)” の例文
私と云ふ先妻の長男を家庭内で冷遇することが少なからず後妻の気にかなふので、父はさかんに私を冷遇して後妻にびる癖があつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
私が愛吉の尻押しをして、権門にびて目録をむさぼらんがために、社会に階級を設くるために、弟子のお夏さんに、ねえ竹永さん。……
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このような状態では、激しい恋慕もなく、びる気持もなしに、こうした生活を与えてくれた前川の愛撫を待つことになるであろう。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼らは朝廷や曹操にばかりびて、巧みに自身の爵禄しゃくろくと前途の安泰を計り、今日この禍いが迫っても、顔を見せないではありませんか
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は別段、れいの唯物論的弁証法にびるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
いまから考えてみればあの時代の私の懐疑は新思想をかつぎ廻って新しがらんがための懐疑であり、自己の虚栄心にびんがための
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
びず怒らずいつわらず、しかも鷹揚おうように食品定価の差等について説明する、一方ではあっさりとタオルの手落ちを謝しているようであった。
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
絶えず新しい女性の美を創造し、女性にびることばかりを考えているアメリカの絵の世界の方が、俗悪ながら彼の夢に近かった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その外のあたり人にびて退いて人をそしるとか、表面うわべで尊敬して裏面りめん排撃はいげきするとか社会の人に心の礼のない事は歎ずるに余りあり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼女のやさしい様子や卑しいびを思い出すにつれて、喜びといらだちとの交った気持で、その可憐な女優のことを考えては微笑ほほえんだ。
なんともいえないびをつつむおとがいが二重になって、きれいな歯並みが笑いのさざ波のように口びるのみぎわに寄せたり返したりした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
眉をしかめたり眼まぜをしたり、びたなまめかしい微笑をみせたりするが、それでもなお人間ばなれのした感じは消えなかった。
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鵞鳥の一片とその間からこぼれかかった詰物との調和は巴里の一流料理の威容を保ちながら食卓の上の濃厚な焦茶で客達にびる。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれど浜辺はまべに立ってたまさかに遠くの沖をかすめて通る船の影を見ると、わしには再び希望がびるように浮かんでくるのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
おれが持ち前の話は何の興をも與へぬとすると、相手にびるために、内海の事か内海に聞いた話を話さなければならなかつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
と、曖昧あいまいに答へながら、びるやうに私は兄の顔を視戍みまもつてゐた。兄と一緒にさへ居られれば力強い気がされてゐたのだつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
そしてちいさいおりから母親にびることを学ばされて、そんな事にのみさとい心から、自然ひとりでことさら二人に甘えてみせたり、はしゃいでみせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
利休はびへつらう佞人ねいじんではなかったから、恐ろしい彼の後援者と議論して、しばしば意見を異にするをもはばからなかった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
びて来たとき、自分が、どんな態度に出るだろうかと、それを想像することが、不思議な、変態的な歓びでもあり、期待でもあったのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わたしはわたしの村びとにびようとは思わず、また村びとによって媚びられようとは思わない。それはどちらをも進歩させないだろうから。
奥さんの態度は私にびるというほどではなかったけれども、先刻さっきの強い言葉をつとめて打ち消そうとする愛嬌あいきょうちていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一依旧様、権門にびず、時世におもねらず、喰えなければ喰えないままで、乞食以下の生活に甘んじ、喰う物が無くなっても人に頭を下げない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これまでの候補者はしばしば選挙民にび、もしくは選挙民を欺いて、その一地方のためにあるいは鉄道を敷設するとか
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
源氏に誠意を持って仕えて、現在の権勢にびることを思わない人たちを選んで、家司けいしとして留守るす中の事務を扱う者をまず上から下まで定めた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
明治二年明治政府は、イギリス公使のパークスを襲った攘夷論者を死刑に処して、首を市中にさらし、パークスにびた。
