天宝てんぽう)” の例文
唐の天宝てんぽう十三年、春三月、かれらは新安しんあんから江を渡って丹陽たんよう郡にむかい、下査浦かさほというところに着いた。故郷の宣城を去る四十里(六丁一里)の浦である。
とう玄宗げんそう、開元は三十年の太平をけ、天宝てんぽうは十四年の華奢かしゃをほしいまゝにせり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
唐の天宝てんぽう年中、河南緱子かなんこうし県の仙鶴観せんかくかんには常に七十余人の道士が住んでいた。いずれも専ら修道を怠らない人びとで、未熟の者はここに入ることが出来なかった。