仕合しあわ)” の例文
そんな立派な人が、こうした美しい物語を書きのこしてくれたことは、少年少女にとって、非常な仕合しあわせといわなければなりません。
その男は仕合しあわせにも大した怪我けがもせず、瀑布ばくふを下ることが出来たけれど、その一刹那せつなに、頭髪がすっかり白くなってしまったよしである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そうなればいいですとも。あなたも仕合しあわせだし、わたしも安心だ。——しかし異見いけんでおいそれと、云う通りになる男じゃありませんよ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前さんは真実ほんとうにお仕合しあわせだ、お袖さんが何もかもおしだからといふから。ナゼそんな事をと聞ひて見ると、隣の花ちやんがいつてたそうだ。
小むすめ (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「ふん、ふん、そりゃ結構だねえ、お前さんは仕合しあわせだよ。旦那さんの世話をよく見てあげて大切にしなきゃいかんよ」
仕合しあわせと義兄にいさんは子供の時から絵をき初められると、何日も何日もへやに閉じ籠って、決して人にお会いにならない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたくしめはきちと申す不束ふつつかな田舎者、仕合しあわせに御縁の端につながりました上は何卒なにとぞ末長く御眼おめかけられて御不勝ごふしょうながら真実しんみの妹ともおぼしめされて下さりませと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「でもそれが私の仕合しあわせになるのです。けっして悪いことにはなりません。どうか私のいうとおりにして下さい。」
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「およろしいように、どうぞ旦那、ありがたい仕合しあわせで。だが、わしらもわかっておりますが……死に神がむかえに来たものは、もうどうにもならないんで。」
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ところで、お前さんは、まだこういうことを知ってるかい? 乞食こじきっていうものは、あたしたちより仕合しあわせなんだよ。あたしがそういうんだから、オノリイヌ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それは痔の気も知らねば、蚤の煩わしさも知らず、また大して頭の能力はたらきもないといった、誠に仕合しあわせな人々だけが享受する、あの実に素晴らしい眠りであった。
さる頃も或人のたわむれにわれを捉へてなじりたまひけるは今の世に小説家といふものほど仕合しあわせなるはなし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わしだっても年頃になれば女房にょうぼを持たねえ訳にはいきません、此間こないだあんたが嬉しい事を云ったから女房にしようと約束はしたが、まだ同衾ひとつねをしねえのが仕合しあわせだから
今の世界に人間普通の苦楽をめて、今日に至るまで大にはじることもなく大に後悔することもなく、こころしずかに月日を送りしは、もって身の仕合しあわせとわねばならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今度の新たなる企てによって、単に我々の仮定が成長しただけでなく、単なる文字の間からでもなお色々の古い歴史がみ取られるようになったことは仕合しあわせである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ああぼくはあのっともない家鴨あひるだったとき実際じっさいこんな仕合しあわせなんかゆめにもおもわなかったなあ。」
「これは仕合しあわせなことじゃ、どうか暫らくこの道場を預かっていただきたい」
『あんなにおうつくしい御縹緻ごきりょううまれて敦子あつこさまは本当ほんとう仕合しあわせだ……。』そうってみんながうらやましがったものでございますが、あとかんがえると、この御縹緻ごきりょうかえっておあだとなったらしく
「すまんことだね。隠居さんは日本中での仕合しあわせ者ですよ。」
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
「死にたいとき死ねる者は仕合しあわせだ。好きにしろ」
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は一渡り、女の全身を、双眼鏡の先で、め廻してから、その娘がしなだれ掛っている、仕合しあわせな白髪男の方へ眼鏡を転じた。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その代りして、御米の信仰について、詳しい質問も掛けなかった。御米には、それが仕合しあわせかも知れなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だがねふみや、仕合しあわせなことに、お前をもらってくれるところがあるんだよ。そこは、うち見たいに貧乏でないし、しまいにはたま輿こしにさえ乗れるかも知れないんだよ」
これに反して藩の方から手前達のような家来が数代すだい神妙に奉公してれたからこの藩も行立ゆきたつとう云えば、此方こっちまた言葉を改め、数代すだい御恩をこうむっ難有ありがた仕合しあわせに存じ奉ります
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何しろあの大家を踏まえて行くには、旦那様よりも奥様が、これからしっかりあそばさなくてはなりませぬ、好いところへお嫁入りすればするほど、お仕合しあわせもお仕合せだがお骨も折れましょう
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何もたがいにワザと見るというのでも無いが、自然と相見るその時に、夫のの中にやわらかな心、「お前も平安、おれも平安、お互に仕合しあわせだナア」と、それほど立入った細かい筋路すじみちがある訳では無いが
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ああ子家鴨こあひるにとって、どうしてこんなにうつくしく、仕合しあわせらしいとりことわすれること出来できたでしょう! こうしてとうとうみんなの姿すがたまったえなくなると、子家鴨こあひるみずなかにぽっくりくぐみました。
新「引取ひきとりますとも、貴方あなたが勘当されゝば私は仕合しあわせですが、一人娘ですから御勘当なさる気遣きづかいはありません、かえってあと生木なまきかれるような事がなければいと思って私は苦労でなりませんよ」
「ご機嫌よう、お仕合しあわせでね。悪くお思いにならないでね。わたくしたち、これっきりもうお別れに致しましょうね。だってそうなんですもの、二度とお目にかかってはなりませんもの。ではご機嫌よう」
初めはうまいことをいって、あたしを仕合しあわせにしてやると約束して置きながら、ちっとも仕合せになんかならなかったのです。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今度こそは母も縁附先えんづきさきに落ち着きそうなので、それに何しろ先方は金持だからそんな家で育てられるのは仕合しあわせに違いないと考えて、早速話がきまったらしかったのである。
都合のい仮面を人が貸してくれたのを、かえって仕合しあわせとして喜びました。それでも時々は気が済まなかったのでしょう、発作的に焦燥はしゃまわって彼らを驚かした事もあります。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所謂いわゆる文明駸々乎しんしんことして進歩するの世の中になったこそ実にがた仕合しあわせで、実に不思議な事で、わば私の大願も成就したようなものだから、最早もはや一点の不平は云われない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お松とは姉妹きょうだいのように思うていると言うたが、姉にすれば申し分のない姉、あんな姉があらばお松は仕合しあわせである、お松のためにはこのままにして、あの太夫に任せておく方がけっく幸福か知らん。
それはさて置き、恒川警部の努力によって、畑柳倭文子と茂少年を、無事取戻すことが出来たのは、何よりの仕合しあわせであった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
去年の冬お前に会った時、ことによるともう三月みつき四月よつきぐらいなものだろうと思っていたのさ。それがどういう仕合しあわせか、今日までこうしている。起居たちいに不自由なくこうしている。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道具屋の店先で、二三日の間、非常に苦しい思いをしましたが、でも、競売が始まると、仕合しあわせなことには、私の椅子は早速さっそく買手がつきました。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はさいを残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合しあわせです。私は妻に残酷な驚怖きょうふを与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仕合しあわせにも、誰も気がついたものはない様です。私はやっと安心して、その代りに、にわかに気がかりになり出した河野の身の上を、又しても案じわずらうのでありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「奥さんもよかったですね。北村さんのようなうしろだてができて、かえってお仕合しあわせでしょう」
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼等の一家にはこれという出来事もなく、夫婦の間柄も至極円満に、仕合しあわせな月日が続いた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また彼は、今日一張羅の洋服を着て出たことを仕合しあわせに思った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)