馬蹄ばてい)” の例文
すると、馬蹄ばていをかわしてふりかえったひとりの影、そのまま、ムチを持ちなおして急ごうとする有村のくらつぼへ飛びかかってきた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急に、皆が静かになったかと思うと、戞々かっかつたる馬蹄ばていの響がして、霊柩れいきゅうを載せた馬車が遺族達に守られて、斎場へ近づいて来るのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
月にほのめいた両京二十七坊の夜の底から、かまびすしい犬の声を圧してはるかに戞々かつかつたる馬蹄ばていの音が、風のように空へあがり始めた。……
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
半蔵はあの路傍のすぎの木立ちの多い街道を進んで来る御先導を想像し、山坂に響く近衛このえ騎兵の馬蹄ばていの音を想像し、美しい天皇旗を想像して
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なお渠は緘黙かんもくせり。そのくちびるを鼓動すべき力は、渠の両腕に奮いて、馬蹄ばていたちまち高くぐれば、車輪はそのやぼねの見るべからざるまでに快転せり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高帽こうぼう腕車わんしゃはいたるところ剣佩はいけん馬蹄ばていの響きと入り乱れて、維新当年の京都のにぎあいを再びここ山陽に見る心地ここちせられぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
このとき、あちらから、らっぱのおとこえました。つづいて、パカ、パカという、馬蹄ばていおとが、したのであります。
幼き日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やや強い北西の風が吹いて、落葉が頻りに舞っていたが、その落葉の中をうしろから激しい馬蹄ばていの音が近づいて来た。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
馬蹄ばていに掛けて群集を蹴散らさんがためなのです。その時いずれの印度人もまなじりを挙げて、いつの日にか英国への復讐ふくしゅうを誓わぬものとてはありませんでした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
猛烈に堂々と自若として駆け上っていった。小銃の音、大砲の響きの合間にその巨大なる馬蹄ばていの響きは聞かれた。
何分にも大家族のことですから、家ぢゆうで朝からめい/\勝手な事をしてゐるのです。私が先生を案内して行つた時は、父は馬蹄ばていの手入れをしてゐました。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
それにどうしても再度ならずも、吾々の文化を馬蹄ばてい蹂躙じゅうりんして、厚い友情を裏切ろうとするのであるか。かかる事が日本の名誉であると誰が言い得るのであるか
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それでも、クリストフはいつもき込んで、その英雄の勳功談に祖父を引きもどした。そして世界じゅうを馬蹄ばていにふみにじった驚くべき話に魅せられてしまった。
馬蹄ばていの跡は道に食いこんで、あきらかにものすごい速さで走ったらしく、橋のところまでつづいていた。
右は小生自身したしく目睹もくとして確かめたる事実にて、昨夜馬蹄ばていにかかりて非業の死を遂げたる一酔漢の寓居ぐうきょおいて、御子息はいかがわしき生業を営みおるその娘に
山肌にひらかれたわずかの田畑は、自儘じまま馬蹄ばていに掘りかえされるし、働き手の男は、山人足に狩り出される。その上、何やかやの名目で取り立てられる年貢、高税の数かず——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ほとんど一町ともゆかぬ時に、戞々かつかつと大地を鳴らす馬蹄ばていの響きが、後ろから起りました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ボタンに穴を明けて置いて、その中にラジウムをめこむ方法も考えたが、ラジウムの偉力いりょくは、洋服の生地きじ馬蹄ばていで作った釦も、これをボロボロにすることは、まったく同じことだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女の囲われている町では、馬蹄ばていや農具をこしらえている鍛冶屋かじやことに多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と答えて二人、しずかに立ち上った時、戞々かつかつたる馬蹄ばていの響きが聞えて
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
くうくわくして居るこれを物といひ、時に沿うて起る之を事といふ、事物を離れて心なく、心を離れて事物なし、故に事物の変遷推移を名づけて人生といふ、なほ麕身きんしん牛尾ぎうび馬蹄ばていのものを捉へてきりんといふが如し
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
又は総軍の鹿島立かしまだち馬蹄ばていの音高く朝霧をって勇ましく進むにも刀のこじりかるゝように心たゆたいしが、一封の手簡てがみ書く間もなきいそがしき中、次第に去る者のうとくなりしも情合じょうあいの薄いからではなし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう思うとたんにしずかに馬蹄ばていの音がどこからとなくきこえる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
馬蹄ばていの音が聞えなくなつてしまつてから、良寛さんは思つた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
馬蹄ばていの音が名寄中なよろじゅうに響き渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
