かたよ)” の例文
その子供の喰べものは外にまだかたよっていた。さかなが嫌いだった。あまり数の野菜は好かなかった。肉類は絶対に近づけなかった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大体において自分の意図にかたより過ぎるので、誰の作品を指揮しても「シュトラウス作曲」になるということは、当然免れ難いことであった。
そして、光の位置がさらにかたよるので、当然両端にいる二人の顔も、この位置から見ると、光に遮られて消えてしまうのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
涅槃へ行くには二つのかたよった道を避けねばならぬ。その一つは快楽に耽溺たんできする道であり、他の一つは苦行に没頭する道である。この苦楽の二辺を
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
でもあの事件が妙子の経歴に一種の烙印らくいんしたことにって、一層彼女をかたよらせるようになったことも確かであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
譬喩ひゆを以ていふときは、をさなき立實論は阿含あごんの如く、かたよりたる主觀想論は般若はんにやの如く、先天立實論は法華涅槃ほつけねはんの如し。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼の議論なるものが明らかにかたよったものなんだから、いっそのこと、こんな問題はほうっておくべきだったんだ。
とにかくこの四聖という考えには、西洋にのみかたよらずに世界の文化を広く見渡すという態度が含まれている。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
というのは、彼はなかなか物識ものしりでね、それも非常にかたよった、風変りなことを、実によく調べているのだ。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人間のなかの不具者の部類で、わざわいをひきおこす不幸なかたより、というふうに、考えることにしている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
姫は、はじめて顔へかたよつてかゝつて来る髪のうるさゝを感じた。梭を揺つて見た。筬の櫛目を覗いて見た。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
「だが、ここになお一つの勢力、お公家くげさんにもエライのがいるぞ、中山卿だの、三条殿、死んだ姉小路——岩倉——大名ばかりを見ていては見る目がかたよるぞ」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ばおすゝめ申せばにもかくにもかたよりし事のみ被仰おつしやりいでなくば御兩親樣が折角のお心盡しもに成て返つてかけ御心配ごしんぱい學問なさるが親不孝おやふかうと申すはこゝの次第なりと一什を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その点で私はつねにこの都市文化と地方文化とのひどくかたよった隔差が心に納得いかないで仕方がない。どうして日本はややもすれば畸形きけい跛行はこう文化に走るのだろう。
文化の日 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとへば聊か気質こゝろかたよりのある人の、年を積み道に進みて心さまきよく正しくなれるが如し。遠く望むも好し、近く視るも好し。花とのみ云はんや、師とすべきなり。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
おこる場合でないと思っても、思わずムラムラッと来て、前後を忘却してしまうのも、やはり一時的の精神のかたよりを、自分で持ち直す事が出来ない……という性格を
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
位置が南にかたより過ぎて、雪が早く融けるし、氷河はッぽけなかたまりに過ぎないし、富士山のように、新火山岩で、砂礫されきや岩石が崩れやすいので、高山植物は稀薄であるし
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「男つてものはどうしてあんな女を好くのだらう?」と、すぐに物事をかたよせて考へてしまつて、その男つてものは——に、夫を非難する意味も含めて、心密かに思つた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
その流るゝやうな涼しい光はまづ第一に三峯みつみね絶巓いたゞきとも覚しきあたりの樹立こだちの上をかすめて、それから山の陰にかたよつて流るゝ尾谷の渓流には及ばずに直ちに丘のふもとの村を照し
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
なほ遥かに左にかたよりたるところに島の影のひくく見ゆるが、これぞ——かしは(神集)島なり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その言葉が英語の incest を意味していて、かたよった頭脳のものの間に見出される一つの病的な特徴であると説明された時は、そんな言葉を聞いただけでもぎょっとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
... 余りにかたよったものになりがちだが)自分は余りにも物語道(その技巧的方面)にのみ没入し過ぎてはいなかったか? 漠然とした自己完成のみを目指して生活に一つの実際的焦点を
