“てんぽう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
天保82.0%
転封8.0%
天宝6.0%
天砲2.0%
天逢2.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
天保(てんぽう)四年は癸(みずのと)巳年(みどし)で、その夏四月の出来事である。水戸(みと)在城(ざいじょう)の水戸侯(みとこう)から領内一般の住民に対して、次のやうな触渡(ふれわた)しがあつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
家康が濃州(のうしゅう)金山(かなやま)の城主森忠政(もりただまさ)を信州川中島に転封(てんぽう)したおり、その天守閣と楼櫓(やぐら)とを時の犬山城主石川光吉に与えた、それを明(あく)る年の五月に木曾川を下(くだ)してこの犬山に運び
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
唐(とう)の玄宗(げんそう)、開元は三十年の太平を享(う)け、天宝(てんぽう)は十四年の華奢(かしゃ)をほしいまゝにせり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この大砲は、炸弾を天頂から落し、大遮蔽物(しゃへいぶつ)、あるいはまた、城郭のうしろにいる敵を殺傷するゆえをもって、天砲(てんぽう)とも申す
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
また関興やそのほかの旗本は、みな天逢(てんぽう)の模様のある赤地錦(あかじにしき)の戦袍(せんぽう)を着、馬を飛ばせば、さながら炎が飛ぶかと怪しまれた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)