卑しいびにならぬほどの気品のある愛嬌を、自分の表情の限界のなかで、作りあげる。そして、そのまゝの笑顔で、彼女は玄関にたち現はれる。
髪の毛と花びら (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
テナルディエはその「いい代物しろもの」を内隠しにしまい込んで、ほとんどびるようにおとなしくマリユスをながめていた。
時流に染まず世間にびざる処、例の物数奇ものずき連中や死に歌よみの公卿くげたちととても同日には論じがたく、人間として立派な見識のある人間ならでは
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
八五郎の噛み付くような声に応じて、落着き払った玄々斎の声、少し高慢な、そのくせびるような調子で聞えます。
貴殿はいま尼子にびへつらって、血縁の宗右衛門を苦しめ、このような非業ひごうの死をとげさせたのですが、それは朋友としての信義がない行為です。
初子はわざとい眉をひそめて、びるように野村の顔を見上げたが、すぐにまたその視線を俊助の方へ投げ返すと
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その午後、そん軍曹の部屋を訪問した鉱山の経理チンリーは、半ば威嚇いかくするような、またびるような複雑な表情をして云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
女はようよう落ち着いて、帽を脱いで、背後うしろの椅子の上に投げて、男のそばへ腰を掛けた。そしてびるように云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
朝変暮改、雲の漂うがごとく、風の来たるがごとく、ただ世情にび世論に雷同するの安逸なるを知らざるにあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「そんでも俺家おらぢのおとつゝあ甘藷さつまつたなんてゆふんぢやねえぞつてつたんだ」與吉よきちびるやうな容子ようすでいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
良人おっとの声なので、アリスは、一度掛けた鍵をまわして、快くブラドンを浴室へ入れた。彼女は真裸の姿で、浴槽に片脚入れてびるように笑っていた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「ふふん、やっぱりびてやあがる。くちびるでおれをごまかそうとしてやあがる。それほどいのちが惜しいのか」
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
上級の子供たちまでが、学校の往き帰りに、彼にびるようなふうがあった。由夫とその仲間たちは、いつもびくびくして彼を避けることに苦心した。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
美しいもの——と言って無気力な私の触角にむしろびて来るもの。——そう言ったものが自然私を慰めるのだ。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
示されるものは公衆にびる俗悪と、自己に利する粗製とのみではないか。多と美とは分れ、民と美とは離れ、工藝は質を失い美をうしなってきたのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
白いあごえりへうずめて、侍は上眼使いにびを送る。いやな野郎だな、と思うと、文次はかあっとなった。そして突然いきなりそこにあるからの鎧櫃を指さした。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私も正直に言うが、——そういう工合にびられて、私は私のだらしない性分としてそう悪い気持ではなかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
どこでも大きなものにびへつらう、卑屈な奴等がうまくやって行くのだ! 彼は長いこと寝つかれなかった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「ええ。あなたどうする? ゆく。じゃ私も行くからちょっと待っていて下さい」私の方を見ながらびるようにいっていそいそ二階に駆け上っていった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
平生の私の主義から言えば、お糸さんは卑劣だと謂わなければならんのに、何故だか私は左程にも思わないで、唯お糸さんのびて呉れるのが嬉しかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
石津の方は色っぽくて私に話しかける時などはびるような色気があったが、そのくせ他の女生徒にくらべると、嫉妬心だの意地の悪さなどは一番すくなく
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
何物かにへつらふ習癖、自分自身にさへひたすらに媚び諂うた浅間しい虚偽の形にしか過ぎないのであつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
お種の考えることは、この年の若い、親とも言いたいような自分の夫にびる歌妓うたひめのことに落ちて行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
華陰かいんの令をしている者があって、それが上官にびようと思って一ぴきの促織を献上した。そこで、試みに闘わしてみると面白いので、いつも催促して献上さした。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
淡紅濃白、歩ムニ随テ人ニブ。遠キハ招クガ如ク近キハ語ラントス。まま少シク曲折アリ。第一曲ヨリ東北ニ行クコト三、四曲ニシテ、以テ木母寺ニ至ツテきわまル。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)