頓着とんちゃく)” の例文
とかく世間は、形にあらわれた結果だけを見て、いろいろと批評したがるものだが、諸君は世間のそんな批評などに頓着とんちゃくする必要はない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
で、女のは生長するのを待って結婚する、男のは自分達の眷族けんぞくにしてしまう。勿論もちろん、同族結婚などを頓着とんちゃくしているのでは無い。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
如何なる陰謀秘策をも頓着とんちゃくなく、いわゆる聖賢の心を以て蘇張の術を行うの一点に至っては、さらにその相類する所あるを見る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
私は賢君が知っとる通り、ただ釣という事におもしろい感じを持ってるのじゃで、釣れようが釣れまいが、トンとそんな事に頓着とんちゃくはない。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老人は目脂めやにだらけの眼を見張って、囁くようにこう云った。が、新田はその答には頓着とんちゃくする気色けしきもなく、俊助の方を振返って
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
宗太に手鋏てばさみでジョキジョキ髪を短くしてもらい、そのあとがすこしぐらい虎斑とらふになっても頓着とんちゃくなしに出かけるという子供だし
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
干潮だったと思うが、青べかは私を乗せたまま、棹や櫂にはいっこう頓着とんちゃくせず、強い風と流れに身を託して、ぐんぐん下流へとくだっていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
嘉六は池上の様子に一向頓着とんちゃくなく、顔の割には狭い額口を頻りにハンカチで拭きながら「別に好きというわけでも」と言って苦笑しましたが
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
アンナには喇叭の囁く意味も聞きとれるものであろうか、さらにイレーネには頓着とんちゃくせず梶を揺すぶり流す視線をつづけた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
頓着とんちゃくなく日は立って行く。わかれ霜を気遣うたは昨日の様でも、最早春蝉はるぜみが鳴き出して青葉のかげがそゞろこいしい日もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
腐れた古沼には頭も尾もない黒い虫が化殖ふよけるように迷信の苔がこの村の木々に蒸しても、年の若い彼は頓着とんちゃくしなかった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
まりに夢中でいる若公達わかきんだちが桜の散るのにも頓着とんちゃくしていぬふうな庭を見ることに身が入って、女房たちはまだ端の上がった御簾に気がつかないらしい。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
もう一つの方は探偵型とでも云うか、ごく健全で、理智的な探偵の径路にのみ興味を持ち、犯罪者の心理などには一向いっこう頓着とんちゃくしない様な作家であると。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婆さんは一向頓着とんちゃくしない様子で、頬冠の手拭を取って額の汗をふきながら、見れば一あしあしおくれながら歩いている。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
口上言いや出方でかたが飛んで行って、印度人を連れ戻そうとするのを、印度人は頓着とんちゃくなしに楽屋に逃げ込んでしまいます。
イエスはそれには頓着とんちゃくなく、悲しむヤイロに向かって「心配するな、ただ信じ続けよ」と、静かに慰め給いました。
「危ない」と後ろからかばってくれたおぬいさんにも頓着とんちゃくせず、一生懸命に西山さんの方へと人ごみの中を泳いだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
また一般民衆はいっこうそんな事には頓着とんちゃくしないように、ちゃんと世の中ができているらしく見えるからである。
災難雑考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ふたりは、そう解して、悲涙にくれたが、於松はすこしも頓着とんちゃくなく、白装束を着て、その上に、それだけは華やかな赤地錦あかじにしきの陣羽織に、唐織からおりはかまをはいた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでは料理人としての資格はゼロに等しいといわれても、彼らは一向に頓着とんちゃくしない。理想がないからだ。
お米の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
けれど、新吉はそんなことにはあまり頓着とんちゃくもしなかった。自分の今の分際では、それで十分だと考えた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
武はそんなことには頓着とんちゃくなく、七郎をもてなしたが、そのもてなしかたがひどく他の客とちがっていた。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
けれども、師匠は私がどう考えているかは頓着とんちゃくもなく、いろいろ相当と思うような人を見つけて来たり、時には師匠の家へそうした人を置いたりしたこともあった。
道徳の一品をもって身をたつるの資本となし、無芸にても無能にても、これに頓着とんちゃくせざる者あるが如し。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれどもそんな事にはいっこう頓着とんちゃくなく一生懸命に眼前の小利をはかることに汲々きゅうきゅうとして居る。ですから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼は実際の必要不必要に頓着とんちゃくなく、純然たる研究的態度を以て隅から隅まで穿鑿せんさくするけれども、これは実際の必要を限度として大体の智識を得るに満足せねばならず
我輩の智識吸収法 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
