えり)” の例文
健康であった時と同じ程な力を恢復かいふくしたらしい様子で、男はしっかり女を抱き締めた。そして唇を女のえりの側へ寄せてささやくのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
鄭祥遠も実は竜で我と釣り処を争うて明日戦うはず故九子をして我を助けしめよ、絳綃をえりにしたは我、青綃は鄭だといった
時機到来……今日こそは、とえりを延ばしているとも知らずして帰ッて来たか、下女部屋の入口で「慈母おッかさんは?」と優しい声。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
雪よりも白いえりの美くしさ。ぽうッとしかも白粉しろこを吹いたような耳朶みみたぶの愛らしさ。匂うがごとき揉上もみあげは充血あかくなッた頬に乱れかかッている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
それから駱駝の膝掛を二つに折って、その二枚の間に夜着のえりの処を挟むようにして被せた。こうすれば顔や手だけは不潔な物に障らずに済む。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
エレーンは衣のえり右手めてにつるして、しばらくはまばゆきものとながめたるが、やがて左に握る短刀をさやながら二、三度振る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分のえりをかかえ抱き起して一声自分の名を呼ぶ,はッと気がついて目を覚ます……覚めて見ると南柯なんかの夢……そッと目を開いて室を見廻わして
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
これによって見ると、嶺は峯ではない、山の最頂上では無く、えりとか肩とかいう部分に当るという意味である。恐らく、これが漢字の本意であろう。
「峠」という字 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えりをすかして験べてみると、紅い糸のような筋がぐるりに著いて、上と下との肉の色がはっきりと違っていた。
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
われはそのおのづから感動するを以爲おもへり。夫人は呼吸の安からざるを覺えけん、えりのめぐりなる紐一つ解きたり。
鉄色縮緬てついろちりめん頭巾づきんえりに巻きたる五十路いそぢに近きいやしからぬ婦人を載せたるが、南のかたより芝飯倉通しばいいぐらとおりに来かかりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いづれ見物人の数は多からうと思つたので、己は用心の為め外套のえりを立てた。なぜだか知らないが、人に顔を見られるのが恥かしいやうな気がしたのである。
子はり返つて両手でお祖母あさんのえりに巻いてゐるきれを引つ張つてゐた。パシエンカは語を継いだ。
洩りてえりる淺間の山の雪おろし弓なりに寐るつる屋の二階是等も何ぞの取合せと思ふ折しも下屋したや賑はしく馬士まご人足のひたるならん祭文さいもんやら義太夫やら分らぬものを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
沓脱石くつぬぎいしへピッタリ腰をかけ、えりの毛を掻上げて合掌を組み、首を差伸ばしまして、口の中で
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
瀧飛沫は冷やかにえりちて衣袂いべい皆しめり、山風颯然として至つて、瀧のとゞろき、流のたぎりと共に、人をして夏のいづこにあるかを忘れしむるところ、捨て難いものがある。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
この男バナナと隠元豆いんげんまめを入れたる提籠さげかごを携えたるがえりしるしの水雷亭とは珍しきと見ておればやがてベンチの隅に倒れてねてしまいける。富米野と云う男熊本にて見知りたるも来れり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
痩せたクリストフが刈株のやうな腮鬚でえりをこすりながら、ゆつくり何やらを咬んでゐる音と、ペピイががつがと痰を吐きながら、折々余り近くに寄つて来た子供や犬を叱る声とを聞いてゐる。
老人 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
舞台が済んで帰る時には、ポルジイが人の目に掛からないように、物蔭に、外套がいとうえりを馬鹿に高く立てて、たたずんでいる。ヒュッテルドルフまで出迎えている時もある。停車場に来ている時もある。
第一の所化 (忽ち長順のえりを捉へて)こや、長順。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
(水垣のえり首を捉へ、室外に押し出さうとする)
傀儡の夢(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
弊衣へいいえり寒く
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
緑翹は額の低い、おとがいの短い猧子かしに似た顔で、手足は粗大である。えりや肘はいつも垢膩こうじけがれている。玄機に緑翹を忌む心のなかったのは無理もない。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