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
奥州、蒲生氏郷がもううじさとの家中に、岡左内おかさないという武士があった。高禄で名望高く、勇名を東国一帯にとどろかしていた。ところが、この左内には、人とはちがったたいへんかたよった性質があった。
如何にも一般の家庭では男子の権利がまだかたよって強い今日、男が微弱な妻を圧服する事は容易でありそうなものですのに、妻ににげを打たれるというのは男の敗北として恥ずべき一大事でしょう。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
独立心というような、個人主義というような、妙なかたよった一種の考えが、丁稚でっち奉公をしてからこのかた彼の頭脳あたまに強くみ込んでいた。小野の干渉は、彼にとっては、あまり心持よくなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小初はやみのなかでぱっちり眼を開けているうちに、いつか自分の体を両手ででていた。そして嗜好しこうかたよる自身の肉体について考え始めた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自然は善惡のいづれにもかたよりたりとは見えず。固より意地わるき繼母の如きものとも見えねば、慈母とも見えず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
重心のかたよったいやな車で、右へ頭を振る癖があるの。それで坂をおりれば、かならず失敗しくじるという車……
喪服 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ところで、釈尊はこの「涅槃さとり」の世界へ行く方法に、八つの道があると説いています。八正道しょうどうというのがそれです。正道とは正しい道です。かたよらぬ中正の道です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
すなはち溪聲を樹間に求め、樹にすがり、石にりてわづかにこれを窺ふ。水は國道の絶崖にかたよりて、其處に劒の如く聳立しやうりつせる大岩たいがんあたり、その飛沫の飛散する霧のごとくけぶりの如し。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
私の普段からの考えのかたよっていたことからと、——前にもちょっと言ったように睡眠から覚めたのち長いあいだ我に返るのが、ことに記憶力を回復するのが、困難なことから
又残る片側かたつらは、眉千切ちぎれ絶え、まなじり白く出で、唇ななめかたよりて、まことに鬼のすがたとや云はむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そう言って、高い木沓きぐつを脱ぐと、なかから、それは異様なものが現われた。双方の足趾あしは、いずれも外側にかたよっていて、大きな拇趾おやゆびだけがさながら、大へらのように見えるのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「この書物は少しかたよっている処があるわい」と思って眠りについた。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人に似ざれと、かたよれど。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
まだ実の入らない果実、塩煎餅せんべい、浅草海苔のり、牛乳の含まぬキヤンデイ、——食品目はかたよつて行つた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
これは少し専門にかたよった本で、単にドイツ語を試験するには適していぬが、若しそれでもいなら、そこで一ペエジ程読んで、その意味を私に話して聞かせて貰いたい。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
混乱の中にも統一を求め、単純の中にも複雑を求め、歪み、かたより、くぼんだものゝ中にも『自然』を求めた。一方非常に自由になると共に、一方非常に難かしいものになつて行つた。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
おこる場合でないと思ってもついムカムカッと来て前後を忘却したりするのは、やはり一時的の精神のかたよりを、自分で持ち直す事が出来ないという、アタマの弱点を曝露しているのではないか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして和泉橋を南へ渡って、少し東へかたよって行く通が、東側は弁慶橋、西側は松枝町になっている。この通の東隣ひがしどなりの筋は、東側が元柳原町、西側が弁慶橋になっている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
家のちうかいは川に臨んで居た。其処そこにこれからたうとする一家族が船の準備の出来る間を集つて待つて居た。七月の暑い日影ひかげは岸の竹藪にかたよつて流るゝあをい瀬にキラキラと照つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
わが後にせむといふ談理は然らず。今新聞などに見ゆるかたよりたる論を指せるなり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
月はもう高くなつたので、渓流の半面はその美しい光に明かに輝いて居るが、向ふにかたよつた半面には、また容易に其光が到着しさうにも見えぬ。自分は崖につて、そして今夜の出来事を考へた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)