初夏しょか)” の例文
見ると日はもうかたぶきかけている。初夏しょか日永ひながの頃だから、日差ひざしから判断して見ると、まだ四時過ぎ、おそらく五時にはなるまい。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ、当年とうねんわりのないのは、初夏しょかのころになると、ふじのはなが、ところどころ、みごとにいてやまかざっていたのでした。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ある曇った初夏しょかの朝、堀川保吉ほりかわやすきち悄然しょうぜんとプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは、若竹わかたけが、あちこちのそらに、かぼそく、ういういしい緑色みどりいろをのばしている初夏しょかのひるで、松林まつばやしでは松蝉まつぜみが、ジイジイジイイといていました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
今その格子戸を明けるにつけて、細君はまた今更に物を思いながら外へ出た。まだれたばかりの初夏しょか谷中やなかの風は上野つづきだけにすずしく心よかった。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしてこれらの坂の眺望にして最も絵画的なるは紺色なす秋の夕靄ゆうもやうちより人家ののちらつく頃、または高台の樹木の一斉に新緑によそわるる初夏しょか晴天の日である。
その日はいかにも初夏しょからしいお天気で、丘の上の新緑しんりょくはほんのりかすみ、空も水もふっくらとふくらみ、かわずはねむそうにないて、なんともいえないいい気持でした。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
くきは直立し少数の茎葉けいよう互生ごせいし、初夏しょかこういただき派手はでやかな大花たいかが咲く。葉は直立せる剣状けんじょう白緑色はくりょくしょくていし、基部きぶ葉鞘ようしょうをもって左右に相抱あいいだき、葉面ようめんの中央には隆起りゅうきせる葉脈ようみゃくあらわれている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
甲武の山近い三多摩の地は、甲府の盆地から発生する低気圧が東京湾へぬける通路に当って居るので、雹や雷雨は名物である。秋の風もだが、春暮しゅんぼ初夏しょかの雹が殊に恐ろしいものになって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
初夏しょかの夕方は、五時半を廻っても、まだ大分明るかった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すでに、あたりは、初夏しょかひかりが、まぶしかったのであります。そして、草木くさきがぐんぐんと力強ちからづよびていました。
二番めの娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
パナマや麦藁製むぎわらせいのいろいろな帽子が石版で印刷されている広告用の小冊子めいたものが、二人で銀座へ買物に行った初夏しょかの夕暮を思い出させた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
滝田くん最後さいごったのは今年の初夏しょか丁度ちょうどドラマ・リイグの見物日けんぶつび新橋しんばし演舞場えんぶじょうへ行った時である。小康しょうこうた滝田くんは三人のおじょうさんたちと見物けんぶつに来ていた。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
輝く初夏しょかの空のした、際限なくつづく瓦屋根の間々あいだあいだに、あるいは銀杏いちょう、あるいはしいかし、柳なぞ、いずれも新緑の色あざやかなるこずえに、日の光のうるわしく照添てりそうさまを見たならば
カキツバタは水辺、ならびに湿地しっち宿根草しゅっこんそうで、この属中一番鮮美せんびな紫花を開くものである。葉は叢生そうせいし、鮮緑色せんりょくしょくはば広く、扇形せんけい排列はいれつしている。初夏しょかこう葉中ようちゅうからくきいて茎梢けいしょうに花をける。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
初夏しょかばんで、よいのことでした。みんなは、そとて、つきをながめていました。おだやかな景色けしきで、かぜもなく、みみずがねむそうにうたをうたっていました。
花と少女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
市ヶ谷八幡はちまんの桜早くも散って、ちゃ稲荷いなりの茶の木の生垣いけがき伸び茂る頃、濠端ほりばたづたいの道すがら、行手ゆくてに望む牛込小石川の高台かけて、みどりしたたる新樹のこずえに、ゆらゆらと初夏しょかの雲凉しに動く空を見る時
このとき、みみもとへ、ささやくものがありました。大空おおぞらをわたる、初夏しょかかぜが、くさけるおとでした。
太陽と星の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれは、自分じぶん不注意ふちゅういだったつぐないとして、あとの一つを大事だいじにしました。やがて、それは、初夏しょかそらしたで、しろきよらかなかんじのする香気こうきたかはなひらきました。
雲のわくころ (新字新仮名) / 小川未明(著)
初夏しょかのころには、あおい、ちいさな鈴生すずなりになりました。そして、そのがだんだんおおきくなりかけた時分じぶんに、一むしがついて、畑全体はたぜんたいにりんごのちてしまいました。
牛女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あるとし初夏しょかのころ、かれは、ついにうみわたって、あちらにあった大島おおしま上陸じょうりくしました。
海のかなた (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれは、むらはずれのおかのふもとで、ひなたぼっこをして、ぼんやりと空想くうそうにふけっていました。おりおりおもしたように、初夏しょかかぜが、ためいきをつくようにいて、かれのほおをなでてぎました。
赤いガラスの宮殿 (新字新仮名) / 小川未明(著)