の組頭が捕まえられたと云うは何事だといいて、その翌日になってきいた所が、今の手紙の一件でう/\云う嫌疑けんぎだそうだと云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
公金費消か何かの嫌疑けんぎを受けたダンテはやはり僕等自身のやうに自己弁護を必要としたのに違ひない。しかしダンテの達した天国は僕には多少退屈である。
この竜神村のどこかに隠れているという嫌疑けんぎで、昨夜から引続いて、探索のあることであります。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もなく一台来た。敬太郎はわざと二人の乗ったあとから這入はいって、嫌疑けんぎを避けようと工夫した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これらの志士との往来が幕府の嫌疑けんぎを受けるもとになって、身辺に危険を感じて来た彼はにわかに京都を去ることになり、夜中江州ごうしゅう八幡やわたにたどり着いて西川善六にしかわぜんろくを訪い
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うらやましさの余り、欲しさの余りに悪心を起したものかとも想像されないことはないので、あれかこれかと数えてゆくと、その嫌疑けんぎ者が二、三人ぐらいは無いでもなかったが
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてもちろんランジェー夫人の軽佻けいちょうさは、そういう嫌疑けんぎに豊富な材料を与えるものだった。ジャックリーヌはそれへさらに尾鰭おひれをつけた。彼女は父のほうへ接近したかった。