印籠いんろう)” の例文
指さした縁側には、あつらへたやうに泥足、のみでこじ開けたらしい雨戸は、印籠いんろうばめが痛んで、敷居には滅茶々々に傷が付いてをります。
事実籠をつくる人は、陶工、根付、印籠いんろうの作者、金属細工人、その他の細工人が彼等の作品に署名するのと同じく、自分の名を記す。
検視に来た役人たちはそこらの草の中に小さい蝋燭ろうそくの燃えさしと、ほかに印籠いんろうのようなものが落ちているのを見つけ出しました。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
両国の旅籠屋はたごやに戻ってから、三人は二階で𧘕𧘔かみしもをぬいだり、腰につけた印籠いんろうを床の間に預けたりして、互いにその日のことを語り合った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
せめてあおいの紋のついた印籠いんろうの一つも盗み出して、仲間の奴等に威張ってはやれたのに——ほんとうに、憎らしい奴ッたらありゃあしない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それからまた胴乱どうらんと云ってきりの木をり抜いて印籠いんろう形にした煙草入れを竹の煙管筒にぶら下げたのを腰に差すことが学生間に流行はやっていて
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お玉の家にお侍衆の印籠いんろうもあれば、それにあんなところにあるべきはずでない二十両というお金もあったんでございますから。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そちをそねみ憎しむ者が、こうがいが失せたといっては猿が盗んだといい、小刀こづか印籠いんろうが紛失したと申しては、猿の仕業しわざよと、つげ口の絶え間がない。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着流しに長脇差ながわきざし、ひとつ印籠いんろうという異様な風態ふうていだったので、人目をひかぬはずもなかったが、尾張おわりの殿様も姫路の殿様も、編笠あみがさなしの素面すめん
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
めえだって邪魔だよ、何か薬でもあるか、なに、おめえさま持ってる……むゝう是は巻いてあって仕様がねえ、何だ印籠いんろうか……可笑おかしなものだな
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
安くてまず小判、少し風もようがよろしくばご印籠いんろうものだ。——ね、だんな、かりに辰めが今の使い賃にその印籠をいただいたと思ってごろうじろ。
特にわんだとか木皿だとか高坏たかつきだとか、または蓋物や印籠いんろうの如きものなど、全く見分けのつかないものさえあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
さては又腰に提げた堆朱ついしゅ印籠いんろうから青貝のさや茶欛ちゃづか白金具しろかなぐという両刀の好みまで優にやさしく、水際立った眼元口元も土佐絵の中から脱け出したよう。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「紙入より大きくちょいとした物か……ははあ、すると印籠いんろうか。そうでもない、でははかまでもおとしたか」
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まもる者なくては叶はずと云ながらの友次郎が脇指わきざしをお花に渡し此脇指を肌身はだみはなさず何事も相談して怪我けがなき樣に暮すべしと懷中くわいちうより二包ふたつゝみの金子と藥の入し印籠いんろう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ええ、空惚そらとぼけおるか。おぬしは拙者の腰の印籠いんろうを盗みおった。勿論油断して岩を枕に午睡ひるねしたのがこちらの不覚。併し懐中無一文の武者修業、行先々ゆくさきざきの道場荒し。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
独逸人が大鷹源吾おおたかげんご蒔絵まきえ印籠いんろうを見て、これを買いたいが売ってくれるだろうかと聞くんだそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで胸を躍らせながら畳のうへへぶちまけてみたら風鎮ふうちんだの印籠いんろうの根付だのといつしよにその銀の匙をみつけたので、訳もなくほしくなりすぐさま母のところへ持つていつて
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
様子を見ると、例えば木刀にせよ一本差して、印籠いんろうの一つも腰にしている人の様子でした。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
根附は提物さげものの根元に附けるために用いるので、昔の燧袋ひうちぶくろから巾著きんちゃく印籠いんろう、煙草入の類を帯と腰との間を、つるひもの端に取りつけたものです。『装剣奇賞』に、「佩垂はいすいついに用ゆ」とあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
振り返ってみると菅笠すげがさをかかえ、眼の前に忠三が立っている。「きつけ!」というとイスラエルのお町、腰から印籠いんろうを引きむしった。ふたをあけるのももどかしく、丸薬をつまむと歯でかんだ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しほはらぬ父の記念かたみ印籠いんろう一つを、母からけ伝えて持っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「お嬢さん、はい、仰有って下さりませ。この印籠いんろうぬし在処ありかを」
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
更衣印籠いんろう買ひに所化しょけ二人
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そして、象牙彫ぞうげぼりの仕事場の隅におかれた、手箪笥てだんすをゴトゴトやっていたが、やがて、小さな象牙彫りの印籠いんろうを持って来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
