上下かみしも)” の例文
おりきの家の格子戸が勢よく開いて、何も知らずに、永久とわに来ぬ可愛い男を待ち侘びている娘お糸、通りの上下かみしもの闇黒を透かして
多助も世が世なら上下かみしもぐらいは附けなければなりませんが、運悪くあゝ云う事になったから、どうか貴方御紋付を遣って下さいまし
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……翁は朝早く、身に附けていた黒の衣も頭巾も脱ぎ捨てて、上下かみしも共にちょうど外に降る雪のような白装束に着換えたのである。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
もとの吉田玉造よしだたまぞうとか桐竹紋十郎きりたけもんじゅうろうとか言ったような老人が上下かみしもけて、立役たちやくとか立女形たておやまとかの人形を使っておったものであるが
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それで、お医者は病人をつかまえて、上下かみしもぎゃくに置きかえて、死神が病人のあたまのほうに立つことになるようにしました。
続いて、「相手はどなたでござる」と尋ねたが、「上下かみしもを着た男」と云う答えがあっただけで、その後は、もうこちらの声も通じないらしい。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
京都民俗志によれば、もとは村民中三人の長男十六歳以上の者、麻上下かみしもを着て寺に参り、この社に出て式を行ったという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私はただ両国橋の有無いうむかゝはらず其の上下かみしも今猶いまなほ渡場わたしばが残されてある如く隅田川其の他の川筋にいつまでも昔のまゝの渡船わたしぶねのあらん事をこひねがふのである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
旗本の古いひろい家であつたからむろん上下かみしもの便所はあつたが、ある時父が外国勤めから帰つて来てその古い家に西洋間、つまり応接間を建増した
トイレット (新字旧仮名) / 片山広子(著)
あごから爪先の生えたのが、金ぴかの上下かみしもを着たところは、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指おやゆびつまみ出しそうな中親仁ちゅうおやじ
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この純然たる浪人生活が三十年ばかり続いたのに、源吾は刀剣、紋附もんつきの衣類、上下かみしも等を葛籠つづら一つに収めて持っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「あんま上下かみしも二百文」という呼び声も古い昔になくなったらしいが、あのキリギリスの声のようにしゃがれた笛の音だけは今でもおりおりは聞かれる。
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
上下かみしもヲ着テ、諸所ノケンカヲ頼ンデ歩イタガ、ソノ時、かしらガ大久保上野介ト云イシガ、赤阪喰違外くいちがいそとダガ、毎日毎日行ツテ御番入リヲセメタ、ソレカラ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
上下かみしもをつけて、袴を高く、膝頭までからげて、素足に、草鞋——それは、斉彬のひつぎを警固するための服装であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
今日しも少しよきようなれば。と上下かみしもともに心安うおぼえて。いつしかにおさんの笑い声も耳だつほどとなりぬ。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
橋の上下かみしもには、無数の石船がつながれていて、河の中も石、おかも石、どこを見まわしても石だらけなのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日が婚礼なので、門に高張たかはりを立て、店には緋の毛氈を敷いて金屏風をめぐらし、上下かみしもを着た番頭や印物しるしものを着た鳶頭かしらが忙しそうに出たり入ったりしている。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
よくふかのじいさんが、ある晩ひどく酔っぱらって、町から帰って来る途中、その川岸を通りますと、ピカピカした金らんの上下かみしもの立派なさむらいに会いました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
竹の梯子はしご抜身ぬきみの刀を幾段も横に渡したのに、綺麗な娘の上るのや、水芸みずげいでしょう、上下かみしもた人が、拍子木でそこらを打つと、どこからでも水の高く上るのがあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
銘酒雪月花のびんを両手に捧げて上下かみしも姿(あられ小紋)の老人がにこにこしてゐる、これが大きな顔の、この広告絵は、われわれには相当気味悪く感じられたものであつた。
両国界隈 (新字旧仮名) / 木村荘八(著)
身、欧羅巴の土を踏んで香水気分に浸ったものでも頭の中では上下かみしもを着て大小をしていた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
亭主ていしゅは雨がやんでから行きなと言ったが、どこへ行く? 文公は路地口の軒下に身を寄せて往来の上下かみしもを見た。幌人車ほろぐるまが威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「そうでしょう? 心がこもっていますからね。でも、あたしの取柄とりえは、アンマ上下かみしも、それだけじゃないんですよ。それだけじゃ、心細いわねえ。もっと、いいとこもあるんです」
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
宿の男ふたりに提灯を持たせて川の上下かみしもへ分かれて、探しに出ることになりました。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