衣水子、木川子など、いずれも勇気勃々ぼつぼつ、雨が降ろうが火が降ろうが、そんな事には委細頓着とんちゃくない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
が、喜多公はそんな事に頓着とんちゃくなく、技手が当番の事を承諾すると、風の様に外へ飛び出して行った。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
手料理を人にきょうするものは先方の胃袋が堪うるといなとに頓着とんちゃくなく多食せらるるをこころよしとなす癖あり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
有振ありふれたことであってもなくても西洋趣味など加味しようとせまいと一向頓着とんちゃくせられなかった
子規と和歌 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
第五には、輿論というか、俗論というか、いわゆる世評なるものに頓着とんちゃくしなかったことである。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いざと云う時が来たら、一太刀に切って捨てようとする気勢けはいが、あり/\と感ぜられた。が、勝平は相手の容子ようすなどには、一切頓着とんちゃくしないように、臆面おくめんもなく話し続けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこで小山はほどよき位置を取って、将几しょうぎを置き自分には頓着とんちゃくなく、熱心に描き始めた。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一升近く飲んでそのまま其処に酔倒れて、お膳の筋斗とんぼがえりを打つのにも頓着とんちゃくしなかったが、やがて不思議なだらだらした節で、十年も前にはやった幼稚な新体詩を歌い出した。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さっき、肌の生毛うぶげが、正午の陽ざしに燃えようとしたことも平気なら、今また、あられを含んだあの重い雲が、草原の上にひろがりかぶさろうとしていても、そんなことには頓着とんちゃくしない。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あんたほんまにうらやましいなあいうてなさるし、行くのんならもうちょっと涼しいになってから箱根いでも連れて行って欲しいいうて、夫が何や物足らん顔してるのんにも頓着とんちゃくせんと
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれどもそんなことには頓着とんちゃくなく、白樫の森は一日一日と無くなってゆきました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
話をさせても他人の調子には頓着とんちゃくなく、ゆっくり句切って云うようなところがある。外出から帰ったところ。すこしの間部屋の真中に立って周囲を見まわし、思い出したようにピアノの前にいく。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
そのために政府が欲すると否とに頓着とんちゃくなく、伊勢いせでも大和やまと河内かわちでも、瀬戸内海の沿岸でも、広々とした平地が棉田になり、棉の実の桃が吹く頃には、急に月夜が美しくなったような気がした。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
世間一般に実事は一円馬耳風ばじふうにて御頓着とんちゃくなし。ゆえに拙者やむをえずせつに社中の諸賢に望みまするは、この法をあまねくわが国の農家へ播伝はでん実行せしむる手段の垂示すいしを賜わらんことの一事でござる。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
その間に何事にも頓着とんちゃくせぬと云う風をして、かもめが波に揺られていた。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから、今日の寺田は一代の一の字をねらって、1の番号ばかし執拗しつように追い続けていた。その馬がどんな馬であろうと頓着とんちゃくせず、勝負にならぬような駄馬バテであればあるほど、自虐じぎゃくめいた快感があった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
上原さんは、私の怒りに頓着とんちゃくなくつぶやく。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
俊助は大井に頓着とんちゃくなく、たくましい体を椅子いすから起して、あの護謨ごむの樹の鉢植のある会場の次の間へ、野村の連中を探しに行った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「なんだい、こんなくろいからすなんかつまらないなあ。」といって、かごのまえって、悪口わるくちをいいましたけれど、主人しゅじんは、そんなことに頓着とんちゃくせず
からすの唄うたい (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は、同時に、お祖母さんの視線を強く自分の頬に感じたが、それには頓着とんちゃくしないで、すぐ恭一のあとを追った。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
が、そんなことに余り頓着とんちゃくする男では無いので、草鞋穿わらじばきの扮装いでたち甲斐甲斐かいがいしく、早朝から登山の準備にとりかかっていると、約束をたがえずに塚田巡査が来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかるに金米糖のほうでは、そういう論理などには頓着とんちゃくなく、にょきにょきと角を出して生長するのである。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼らはその周囲に何の頓着とんちゃくする所なく、その見る所直ちにこれを語り、その語る所直ちにこれを行わんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
兼好とは、どこかで聞いたようなと、武士たちは眼をそばめ合ったが、彼は頓着とんちゃくなく後ろを見廻して、遠くに輪をしている漁夫の妻や老幼の群れのうちへ
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)