又八は、懐中ふところや腰をさぐり廻して、一箇の印籠いんろうを手につかむと、それを居酒屋のおやじの顔へ向って投げつけていった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは梨地鞘造なしじさやづくり印籠いんろうで、たしかに袂へ入れて邸を出たはずなのだが、聖堂の近くまで来たとき、ふと気づいて探ぐって見るとそれが袂の中にない。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
瀧縞たきじまの光線が漏るやうなことはなく、そのうへ一枚々々印籠いんろうばめになつて、さんがおりた上に輪鍵をかけてしまへば、外からは簡單に開けられません。
頭を撫でながら、ムクの啣えているものを取りはずして見ると、それは思いがけなく一組の印籠いんろうでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だって、そう思うよりほかにしかたがねえじゃござんせんか。秀の浦の死骸しげえのそばに江戸錦の持ち物の印籠いんろうがおっこちていたっていやあ、だれだってもうしっぽを
大坂へのぼり廿日餘り休足きうそくせしがすこしも早く江戸へ到り身の落付おちつきを定めんと同所を出立せし其折柄をりから祇園祭ぎをんまつりありと聞京都に立寄り見物して行んと彼地に到りあやまちて大切たる印籠いんろう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其間に氏郷は印籠いんろうから「西大寺」(宝心丹をいう)を取出して、其水で服用し、彼に計謀はかりごとあれば我にも防備そなえあり、案ずるな、者共、ハハハハハハ、と大きく笑って後を向くと
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
薄く青髭あおひげが生えて居りまして、つや/\しい大結髪おおたぶさで、けんぽう行義ぎょうぎあられの上下かみしもに、黒斜子くろなゝこの紋附を着、結構な金蒔絵きんまきえ印籠いんろうを下げ、茶柄ちゃづか蝋鞘ろざやの小脇差を差して居りますから
弥次右衛門は近所から清水を汲んで来て飲ませ、印籠いんろうにたくわえの薬を取出してふくませ、いろいろに介抱してやったが、男はますます苦しむばかりで、とうとうそこで息を引取ってしまった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……次に梅川から持って来た包をひらいた、つむぎのこまかい縞の単衣ひとえに、葛織くずおりの焦茶色無地の角帯かくおび印籠いんろう莨入たばこいれ印伝革いんでんがわの紙入、燧袋ひうち、小菊の紙、白足袋に雪駄せった、そして宗匠頭巾そうしょうずきんなどをそこへ並べた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だがこの樺細工が真に発達したのは印籠いんろう胴乱どうらんとを作るようになって以後である。そうしてこれらの品こそは、角館の技として名を成すに至り、樺細工といえば角館を想い起すまでに至ったのである。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
派手な大小印籠いんろうまでも塩鰯とげ印籠に取りかえる落ちぶれよう。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「懐紙、銀ぎせる、印籠いんろう、みんなろくでもねえ物ばかりだが、この懐紙の間にこんな、いたずら書きがしてある……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ほほう、りっぱな印籠いんろうのようだが、どこかに江戸錦の持ち物だっていう目じるしでもござんすかな」
「念入りに証拠を残して行ったじゃないか、そのうえ煙草入か印籠いんろうを落して行くと申分はないんだが」
歳はまだ若いが、でっぷり太って、素肌に羽二重のあわせひと印籠いんろうというこしらえで
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これに対する用心もしたがって存したことで、治世になっても身分のある武士が印籠いんろうの根付にウニコールを用いたり、緒締おじめ珊瑚珠さんごじゅを用いた如きも、珊瑚は毒に触るれば割れて警告を与え
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まはせしとて大騷動おほさうどうとなり人々立騷たちさわぐにぞ縫殿頭ぬひのかみ殿是を聞れ女が心底しんていを感心有て印籠いんろうの中なる氣付を出し駕籠脇かごわきの者に渡され立歸りて是を與へよとありしにぞ駕籠脇かごわき侍士さふらひもどりて彼のくすり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
手早く印籠いんろうより薬を取出して、汐水しおみずで庄藏の口に含ませましたが、もう口がきけませぬ、其処そこあたりへ取付きまして苦しむ途端に、固まったような血をカッと吐きまして、其の儘息が絶えた様子。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
というのは、最前から、店先へのッそりとはいっていた編笠の侍が、笠のまま、ふところから一個の印籠いんろうを出して
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「念入りに證據を殘して行つたぢやないか、その上煙草入か印籠いんろうを落して行くと申分はないんだが」
あの印籠いんろうはもとよりわたしの細工もの、ちょうど手もとにあの品がござりましたゆえ、さも江戸錦様の持ち物らしく見せかけて、あのような金泥きんでいで名まえを書きこみ
利いてやらなかった、そうするとね、証拠があるから是非に及ばねえと、役人の方で勝手にきめてしまったんだよ。証拠というのは、お前のところにあったあの印籠いんろうと、それから二十両のお金さ
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
國「源さまこの印籠いんろうをおげなさいよ、この召物めしものを召せ」
それから、旅籠代はたごだいや医者代を、駕屋が払っていたが、そのたもとを探ってみると、金と印籠いんろうが忍ばせてあった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)