ひと)” の例文
この伯母さんは、女学校を出て、行燈袴あんどんばかま穿いて、四円の月給の小学教師になったので、私の母から姉妹きょうだいの縁を切るといわれたひとだ。
それに、あんたは、もう、あすこにや居らんひとなんだもの。そぎやんむつかしかこといはんてちやあ、一枚写しておきなはりまつせ。
牛山ホテル(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
十五六から二十になるまで心の中に新らしいものが生れると同じ様に四十位のひとの心には又新らしい或るものが産れて居るんですよ
千世子(三) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
年の頃は二十四五、柔和なひとで顔形は十人並、或ひはもつと其れよりも綺麗な人だと言つたところで見てゐた人は無いのだから……。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「いいえ。色んな事からそう思えるのよ。第一あのひとは貴方がホントに好きなんじゃない。妾が好きなのよ……それも死ぬほど……」
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今こそお通に向って、たった一言ひとことでも、真実をいいたい。またそれがこのひとに対してむくゆる最大な良心でもあるし——と武蔵は思う。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海水をのむと安心したのか、心が静まって、胸のガラガラ鳴る音が止んだ。ぼくは漸く頭をあげてそのひとの顔をみた。そして突然
ひとりすまう (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ミス・ダッシュですって? そんなひとは存じません。何かのお間違いでしょう。第一、あなたにお眼にかかるのは今が初めてです。
消えた花婿 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
あのひとは屹度私の所へ戻ってきます。半年か一年か二年か、それは分りませんが、鍛えられた心で必ず私を訪ねてくると信じています。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
またあのひとのお子さんはたいへん病身でしたが、お医者の忠告を聞いて、南の方へ移転なすったので、子供の命をお助けになりました。
……私には到底とてもお雪さんの真似は出来ない。……思い切りの好いひとだ。それを思うと雪岡さん、私はあなたがお気の毒になりますよ……
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そんなら亡んでしまうがいい、ってそう言うのよ、そのひとは。それが自然の法則だ。自分たちは自分たちだけで血みどろだ、って。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
そりゃもちろん、僕はあのひとを永久に愛するつもりですし、またあのひとも、お腹をかかえてただもう笑い轉げているだけの話です。
わたくしはそのとき、きっとこのひとはこのおとこにかかってんだのであろうとおもいましたが、かくこんな苛責かしゃく光景ありさまるにつけても
向って日南ひなたの、背後うしろは水で、思いがけず一本の菖蒲あやめが町に咲いた、と見た。……その美しいひとの影は、分れた背中にひやひやとむ。……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肌寒い春の夕がた私は停車場ステーションの柱によって千代子の悲愁を想いやった。思いなしかこのごろそのひとの顔がどうやらやつれたようにも見える。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
今こそ、まことのこころを持ったひとにようやくめぐり逢うことが出来たのです。本当に永い苦労の仕甲斐しがいがあったと云うものです。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「ぼくにはだいじなひとがいるから、悪いけれど気にしないで」とまともな顔で断って、指一本、彼女達かのじょたちに触れたことはありませんでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
傍らの美しいひとも、何か言おうとして二人の顔を見くらべたまま、胸のあたりまで挙げた手を、又だらんとおろしてしまった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
つらあてにでもそのひとを村一番の美人だなんて言ひ出さないにも限らないわ! でも、そんなことはないわ、あのひとはあたしを愛してるんだから。
うしまして、わたくしこそ……。』と、つた帽子の飾紐リボンに切符を揷みながら、『フム、小川の所謂近世的婦人モダーンウーマンこのひとなのだ!』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「その不幸なひとが兇行に遭っている最中に、誰か戸口へおとなっただろうという説もありますが、どうも左様そうらしいですわね」
寒くなると、がたがたふるえてる貧乏人がどれだけあるか知れないんだよ。お前さんは一体、しまるところは締るひとなんだのにね
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あのひとは、僕が君の伝言ことづてを伝えてやったら、それを聞いてとても喜んでいたよ。いや、なあに、あのひとが喜んでいる素振りを
「あなたはそのひとを御存じですね。」とクリストフはくり返した。「どうか知ってるだけのことを私に聞かしてください。」
