裂目さけめ)” の例文
小柄なヒステリイの強い眼の下に影のある年増としま女の顔が浮んで来ると、彼はじぶんをふうわりと包んでいたもや裂目さけめが出来たように感じた。
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
丁度ちやうどわたしみぎはに、朽木くちきのやうにつて、ぬましづんで、裂目さけめ燕子花かきつばたかげし、やぶれたそこ中空なかぞらくも往來ゆききする小舟こぶねかたちえました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ここにオホクメの命が、天皇の仰せをそのイスケヨリ姫に傳えました時に、姫はオホクメの命の眼の裂目さけめいれずみをしているのを見て不思議に思つて
天井の一条の裂目さけめは非常に深く、また非常に広い。彼女が立ち上って、指先で弾いても、少しも澄んだ音はせず、破れ茶碗の音とほとんど違いがない。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それは雪子学士の着ているワンピースの服が、あっちもこっちも引裂け、はなはだしい箇所ではその裂目さけめから雪子の青白い皮膚があらわに見えることだった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
洞穴ほらあなの中に一筋のあかりが差し込んでいる。それは巌の裂目さけめで、そこへ近づいてみると、かたわらにつっ立っている奇巌城が見える。ガニマールはゆびさしていった。
あの都のまん中にある七つのおかの一つに、皇帝宮こうていきゅう廃墟はいきょがあります。野生のイチジクがかべ裂目さけめから生えでて、広い灰緑色かいりょくしょくの葉で壁の素肌すはだをおおっています。
と言いながら米友は、松の木の下を離れて、そこらを探し廻り、裂けて落ち散っていた槍のさやを拾って、これを穂の上へかぶせ、紙撚こよりをこしらえて裂目さけめを結ぶ。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は幕をひく手をつと放して内にる。裂目さけめを洩れて斜めに大理石の階段を横切りたる日の光は、一度に消えて、薄暗がりの中に戸帳の模様のみ際立きわだちて見える。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その大正十二年たいしようじゆうにねん噴火ふんかおいては、やま東側ひがしがは西側にしがはとに東西とうざいはし二條にじよう裂目さけめしようじ、各線上かくせんじよう五六ごろくてんから鎔岩ようがん流出りゆうしゆつした。この状態じようたいはエトナしきしようすべきである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
水がこぼこぼ裂目さけめのところであわきながらインクのようにゆっくりゆっくりひろがっていったのだ。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
陽は、もう丘の稜線に沈みかかって、陰欝いんうつな雲の裂目さけめから、鉱区の一部をあの血の様な色に染めていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
いまから考へると多分の嫉妬しっともあつたやうに思ふ。さういふけわしい石火いしびり合つて、そこの裂目さけめからまれる案外甘い情感の滴り——その嗜慾しよくに雪子は魅惑を感じた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
何百年かの昔、一粒の種が風に吹かれてあの岩の小さな裂目さけめに落ちこんだとする。それはその種にとって運命だったんだ。つまり、そういう境遇に巡り合わせたんだね。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ロミオ いや/\、あさらする雲雀ひばりぢゃ、ナイチンゲールのこゑではない。戀人こひびとよ、あれ、おやれ、意地いぢわる横縞よこじまめがひがしそらくも裂目さけめにあのやうなへりけをる。
我等は右に左に紆行うねりてそのさまあたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目さけめを登れり 七—九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ほおのあたりはこけて、しわがより、よく発達したあごには、やわらかい裂目さけめができている。
巨大おほきいわ裂目さけめがあつて、其處そこから太陽たいやうひかり不足ふそくなく洞中どうちうてらしてをるのである。
桔梗ききょうの花の裂目さけめのようにくっきりしたえりえ際に、おや? ……という面持おももち
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私がそれを見上げたとき、その裂目さけめを埋めてゐる空に暫くの間月が現はれた。
文字通りおのでたち割った、巨大な鼠色ねずみいろ裂目さけめに過ぎません。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
己はあの岩の裂目さけめから落ちて来る滝を
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
手近てぢかなのの、裂目さけめくちを、わたしあまりのことに、でふさいだ。ふさいでも、く。いてれると、したしたやうにえて、風呂敷包ふろしきづつみ甘澁あましぶくニヤリとわらつた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
獣の吠える声がますます凄く聞えた。章は渇きを覚えたので、水を飲もうと思って岩の後ろへ廻り、そこへ来た時にちらと見てあった、岩の裂目さけめからしたたり落ちている水をに掬うて飲んだ。
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼の眼は二筋の光る裂目さけめにすぎなくなっている。