動顛どうてん)” の例文
死の恐怖で動顛どうてんしたあの人数を抑えきることはできない、力に対しては必ず力が動きだし、避難するまえに死傷者が出たであろう
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こゝろ不覺そゞろ動顛どうてんして、匇卒いきなりへや飛出とびだしたが、ばうかぶらず、フロツクコートもずに、恐怖おそれられたまゝ、大通おほどほり文字もんじはしるのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私は半ば動顛どうてんしながら、一打ちにその馬蠅を打ち殺した。「自然は私に敵意を持つてゐる。」——そんな迷信じみた心もちが一層私をわくわくさせた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それまでは、私は、あまりの驚愕きょうがくに、動顛どうてんして、震えることさえ忘却し、ひたすらに逆上し、舌端ぜったん火を吐き、一種の発狂状態に在ったのかも知れない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
父が、何とも返事をしないことが彼女の心を、スッカリ動顛どうてんさせてしまった。恐ろしい不安が、彼女の胸に、あふれた。彼女は、ドアを力一杯押した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、驚愕の余りに、足駄を踏みすべらしてよろよろとなった大月玄蕃は、さすがにさっと血の気をなくして動顛どうてんしたが、咄嗟とっさかみしもの前をばらりッと刎ねて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、今、家屋の倒壊がゆるゆると再びある夢のような速度で進行を繰返している。僕は僕を探す。僕はいた。あそこに……。僕は僕に動顛どうてんする。僕は僕に叫ぶ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
村の人たちは甚だしく動顛どうてんしたときは、まず口を切る勇気を失うもので、ぐずぐずとしているうちに酒を量らせて勘定をすまし、さっさと出て行ってしまった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
日頃ひごろ沈着ちんちやくで、何事なにごとにも動顛どうてんしたことのない大佐たいさおもてには、此時このとき何故なにゆゑか、心痛しんつうきはまりなきいろえたのである。
ご家臣の人達一人のこらず、動顛どうてんするでございましょう。柳営へ知れればお咎めを受ける。ご家運さえも危うくなる。もしものことがあろうものなら、ご家臣達は禄を
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
舞子たちは、それと共に重なり合って動顛どうてんしたけれど、村正のおじさんは結句おもしろがって
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お初、吉の言葉に動顛どうてんさせられて、今は、雪之丞に対する複雑な気持をじっと、こらえることさえ出来なくなり、一思いに、殺害してしまおうと、決心したものと見えた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
第三にあの一個の肉塊先生、専門は外科のくせに、いま精神病の方へ夢中になってるもんだから、今日の君とザミョートフとの会話が、根底から奴を動顛どうてんさしてしまったんだよ
畏い感情を持ったことのないあて人の姫は、すぐ動顛どうてんした心を、とり直すことが出来た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
家族のものは何かぼーッと虚ろな顔になっていたのだ。旅なれぬ女や子供にとって、こういう変化は気を動顛どうてんさせているのだろう。彼らは船夫に導かれてそのまま船室におりて行った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
風呂おけ引被ひっかぶせられたように動顛どうてんして、わきについた年増を突飛ばすがはやいか——入る時は魂が宙に浮いて、こんなものは知らなかった——池にかかった石だたみ、目金橋へ飛上る拍子に
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫は出でていまだ帰らざれば、今日ののしさわぎて、内に躍入をどりいることもやあらば如何いかにせんと、前後のわかれ知らぬばかりに動顛どうてんして、取次には婢をいだり、みづから神棚かみだなの前に駈着かけつけ、顫声ふるひごゑ打揚うちあ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このひびきに動顛どうてんして関内まづ待つてくれよと、半分頭りかけしを周章あわて立さはぎ天井の板の厚き所はないかと逃廻り脱捨し単羽織ひとへばおりの有程引かぶり、桑原桑原と身を縮めかた隅に倒臥たふれふしたるをかしさ
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
と囁きながら、動顛どうてんした熱い額を、ぐいぐい送話口に圧しつけた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
たしかに、私は動顛どうてんしていたのだ。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
動顛どうてん
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
もしや動顛どうてんしていはしまいか、平常から覚悟はきめていたと信ずる、その覚悟にゆるぎはないかどうか、じっと息をつめ
日本婦道記:笄堀 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こころ不覚そぞろ動顛どうてんして、いきなり、へや飛出とびだしたが、ぼうかぶらず、フロックコートもずに、恐怖おそれられたまま、大通おおどおり文字もんじはしるのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まれには歯が生えて産れるほどの異相の子をもうけると、たいていは動顛どうてんして即座にこれを殺し、これによって酒顛童子しゅてんどうじ茨木童子いばらきどうじの如き悪業の根を絶った代りには
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一角は動顛どうてんして後ろへ倒れたが、同時に大刀をピッタリ構えて、くわっと相手を睨みつけながら
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美奈子は、そうした青年の容子を見ることが、心苦しかった。彼女は、青年のために、心の動顛どうてんしている青年のためにも、母の勧めに、おいそれと従うことは出来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ただ殺すことだけはうまく仕おおせたのさ! 初めての仕事だよ、君、初めての、まるで動顛どうてんしちゃったんだもの! 予定の行動じゃなくて、偶然のおかげでうまく逃げたんだよ!