象山儼然げんぜんとして曰く、「貴公は学問する積りか、言葉を習う積りか。もし学問する積りならば、弟子の礼をとりてきたれ」と。松陰すなわち帰りて衣服を改め、上下かみしもを着し、その門に入れり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
下城の途中だとみえ、継ぎ上下かみしもで玄関に立ったまま「松室は帰ったか」といた。そしてちょっと考えてから、「では帰ったらすぐ私の家へ来るように」と云って、そのまま玄関から去った。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
アンマ上下かみしも三百文(三銭)。当今は若干割高になって百五十円か二百円。決して特に取りやがるナという金ではない。大きな門構えの邸宅に「アンマもみ療治」の看板が出ているタメシはない。
其家そこにも、此家ここにも、怖し気な面構つらがまへをした農夫ひやくしやうや、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹あをぶくれた女などが門口に出て、落着の無い不格好な腰付をして、往還の上下かみしもを眺めてゐるが
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
紳士は上下かみしもに分れて二人が間に坐りければ、貫一は敬ひて礼をせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
家を間違えたって人違いをしたって、そんなことを構うものか。きっと上下かみしもをつけて納まり返ってるのがいけないのだ。真裸になって皆一緒に手をつないで踊り廻ったら、どんなにか面白いだろう。
白日夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
たとえば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居しきい一筋の内外うちそとを争い、亡君の逮夜たいやには精進しょうじんを守り、若殿の誕生には上下かみしもを着し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
村の人に成たとのはなしイヤ御殿場も上下かみしもかけて二百軒餘有から名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「親分、上下かみしも雪隠せっちんを掻き廻しましたが、くせえの臭くねえの」
上下かみしもも出来た」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
上下かみしもの永劫に
焔の后 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
黒斜子くろなゝこ五所紋いつところもんの上へ行儀霰ぎょうぎあられ上下かみしもを着け、病耄やみほうけて居る伊之助を、とこへ寄掛りをこしらえて、それなりズル/\座敷へ曳摺ひきずり出しますと
伸びあがりてひそかにすかしたれば、本堂のかたわらに畳少し敷いたるあり。おなじ麻の上下かみしも着けて、扇子控えたるが四五人居ならびつ。ここにて謡えるなりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は唯両国橋の有無ゆうむにかかわらずその上下かみしもに今なお渡場が残されてある如く隅田川その他の川筋にいつまでも昔のままの渡船のあらん事をこいねがうのである。
家の人たちはそれを「お手水場てうづば」と言つて、家庭用の上下かみしものそれを簡単に「はばかり」と言つてゐた。
トイレット (新字旧仮名) / 片山広子(著)
蕪村の句が金ぴかの上下かみしも、長い朱鞘しゅざやをぼっこんだような趣きとすると、召波の句は麻上下あさがみしもを著て、寸の短い大小を腰にしたような趣きがあるといってよかろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
榛軒はすなはち応へずして、貞白をして一組の歌がるたを書せしめた。貞白は已むことを得ずして筆を把つたが、此時上下かみしもの句二百枚を書くのは、言ふべからざる苦痛であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
御徒目付おかちめつけ、火の番などを召し連れて、番所番所から勝手まで、根気よく刃傷にんじょうの相手を探して歩いたが、どうしても、その「上下かみしもを着た男」を見つける事が出来なかったからである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
土地の若い人たちも駐在所の巡査と一緒になって広い河原の上下かみしもをあさりに出た。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
喧しく云えば船を動かして、川をのぼったりくだったり、川上かわかみの天神橋、天満橋てんまばしから、ズットしも玉江橋たまえばし辺まで、上下かみしもげてまわっやったことがある。その男は中村恭安なかむらきょうあんと云う讃岐の金比羅こんぴらの医者であった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
顎十郎は、淡月たんげつの光で泉水の上下かみしもを眺めていたが
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
流れの上下かみしもへ眼を配った。
上下かみしもから小袖まで相当のものを買調かいとゝのえなければなりません、けれども若旦那のお買物に多分にかゝりますので、自分の支度金どころではありません
心状しんじやうのほどはらず、仲問ちうげん風情ふぜいには可惜をしい男振をとこぶりわかいものが、鼻綺麗はなぎれいで、勞力ほねをしまずはたらくから、これはもありさうなこと上下かみしもこぞつてとほりがよく、元二げんじ元二げんじたいした評判ひやうばん
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
当主がみずから臨場して、まず先代の位牌に焼香し、ついで殉死者十九人の位牌に焼香する。それから殉死者遺族が許されて焼香する、同時に御紋附上下かみしも、同時服じふくを拝領する。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼もちゃんと大小をさし、鷹の羽の紋のついた上下かみしもを着ている。父は彼と話しているうちにいつか僕の家を通り過ぎてしまった。のみならずふと気づいた時には「津軽様」の溝へ転げこんでいた。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)