きざし)” の例文
若しわが心にうかべる禍ひのきざしをおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇—四二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
青きあわせに黒き帯してせたるわが姿つくづくとみまわしながらさみしき山に腰掛けたる、何人なにびともかかるさまは、やがて皆孤児みなしごになるべききざしなり。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牝鶏のしんするを女が威強くなるきざしとしていたく忌んだが、近頃かのくにの女権なかなか盛んな様子故、牝鶏が時作っても怪しまれぬだろう。
無口で返事がわるいと、嫂たちにおこられて来たそうだけれど、無理な仕事の疲れや、再発のきざしで物憂いこともあったにちがいなかった。
草藪 (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
ある人は、弘法大師のお降らせになった不思議な雨だとも言い、ある者は戦乱あるいは国家に不吉なことのあるきざしだとも言うた。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
けれどそのときからわしに一つのきざしがあきらかに感じられはじめた。わしが死ぬということが……虫の知らせだよ……(顔色が悪くなる)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
静かに少しずつ恢復へ向っているようなきざしも見えた。柔かい陽ざしが竹の若葉にゆらぐ真昼、彼女は縁側に坐って女中に髪をかせていた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その大波の度がふえるにつれて、潮鳴、潮風、帆のはためき、どうやら暴風しけきざしがみえる。と気がついた頃には、船の揺れ方も尋常ではない。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この栗の樹が近年になってなんとなく老衰のきざしを見せてきた。夏の繁りもなんとなくまばらで、栗の実の落ちる数も眼立って少なくなって来た。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一日作した後の、一日の充実せる疲労を以て、ぐっすりとこの庵室に快眠を貪ることによって、天下泰平のきざしがあります。
その後は、ごぶさたを申してります。めでたく御男子御出生のよし、大慶に存じます。いよいよ御家運御隆昌ごりゅうしょうきざしと、おうらやましく思います。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
忠義一図ちゅうぎいちずの御飯焚お悦は、おいえに不吉のあるきざしと信じて夜明に井戸の水を浴びて、不動様を念じた為めに風邪を引いた。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
垣根に吹き込む山おろし、それも三郎たちの声に聞える。ボーン悩と鳴る遠寺の鐘、それも無常のきざしかと思われる。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
まことに結構なお言菜で、お家万歳のきざしと有難く存ずる次第でありますが……」と、一寸眼をあげて殿様の顔を見た。
「聞いたか、皆の者、戦の門出に勝浦に着いたとは、何たる縁起のよさ、この戦には早くも勝利のきざしがみゆるぞ」
うらむらくは、かゝる時の長からぬことよ。かゝる日には年ゆたかなるきざしとて、羊のかはころもきたる農夫ども、手をちて「トリイトン」のめぐりを踊りまはりき。
若い者達がシャクの話に聞きれて仕事をおこたるのを見て、部落の長老連がにがい顔をした。彼等の一人が言った。シャクのような男が出たのは不吉ふきつきざしである。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
謀反のきざしでもあれば、何よりも先に日田のお金奉行にわかる。不審な処でもあれば直ぐに江戸へお飛脚が飛ぶ。大公儀から直接のお尋ねが突込んで来ると言う。
そんなことを考えるのが既に老境に入ろうとするきざしだ、夫婦別れをしようと云うのは、自分も美佐子ももう一度自由にかえって、青春を生きようためではないのか
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
伊四郎は偶然この不思議に出逢って、一種のよろこびを感じた。龍をみた者は出世すると言い伝えられている。それが果して龍ならば、自分に取って好運のきざしである。
異妖編 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
首都には戒厳令がかれたが、恐しいなにごとかのきざしが、この事件によって、国民を不安にした。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
つまり、生殖腺発達のきざしを現わすのだ。生殖腺はからだの栄養を吸収して肥え育ってゆくのであるから、腹の卵子が大きくなればなるほど、鮎の肉は痩せてゆくのである。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
彼の帰朝の年に諸国に現われた農作凶荒のきざしは、彼が廃院に移った翌年に至って、ついに恐るべき現実となったのである。盛夏のころに寒気が迫って人は皆綿衣を重ねた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼女は、一種奇蹟的な力強さでもって、あの悪病のきざしにもめげず、絶えず去勢しようと狙ってくる、自然力とも壮烈に闘っていて、いぜん害われぬ理性の力を保ちつづけていた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もともと真木和泉まきいずみらを急先鋒きゅうせんぽうとする一派の志士が、天下変革のきざしもあらわれたとし、王室の回復も遠くないとして、攘夷をもってひそかに討幕の手段とする運動を起こしたのは
