ひざまず)” の例文
親族、朋友等もまた涙ながらに花嫁の前にひざまずき、その手をとってねんごろに同じような事を戒めるがごとく勧めるがごとくにいうのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
薄暗い神殿しんでんの奥にひざまずいた時の冷やかな石の感触かんしょくや、そうした生々しい感覚の記憶の群が忘却ぼうきゃくふちから一時に蘇って、殺到さっとうして来た。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「お父さん、どうしたんです。しっかりして下さい」新一はその側にひざまずいて父の肩に手をかけた。だが、老博士は身動きもしない。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そんなのの前に男らしくひざまずいて、堂々と満身の愛を告白する。昔のように自己を偽って見識ばらぬ。そんなのが「男らしい男」らしい。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
(画家しずかに娘の前にひざまずき、娘を見上ぐ。娘両手にて画家の目をふさぎ、顔次第に晴やかになりて微笑み、少し苦情らしき調子にて。)
見渡すかぎり蒼茫そうぼうたる青山の共同墓地にりて、わか扇骨木籬かなめがきまだ新らしく、墓標の墨のあと乾きもあえぬ父の墓前にひざまずきぬ。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この制裁が終った時にモリイシャは一同に樹のまわりに輪をなしてひざまずかせた。やがて彼はほろびゆく男の霊のために祈りをした。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
翁は、説教壇の前にひざまずいて、其処に凍え固ったものの如く、火の気のない教会堂の広間に眤として祈りを捧げたまま身動きもしなかった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
われはちじと戒むる沙門しゃもんの心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉ふるひて、われにもあらで、少女が前にひざまずかむとしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたくしの前にひざまずいて頭をお上げなさらないのに、私は窮してしまいました——そんなようなわけで、私はこの際の白骨入りは
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかるに燕王の北平ほくへいを発するに当り、道衍これをこうに送り、ひざまずいてひそかもうしていわく、臣願わくは託する所有らんと。王何ぞと問う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
日来ひごろ武に誇り、本所ほんじょなみする権門高家の武士共いつしか諸庭奉公人となり、或は軽軒香車の後に走り、或は青侍格勤の前にひざまずく。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三島神社にもうでて昔し千句の連歌ありしことなど思い出だせば有り難さ身にみて神殿の前にひざまずきしばし祈念をぞこらしける。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
大跨おおまたに下りて、帽を脱し、はたと夫人の爪尖つまさきひざまずいて、片手を額に加えたが、無言のまま身を起して、同一おなじ窓に歩行あゆみ寄った。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
物見は、そこを一歩も動かないのが、役目の原則なので、守将にも上から言葉をかけたが、帯刀が登って来ると、ひざまずいて、片手をつかえた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沈んではいるがしゃんと張切った心持ちになって、クララは部屋の隅の聖像の前にひざまずいて燭火あかりを捧げた。そして静かに身のかたを返り見た。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ある時長い間往来おうらい杜絶とだえて居た両親の家に行き、突然ひざまずいて、大真面目まじめに両親の前で祈祷したりして、両親をかえって驚かしたこともありました。
と口々に叫びながら、出丸の馬出うまだしから細谷の浦へおり、足るほどに磯草を採ったり、磯辺にひざまずいてパーテル・ノステルの祈祷を唱えたりする。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私はヷーシャの前にひざまずいて言いました、『ヷシーリイ・マクシームィチ、われわれ二人は君に悪いことをしたのだ。どうか宥してくれたまえ。』
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あるいはまた密室にひざまずき四辺人なきのときにおいて、ひそかにわが邦将来のことをば積誠をらして上帝に祈る熱心なるキリスト教徒もあらん。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
驢これを聞いてひざまずいて愁い申したに、慈悲無辺の上帝よ、それがしそんな辛い目をして五十年も長らえるはいかにも情けない。
この人は心の底から紅葉を崇拝していた。紅葉の死後も毎朝顔を洗って飯を食う前に、必ず旧師の写真の前にひざまずいて礼拝することを怠らなかった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
母は長い間わが子のを助けて育てるようにした結果として、今では何事によらずそのの前にひざまずく運命を甘んじなければならない位地いちにあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と申して、医者も薬も、どうして払いましょう、一文もありません。ですからまあわずかなお金でもひざまずいて押しいただくような始末でございます。
私はこの校長さんにひざまずいてスリッパを揃えた時心から幸福であった。やはり紋付、袴に、靴といういでたちであった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