「お蓮様とやらには、またいろいろと事情もあろうが、それはいずれ聞くとして、どうじゃな、お美夜坊。おまえはこのひとを、母と思うかの?」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
此時節より通ひそむるは浮かれ浮かるゝ遊客ならで、身にしみ/″\と實のあるお方のよし、遊女つとめあがりの去るひとが申き
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
操さんは私を尻目にかけてろくに言葉すらもかけてくれなかった。私は別に操さんを憎みはしなかった。けれど余り感じのいいひとだとは思わなかった。
何もかもすっかり言いあてたのさ、母親はな。信心深えひとだったなあ! だが、俺がこんなとこに置かれることになったなあ、神様の思召しだったよ。
「ですけれど今、あのひとがあなたに会って子供を見なかったら、私どもは何と申してやったらよろしいでしょう。」
ああ、もし自分が僧侶でなかったなら、毎日でもあのひとに逢うことも出来る。そうして、あの女の恋人となり、あの女の夫になっていられるのだが……。
若し假りに、私があのひとの立場にあつたなら、地面が割れて私をみこんでくれゝばよいと思つたことだらうに。
そのひとのお顏とそつくりのおつくりをして見せて、あなたをよろこばして上げたいと考へたからなのよ、わたくしだつて頬べにをつければ頬はあかくなるし
はるあはれ (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
それも旅で知り合ったひと堅気かたぎになって、五里ばかり離れた町に住んでいるからと言って、添書てんしょをしてくれた。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
「あんな方の奧さんになるひとは隨分氣骨が折れるでせうね。何でもよく知つてらつしやるんだから迂闊うくわつなことは出來ますまいよ。」と話をらさうとした。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
こうしたひとが自分の姉のように親しくしていることを(それはいつも感じることだったが)誇らしく感じた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
役者連中は彼女によくなついて、『ヴァーニチカと二人』だの『可愛いひと』だのと尊称を奉っていた。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
誰かあたしの知っているひとのうちから佐治さんが恋をするに相応しい人を見付けてあげたいくらい。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
じつはこうした素姓の人の妻で、いまは夫に先立たれて頼りない身になっているひとが、『結婚して、力になってくれ』といって、そのしるしに下さったものなのです。
「問題さ、人間が一匹死ぬんだからな。それに僕はなにもどうしてもみづ江さんでなくちやならんといふ理由はないし、そりやみづ江さんは好いひとさ、しかし他にも……。」
青春の天刑病者達 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
「まあ、正直なところあのひとに舞台は何うかと思ひますね。せりふなんかも何うも……。」
彷徨へる (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あのひとは可哀想ですよ。たつた十七か十八の小娘のとき、惡い武家にだまされて、驅落などを
ああした大家の奥向を取締っているひとだけに、まことに上品で、私はどこかいいところの奥様かと思いました。先方でも逸早いちはやく私を見ると直ぐ傍へ来て、丁寧に頭を下げました。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
夫婦喧嘩は、始終の事で珍しくも無いが、殊更とりわけ此頃亭主が清元の稽古に往く師匠の延津のぶつ○とかいうひと可笑おかしいとかで盛に嫉妬やきもちを焼いては、揚句がヒステリーの発作で、痙攣ひきつける。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
今しも書生の門前をうはさして過ぎしは、此のひとの上にやあらん、むらさき単衣ひとへに赤味帯びたる髪房々ふさ/\と垂らしたる十五六とも見ゆるは、いもとならん、れど何処いづこともなく品格しないたくくだりて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
チェーホフ的? 人は恐らくそう言う場合には、あの『可愛かわいひと』や『唄うたい』や『ねむい』や、まずそうした作品を子守歌のように思い浮べるのであろう。そしてそれもよいのだ。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
「ええ、間違いありませんわ。あたし、京子さんて方、割に字がつたないのねと思ってみていると、あのひとがわざと手蹟を変えたのよと言ってお笑いになったから、よく覚えて居りますわ」
只一寸気んなる事があったんでね、ととぼけますと、気んなる事って何あに、此方が却って気ンなるミタイダワ、と来ますので、名前はおふささんと云うんだろ、実はあのひとと同じ名前の
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
「ううん、何でもねえ——やっぱし、おいらも坊主のうちだったのかも知れねえよ。このひとが、こんなことになって見りゃあ、最後を始末するのが、おいらの役だったのだろうよ。あ、は、は」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「そうか、そうか、分った。面会に来るひとがあるんだろうからな——」
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)