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
本朝の誇りたる業物わざものうちの技能、ここに凋落ちょうらくきざしありといっても過言ではあるまい。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼はなにゆえにかくの如きことをなせしや。彼はみずから曰く、「宿疴しゅくあの胸腹に凝滞ぎょうたいつかまつり、一円いちえん快愈のきざしこれ無きの姿に付き、一旦烏頭うず大黄だいおうの激剤相施し申さず候えば、とても功験得難く候」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
女三の宮はこの日の夕方ごろから御異常のきざしが見え出して悩んでおいでになるので、経験のある人たちがそれと気づき、騒ぎ出して院へ御報告をしたので、院は驚いてこちらの御殿へおいでになった。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やはり不吉のきざしとして気にかけたものであった。
夜が更けるに従って、市中は騒動のきざしを呈した。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
世の亡ぶ、きざしのやうだつた。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
これは無双の吉瑞で他邦人がこの国を兎ほど弱しと侮ってつと実は虎ほど強いと判るきざしとあってこの地に都を定めたという。
宮方の、三ぼくそう、みな死に枯れた——と都人はいった。とまれ宮方勢も、士気はすさび、内からはしばしば内応者が出、危機のきざしをあらわしていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取るに足らぬ安直な芸術とはいえ、あの泥臭い上方芸が、江戸前をのさばるということがすでに天下大乱のきざしだ——
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これもここでのぞみの達せらるるきざしか、と床しい、と明が云って、直ぐにこの戸棚を、卓子テエブルまがいの机に使って、旅硯たびすずりも据えてある。椅子がわりに脚榻きゃたつを置いて。……
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法皇は何のきざしかと自ら占われて、近江守仲兼おうみのかみなかかね、その時まだ鶴蔵人つるくらんどとよばれていたのを御前に呼ばれた。
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉にわざはひきざしをあらはすを 一三〇—一三二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
みごもっているらしく、だるそうな顔に、底知れぬ不安と、死の近づいているきざしたたえているのであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
事によると彼もさきが短くなったきざしではないかとひそかに心配している友人もある。
年賀状 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
外人向きに建てた借家であるから日本人は借りようとせず、かと云って西洋人は、世界中に動乱のきざしが見える昨今、皆シュトルツ氏と同じような理由で東亜を引き揚げようとする者が多いので
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
きざしが……座敷はきれいに掃除そうじしてあるね。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
欝然としたきざしのように考えられて来る。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「勝ちは負けの始めとか。まことに不吉なきざしは、勝者の陣にすぐあらわれるものにござります。勝つことだけを知って、勝ちを収めることを思わねば」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また同国で言うは虎ゆえなく村に入るは伝染病流行のきざしと。熊野で聞いたは狼もっとも痘瘡の臭を好み、この病流行はやる時村に忍び入って患者に近づかんとすと。
するとにわかに頭上の葉がざわざわ揺れて、さきほどまで静まっていた空気のなかにどす黒いかげりが差すと、の光が苛立いらだって見えた。それはまた天気の崩れはじめるきざしだった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
思うに平家も今や衰運のきざしが、ありありとあらわれていると存ずる。小松の大臣殿おおいどのは心も剛勇、智謀人にすぐれたお方じゃが、去年の八月亡くなられた。大黒柱が倒れたのじゃ。
かえってその不祥のきざしに神経を悩まして、もの狂わしく、井戸端で火難消滅の水垢離みずごりを取って、裸体はだかのまま表通まで駆け出すこともあった、天理教信心の婆々ばばの内の麁匆火そそうびであった事と。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湖南湖北のちまたの風説に聞きますと、この沿岸の村々がことのほか物騒がしいそうでございます、一味ととうと申すのが、あちらにも、こちらにも、動揺のきざしを見せているそうでございます
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わしはきざしを感じる。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かと思うと、ふとさわやかな恢復期かいふくききざしが見えたりして、病気は絶えず一進一退していた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)