 青衫せいさん馬蹄ばていの塵に汚る
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
王が馬蹄ばていは十こく
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
すると、どこからともなく、ザッ、ザッ、ザッ、ザッと草をなでてくるような風音かざおと。つづいて、地を打ってくる馬蹄ばていのひびき。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにどうしても再度ならずも、吾々の文化を馬蹄ばてい蹂躙じゅうりんして、厚い友情を裏切ろうとするのであるか。かかる事が日本の名誉であると誰が言い得るのであるか
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しんとした夜は、ただ馬蹄ばていの響きにこだまをかえして、二人の上の空には涼しい天の川がかかっている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬蹄ばてい倒され踏みにじられながらも、雲霧の中に浄化の荒い火が燃えている山嶺さんれいまで、血まみれになってたどりゆく。神と相面して立つ。ヤコブが天使と戦うように、神と戦う。
夜陰やいん屋敷へ来てするように罵ったり、石を投げたりする者はなく、ただ一種異様の眼を以て見送っているうちに、馬蹄ばていの音は消えて、一行は早くも甲府の城下を去ってしまいました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暴れくるう風雨のなかを、砦からくりだしてきた追手の馬蹄ばていの音が近づいてくる。
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もはや町々をかために来る近衛このえ騎兵の一隊が勇ましい馬蹄ばていの音も聞こえようかというころになった。その鎗先やりさきにかざす紅白の小旗を今か今かと待ち受け顔な人々は彼の右にも左にもあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
舎営の門口かどのきらめく歩哨ほしょうの銃剣、将校馬蹄ばていの響き、下士をしかりいる士官、あきれ顔にたたずむ清人しんじん、縦横に行き違う軍属、それらの間を縫うて行けば、軍夫五六人、焚火たきびにあたりつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
大地だいちをゆるがす砲車ほうしゃのきしりと、ビュン、ビュンとなく空中くうちゅうくような銃弾じゅうだんおとと、あらしのごとくそばをぎて、いつしかとおざかる馬蹄ばていのひびきとで、平原へいげん静寂せいじゃくやぶられ
戦友 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その馬蹄ばていのひびきは、夜嵐よあらしのひゅうひゅう鳴る音にかきけされてしまった。
とかくは馬蹄ばていちりまみれてべんぐるのはいにあらざるなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
燎原れうげんいきほひ、八ヶ国は瞬間にして馬蹄ばていの下になつてしまつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
佐々と前田の戦争は、ことしも吉例のように四、五月頃から諸所に兵火をあげ、相互に、一じょうるいを奪いあって、馬蹄ばていにかからぬ田野でんやもなかった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伝九郎がでかけて一ときあまり経ったろうか、遠くから馬蹄ばていの音が近づいて来て、表門のところで停った。——五、六騎はいるらしい、成信はどきっとし、刀をひきよせてそっちを見た。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうして支那人のうしろにまわると、腰の日本刀を抜き放した。その時また村の方から、勇しい馬蹄ばていの響と共に、三人の将校が近づいて来た。騎兵はそれに頓着とんちゃくせず、まっこうとうを振り上げた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
高俅は、こう激語して、馬蹄ばていを蹴らせた。そしてすぐ副官や随身将校の騎馬をしたがえて、次の巡閲に移っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐまたおどろおどろしく光りを揺曳ようえいするのだ、眼がそのことを認めると間もなく、耳にもしだいに外の物音が聞えだした、……戞々かつかつと地をとどろかす馬蹄ばていの音が、山門から鐘楼のほうへと疾過した
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
味方の兵や馬蹄ばていの下にふみつけられながら、源四郎はさけんでいた。しかし手と脚で這いながら、甲州兵の足をひっ掴んで倒し、首を掻いて横へほうり出した。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そっちのほうに馬蹄ばていの音が聞え、やがて万三郎が橋を渡って来た。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
真昼の太陽に草の露が乾くころには、墨汁ぼくじゅうをこぼしたかと思われる道ばたの血痕も、馬蹄ばていやわらじの土埃つちぼこりおおわれて、誰の目にも、ゆうべの修羅が気づかれない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂道に馬蹄ばていの音がした。——念のために伏せるだけ伏せよう。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
およその敵は、馬蹄ばていにかけ散らし、槍をもって叩き伏せた。そしてただ白い陣羽織のみを目がけていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬蹄ばていの音がするぞ、あれはなんだ斎宮、馬蹄の音がするぞ」