天保てんぽう)” の例文
天保てんぽう頃の江戸の分限者ぶげんしゃの番附では、西の大関に据えられている、千万長者の家へもらわれて行ったのですが、それは今で云う政略結婚で
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
天保てんぽう四年はみずのと巳年みどしで、その夏四月の出来事である。水戸みと在城ざいじょう水戸侯みとこうから領内一般の住民に対して、次のやうな触渡ふれわたしがあつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
僕のうちの仏壇には祖父母の位牌いはい叔父おじの位牌の前に大きい位牌が一つあった。それは天保てんぽう何年かに没した曾祖父母そうそふぼの位牌だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
天保てんぽう十四年生まれの母上の方が明治十二年生まれのさいよりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党なることこそその原因に候なれ
初孫 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
類焼るいしょうの跡にてその灰をき、かりに松板を以て高さ二間ばかりに五百間の外囲そとがこいをなすに、天保てんぽう時代の金にておよそ三千両なりという。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
天保てんぽう五年正月二日に、本所の亀戸かめいど天神に近い白河端しらかわばたというところで、中村仏庵ぶつあんという奇人が病死した。年は八十四歳であった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
格堂かくどうの写し置ける元義の歌を見るに皆天保てんぽう八年後の製作にかかるが如く天保八年の歌は既に老成してごうも生硬渋滞の処を見ず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
允成は天保てんぽう二年六月からは、出羽国亀田かめだの城主岩城いわき伊予守いよのかみ隆喜たかひろに嫁した信順のぶゆきの姉もと姫に伺候し、同年八月からはまた信順の室欽姫附かねひめづきを兼ねた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天保てんぽうの頃、江戸に神影流しんかげりゅうの達人として勇名を轟かしていた長沼正兵衛ながぬましょうべえ、その門人に小机源八郎こづくえげんぱちろうというのがあった。怪剣士として人から恐れられていた。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
遊廓は浅草田圃たんぼへ移され、新吉原となり、芝居だけ元の土地に残っていたが、ずっとくだって天保てんぽう十三年に、勤倹令をいた幕府の老中、水野越前守えちぜんのかみ
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
四十台か、せいぜい五十に手の届く年ごろの面影おもかげと見えて、まだ黒々とした髪も男のさかりらしく、それを天保てんぽう時代の風俗のようなたぶさに束ねてあった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
くだって天保てんぽう年間には、兵糧丸について面白い騒ぎがありますが、それはまた筆を改めて書く機会もあるでしょう。
ジイボルトは蘭領印度インド軍隊の医官にして千八百二十三年(文政ぶんせい六年)より三十年(天保てんぽう元年)まで日本に滞在し絵画掛物かけものおよそ八百種を携へ帰りしといふ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『雪華図説』の方は案外立派な研究で、天保てんぽう時代の日本の自然研究者の仕事も、よく見ると、色々学ぶべき点があるという意味で特に私には興味があった。
語呂の論理 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今夜を過さず赤城家に入込みて、大秘密をあばきくれん。まずその様子を聞置かんと、手を叩きて亭主を呼べば、気軽そうな天保てんぽう男、とつかわ前に出来りぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
往生したのは天保てんぽう十一年×月十三日で、其の前日の十二日には弥陀如来みだにょらい来迎らいごうを拝したと云われている。
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
森の家は、石州せきしゅう津和野の城主亀井家に代々仕えた典医でした。亀井家は元和げんな三年に津和野に封ぜられてから十二代になり、森は慶安けいあんから天保てんぽう年間までで十一代になりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
挿絵さしえ天保てんぽう十四年に生れた故父渓石深造けいせきしんぞうが六歳のころから明治四年までの見聞を「実見画録」として百五十図書残しおいてくれましたなかから、すこしばかり選び入れました。
徳川様ご入府時代の世の中、寛永尚武しょうぶの世の中、元禄の淫逸いんいつ、田沼の作った悪政と賄賂わいろの世の中、また、文化文政の全盛も世の中なら、天保てんぽう飢饉ききんも、ある間の世の中じゃった
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かと思うと、一方には沢庵たくあん一本が七十二文とか天保てんぽう一枚とかいう高いものになって来る。
またそれに続いた天保てんぽう弘化こうかの時代も暗黒の時代であります。暗黒のうちにもなお活動しているものはありますが、しかしこの「俳諧略史」の眼にはそれらは少しも映じません。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ここに書くこれらの物語は、古い帳面と記憶を頼りに老人が思い出しながら話してくれたところを私がそのままに聞書したものである。乙未きのとひつじだというから天保てんぽう六年の生れだろうと思う。
このたびの三府一道三十余県という広汎な範囲にわたって爆発した民衆の食糧騒動は天明てんめい天保てんぽう年間の飢饉時代に起ったそれよりは劇烈を極めて、大正の歴史に意外の汚点をとどめるに到りました。
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
我輩はもう既に天保てんぽう時代の老人である。老人であるが運動は大好きだ。老人が好きなくらいだから、現今の青年は益々ますますこれを好むべきはずである。しかるに何事ぞ、現今の青年は実に意気地が無い。
運動 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ふたたび貝石うる家の前にで、価を問うにいと高ければ、いまいましさのあまり、このはまぐり一升天保てんぽうくらいならば一こくも買うべけれと云えば、亭主ていしゅそれは食わむとにやと問う。元よりなりと答う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