王妃は、もはや、オフィリヤの味方になっています。王妃は、きょうの夕刻このわしに、泣いてひざまずいてたのみました。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
その内にもう一人の陳彩は、房子だった「物」の側にひざまずくと、そっとその細いくびへ手を廻した。それから頸に残っている、無残な指のあとに唇を当てた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は、この寒い夜の自然に向って、ひざまずき、「この幸福を、私に授けて下すったのは、どなたですか。私はそれほど、恵み愛されていたのでしょうか」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何時の間にか家内は寝台の向側にひざまずいていた。私はお房の細い手を握って脈を捜ろうとした。火のように熱かった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただ、大地にひざまずき、額で地べたを叩き、遂には、血の匕首を持っている三郎兵衛の、物すごい表情に怖れもせず、裾をすら掴んで哀願しつづけるのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
老人もついには若い男の説をれて解剖刀を捨て、二人ともひざまずいて少女の死屍に祈祷きとうを捧げたという光景を叙して
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
こうした尼寺ホスピスの前までやっと辿りついて、ひざまずくように雪の上につんのめるとたんに、けたたましい犬の声が闇の奥から響いて、今まで積雪の上に漏れて
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
これを決するためには終日終夜心魂しんこんを痛め、あるいはひざまずいて神意を伺わんとしたり、あるいは思案に沈んで、ほとんど無意識に一室をしたという。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そして昔彼女がひざまずきに来ていた腰掛の見える所に、柱の後ろに座を占めた。彼女がもし生きてたらなおそこへやって来るに違いないと思って待ち受けた。
その人は黒い烏帽子を前かがみに、私たちの前に、やや斜めにひざまずいて、いぶかしげに、また親しそうに此方こちらを見た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すすめて、承諾も待たずにもうひざまずいた。私は今更仕方がなく、占部さんの後について口真似をした。今考えて見るとしゅの祈りだった。大体申分なかったが
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だけがきずだが、至る処の堂宮どうみや寝室ねま日蔭ひかげの草はしとね、貯えれば腐るので家々の貰い物も自然に多い。ある時、安さんが田川たがわの側にひざまずいて居るのを見た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
忠僕の爺は悲運の迫った主家の邸下にひざまずいて慟哭し、山村の人々にも一々腰を曲げて別れを告げ飄然ひょうぜんと出掛けて来た。まだ山の峠には雪が真白く積っていた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
綱手は、石の前に、ひざまずいて合掌した。合掌すると、ただ、無闇に悲しくなって、涙が、いくらでも出て来た。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
会衆が一どきに立ちあがりました。千恵はとつさに、さも入口のすぐ外にひざまずいてゐたやうな身ぶりを装つて、流れ出る会衆の先頭に立つて礼拝堂を離れました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼の背後うしろには縄付きが五人ズラリと廊下にひざまずいている。昨日まで武威を誇っていた鬼王丸と四天王とがいわゆる珠数繋じゅずつなぎに繋がれて悄然しょうぜんと跪いているのである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
罪に喘ぐ小羊達は、ひざまずき、うなだれた頭を指で支えて、聖なる聖なる父の御名を疲労くたびれる迄くり返した。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
しばし呆然ぼうぜんと立ちすくんでいると、頼政の軍から、一きわはなやかによろいをつけた男が、進み出てきて、神輿の前にひざまずくと主人からの口上を、力強い声で述べたてた。
例の放蕩ほうとう子息がひざまずいて泣いた時、かれはその過去の罪悪および苦悩をば生涯において最も美しく神聖なる時となしたのであると基督がいわれるであろうといっている。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
マリヤの像の前へ案内すると、あゝ、ほんとにマリヤさま、ゼススさまをだいていらっしゃると、なつかしげに叫んだが、やがてみなみなひざまずいて祈りはじめてしまった。
こう言いながら彼は私の前にとつぜんひざまずいたので、今度は私の方があっけにとられたくらいだった。壮士というような人間の心の単純さに私はじっさい吃驚びっくりしたのだった。
私はかうして死んだ! (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
壮厳なあたりの空気に圧せられて、我々が一瞬間呆気あっけられて佇立していた時に、ひざまずいた侍女の一人が何かささやいたのでしょうか? 両胸に垂れた白髯がかすかにゆらいで
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
うちへ帰ると、寝台の上にひざまずいて、持っている本をひろげてミサを読んだんだよ。だけどお前、やっぱりね、いくら一生懸命に読んでも、御堂の式に出るのとは違うからね」
そして壁際かべぎわひざまずいてお祈りをすまして学校に出かける。洗面器は売ってしまったので顔を洗うことが出来ないから、顔は途中にある湯島公園の便所の出口の手洗鉢てあらいばちで洗った。
それは巨大な工場地帯の裏地のようなところでひざまずいて祈っているキリストの絵像であった。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)