実は動顛どうてんさせられてしまったので……こいつは怖いということを知らない、知らないのではない、本来、怖いもの以上に出来ている奴だ、世に馬鹿ほど怖いものはないとはよく言った。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家禄城地を召しあげられた当座の動顛どうてんのうちに、とぼしい藩庫は空々からからになっていた。特別の憐愍れんびんによって個人の所有に残された家財道具も、かねめのものはこのたびの旅費に消えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
動顛どうてんしくさって、店の者と間違ったか、このおれの手に、広海屋が六十の声を聴いて、やっと出来た一つぶ種——あの若い後妻に生ませた大事な赤児を、うまうま渡して行きゃあがった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
余りの意外に鳰鳥は心を動顛どうてんさせながらも白刃持つ手に取りすがった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(一封の手紙ユリをして動顛どうてんせしむることかくのごとし)
母子おやこ動顛どうてんしてほとん人心地ひとごこちを失ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
少しあおざめてはいるが、動顛どうてんしたようすはどこにもなかった。代二郎は袴のひもを結びながら、いたわるように笑いかけた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
エレーナ (ワーニャを見て)放して! (すっかり動顛どうてんして窓のほうへ身をすさらす)ほんとにひどいわ。
彼の本心は幼い者の叫喚きょうかんに、鞭打たれ、叩き出され、動顛どうてんして、その部屋からまろび出した。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不慮の驚きに動顛どうてんしたとは言っても、突嗟とっさにそのような空想を描くようなかれらでない。
幻覚の実験 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこへ、今度は、表門から、極度の狼狽ろうばい動顛どうてんとを以て、発音もかすれかすれに
そのあとから、すっかり動顛どうてんして、見るからすさまじい面相のラズーミヒンが、しゃくやくのようにまっかになり、さも恥かしそうにのっそのっそと、へまなかっこうをしてはいって来た。
「それが、何分、動顛どうてんした折——男とのみしか、覚えてはおらぬと申します」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
むろん血の気は無かった。がたがたとふるえ、灰色の眼がまゆとともにひきつって来た。憎さげに、ゆがんだり曲ったり尖ったり——うすい唇では言葉の神経と動顛どうてんの精神がたたかっているのであろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
菊女はすっかり動顛どうてんしてしまった。で、話を皆まで聞かず
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「梓と打合せたんだ」と私は動顛どうてんしながら云いました、「真壁が密会するということで合図まできめてあった、いったいどうしてこんなことになったんだ」
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その鹿を追うてきたのを見て動顛どうてんしたと、寺石氏の『土佐風俗と伝説』には誌してある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
溝口伊予は動顛どうてんのあまり、しばらく言葉も口に出ない様子であったが、やがて手槍を引っ提げたまま、若侍どもに明りを持たせて奥の広芝へ来て見ると、首のない玄蕃の死骸が
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとんどさんすべを知らないほどに動顛どうてんしたらしい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
初めてのとき、千夜がひじょうな苦痛を訴えたこと、また苦痛の証明を見たことで、彼は殆んど動顛どうてんした。
屏風はたたまれた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼のつまさきで、器が砕け、とたんに動顛どうてんした彼のからだが、大きく舟を揺すぶった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当の成助は旦那連よりも動顛どうてん愕然がくぜんとなった、「お静かに、どうかお静かに」彼は両手を振って懇願した
なにしても、公卿ばらは動顛どうてんして、身一つさえうろうろだった。いちはやく、お手をとって、外へ走りのがれていたのは、日ごろは柔弱なと、父皇さえ嘆いておられた弟宮の宗良むねなが
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)