背景が北側の日影で、黒い中に女の顔が浮き出したように白く映る。眼の大きな頬のしまったえりの長い女である。右の手をぶらりと垂れて、指の先でハンケチのはじをつかんでいる。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
セルギウスは法衣はふええりを正し、僧帽をかぶつて、そろ/\群集の間を分けて歩き出した。
けだし水の東京におけるの隅田川は、網におけるの綱なり、衣におけるのえりなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
馬夫にはえりなる絹の紛※てふき解きて與へ、牧者等と握手して、ひとり徑を下りゆきぬ。
祈りつかれたか小鼻も落ち、眼も窪み、頬肉もいで取ったように落ちてしまい、胡麻塩まじりの髪がえりのところへまとい附きまして、痩せた手を膝へ突き、息遣いが悪く、ハッ/\と云いながら
いろんな事を考えて夜着のえりをかんでいると、涙が目じりからこめかみを伝うてまくらにしみ入る。座敷では「夜の雨」をうたうのが聞こえる。池の竜舌蘭りゅうぜつらんが目に浮かぶと、清香の顔が見えて片頬かたほおで笑う。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
見ざる眞に絶世の美人なり餅屋のはこれにぐと物覺え惡き一行なれど是は皆々領裏えりうらにでも書留て置きしやよく覺えてそれとなくこゝより荷物を包み直しえり掻き合せ蝙蝠傘かうもりがさに薄日をいとふ峠の上の平坦たひらなるを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
大人おとなしく横になつてゐた清さんのえりへ私が手をりし事に候、その時に清さんは身を縮めてぶるぶると震ひなされ候、女の肌知らぬ人といふではなし
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
外套のえりを三寸ばかりと返したら、左のそでがするりと抜けた、右の袖を抜くとき、えりのあたりをつまんだと思ったら、裏をおもてに、外套ははや畳まれて、椅子いす背中せなかを早くも隠した。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老いたる僧官カルヂナアレ達は紫天鵝絨の袍のえりエルメリノの白き毛革を附けたるを穿て、埒の内に半圈状をなして列び坐せり。僧官達の裾を捧げ來し僧等は共足元にうづくまりぬ。贄卓にへづくゑの傍なるちさき扉は開きぬ。
尋ねんなど思ひ續くるうち夜は明けしが嬉しや雨も止みぬ馬二ひき曳き來り二方荒神にはうくわうじんといふものに二人づゝ乘すといふ繪に見話には聞しが自ら乘るは珍しく勇み乘りて立ちいづれば雨の名殘の樹々の露えりに冷たく宿しゆく
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
美しくゆひ上げたるこがね色の髪と、まばゆきまで白きえりとをあらわして、車の扉開きしつるぎびたる殿守とのもりをかへりみもせで入りし跡にて、その乗りたりし車はまだ動かず
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
女はえりを延ばして盾に描ける模様をしかと見分けようとするていであったが、かの騎士は何の会釈もなくこの鉄鏡を突き破って通り抜けるいきおいで、いよいよ目の前に近づいた時、女は思わずげて
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒繻子くろじゅすえりの掛かったねんねこ絆纏ばんてんを着て、頭を櫛巻くしまきにした安の姿を、瀬戸は無遠慮に眺めて、「こんなお上さんの世話を焼いてくれる内があるなら、僕なんぞも借りたいものだ」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
首懸くびかけの松さ」と迷亭はえりを縮める。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身の周囲まわりを立ちめている霧が、えりや袖や口からもぐり込むかと思うような晩であるのに、純一の肌は燃えている。恐ろしい「盲目なる策励」が理性の光を覆うて、純一にこんな事を思わせる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
毛革の肩かけを随身ずいじんにわたして車箱しゃそうのうちへかくさせ、美しくゆい上げたるこがね色の髪と、まばゆきまで白きえりとをあらわして、車のとびら開きし剣おびたる殿守とのもりをかえりみもせで入りしあとにて
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
背中左之方ひだりのほう一寸程突創つききず一箇所、創口腫上はれあがり深さ相知不申あひしれまをさずえり切創きりきず一箇所、長さ三寸程、深さ二寸程、同所下之方しものほうに切創一箇所、長さ一寸五分程、深さ六分程、左耳之わきに切創一箇所、長さ一寸
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お玉は肌も脱がずに、只えりだけくつろげて、忙がしげに顔を洗う。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)