素行山鹿甚五右衛門やまがじんごえもんの高弟、望月作兵衛もちづきさくべえもそこに住み著述をしたということであるが、爾来幾度か住人が変わり、建物も幾度か手を入れられたが、天保てんぽうになって一世の剣豪、千葉周作政成の高弟
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると天保てんぽう十年頃意外にも服部平四郎は突然くえをくらましてしまった。もっともこれは伝吉につけねらわれていることを知ったからではない。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかるに天保てんぽう四年みずのととし十二月二十六日のの刻すぎの事である。当年五十五歳になる、大金奉行おおかねぶぎょう山本三右衛門さんえもんと云う老人が、ただ一人すわっている。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天保てんぽうの初年のある秋の夜である。月のいいのに浮かされて、喜兵衛は自分の屋敷を出た。手には秘蔵の笛を持っている。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
(略)元禄にもあらず天明にもあらず文化にもあらず固より天保てんぽうの俗調にもあらざる明治の特色は次第に現れ来るを
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
年ごとに売出す合巻ごうかんの絵草紙の数もかさなって天保てんぽうの今日に至るまで早くも十幾年という月日をけみした。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
木曾街道六十九次の宿場はもはや嘉永かえい年度の宿場ではなかった。年老いた吉左衛門や金兵衛がいつまでも忘れかねているような天保てんぽう年度のそれではもとよりなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其の後天保てんぽうになって菊五郎は、堺町さかいまち中村座なかむらざ夏演戯なつしばいまた『四谷怪談』をやる事になり、新機軸を出すつもりで、幽霊の衣裳に就いて考案したが、良い考えが浮ばなかった。
幽霊の衣裳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
矢場が魔窟まくつになったのは、天保てんぽう以後から明治にかけてのこと、貞享じょうきょう、元禄、享保——の頃は、なかなか品格の高い遊戯で、矢取女も後の矢場女のようなものではありません。
さんぬる天保てんぽう庚申年に、山を開いて、共同墓地にした時に、居まわりに寺がないから、この御堂みどう建立こんりゅうして、家々の位牌いはいを預ける事にした、そこで回向堂ともとなうるので、この堂守ばかり
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「門前の土鳩どばとを友や樒売しきみうり」——こう云う天保てんぽうの俳人の作は必ずしも回向院の樒売しきみうりをうたったものとは限らないであろう。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三十七年如一瞬さんじゅうしちねんいっしゅんのごとし学医伝業薄才伸いをまなびぎょうをつたえてはくさいのぶ栄枯窮達任天命えいこきゅうたつはてんめいにまかす安楽換銭不患貧あんらくぜににかえひんをうれえず。これは渋江抽斎しぶえちゅうさいの述志の詩である。おもうに天保てんぽう十二年の暮に作ったものであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一、俳句の古調を擬する者あれば「古し」「焼直しなり」などとて宗匠はい擯斥ひんせきすめり。何ぞ知らん自己が新奇として喜ぶ所の者尽く天保てんぽう以後の焼直しに過ぎず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これによつて見るも天保てんぽう以降浮世絵板刻の技術のねん一年如何いかに低落し行きしかを知るに足るべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
平田篤胤は天保てんぽう十四年に没している故人で、この黒船騒ぎなぞをもとより知りようもない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なんでも今から九十年ほども昔の天保てんぽう初年のことだと聴いている。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
天保てんぽう二年九月のある午前である。神田同朋町かんだどうぼうちょうの銭湯松の湯では、朝から相変らず客が多かった。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それが今一歩進んで、天保てんぽう頃になると、総タルミの天保調、いはゆる月並調つきなみちょうとなつてしまふた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この道さいわいにして年と共にあまねく世人の喜び迎ふる処となりしが、その調ちょうはその普及と共にようやく卑俗となり、こと天保てんぽう以降に及んでは全く軽口地口かるくちじぐちるいえらぶ処なきに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
見たまえ、こないだわたしは鉄胤かねたね先生のところで、天保てんぽう時代の古い門人帳を見せてもらったが、あの時分の篤胤直門じきもんは五百四十九人ぐらいで、その中で七十三人が士分のものさ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この話の始まりは伝吉のやっと十二歳になった(一説によれば十五歳)天保てんぽう七年の春である。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
就中なかんずく去る天保てんぽう巳年みどし、同七申年さるどし再度の凶年にて死亡離散等の数多くこれあり、宿役相勤めがたきありさまにまかりなり候えども、従来浅からざる御縁故をもって種々御尽力を仰ぎ
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日本の漢詩界を振はしたのもやはり後進の青年であつて天保てんぽう臭気の老詩人ではない。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天保てんぽうのはじめ竹渓の遺子枕山がその集『枕山集』の序を拙堂に請うた時、拙堂は
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
藩主が通行前に植え付けの済んだ村の青田の方ではかわずの声を聞くころだ。天保てんぽう二年の五月に生まれて、生みの母の覚えもない半蔵には、ことさら五月雨さみだれのふるころの季節の感じが深い。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)