胡桃くるみ)” の例文
それから頭の上に胡桃くるみの実がなつてゐる。さういふものをもてあそんで時を過ごすに、彼等の銘々は赤い顔をして帰つて来て車房に入つた。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
その時墓石のうしろでは、二人の子供は勘定をすませて、これからくちに隠してある二袋の胡桃くるみを分けようとしてゐるところだつた。
そこを挾んで、両辺の床から壁にかけ胡桃くるみかしの切組みになっていて、その所々に象眼をちりばめられ、渋い中世風の色沢が放たれていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「そいつはありがたい。御幣餅とは、よいものをごちそうしてくださる。木曾の胡桃くるみかおりは特別ですからね。」と香蔵もよろこぶ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供の群は、寺の墓場に近い、大きな胡桃くるみの木の下で遊んでいた。十五六をかしらに八九歳を下に鬼事おにごとをやっていると、彼方あっちから
(新字新仮名) / 小川未明(著)
「この坊ちゃんは、肥えているわい。この肌の白さは、どうじゃ。胡桃くるみの実で肥やしたんじゃな!」とのどを鳴らして言いました。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
実際この学生は、今し方まで地上にいたかと思うと、たちまちにして胡桃くるみの木の天辺てっぺんに上っているようなことが度々たびたびあったのだ。
たちま衣嚢かくしを探りて先刻のコロップを取出しあたかも初めて胡桃くるみを得たる小猿が其の剥方むきかたを知ずしてむなしく指先にてひねり廻す如くに其栓を
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
さア腹が減ってたまりませぬ、ふと心付いて見ると、毎日熊が持って来ましたのは胡桃くるみの実やらかやの実やら、乃至ないし芋のような物であります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
樫か胡桃くるみで作つた櫃には、奇妙な棕櫚しゆろの枝と天童の頭の浮彫うきぼりがしてあつて、ヘブライの經典ををさめた木箱のやうな形に見えた。
胡桃くるみの根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、しゃがんで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「人間が紙のようにうすっぺらになっちゃ、玉蜀黍とうもろこし林檎りんご胡桃くるみなんかのように、平面でなくて立体のものは、たべられなくなっちゃうよ」
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その角張った顔が何やらに似ている。西洋人が胡桃くるみみ割らせる、恐ろしい口をした人形がある。あれを優しく女らしくしたようである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
思いおこしてみると、わたしがまだ少年のころはじめて栗鼠射りすうちで手柄をたてたのは、この渓谷の片側に茂っている高い胡桃くるみの木の林だった。
婆さんの話しによると昔は桜もあった、葡萄ぶどうもあった。胡桃くるみもあったそうだ。カーライルの細君はある年二十五銭ばかりの胡桃を得たそうだ。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
垣根の「うつぎ」の芽を摘んでは、胡桃くるみあえにして食べたこと、川へ雑魚ざこすくいに行って、下駄や鍋を流してしまったこと。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
次いではシューマンの『胡桃くるみの樹』(JD一一〇)、シューベルトの『野薔薇のばら』『なれこそわがいこい』など可憐なレコードだ。
読本リーダーに出て来るような初心うぶな娘ッ子だ。きっと物にして見せるよ。俺の歯にかかったらどんなにかて胡桃くるみだって一噛みだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お通はまたお通で、彼とはべつに、大きな胡桃くるみの木にあえぐ胸をもたせかけて、ただ、しゅくしゅくと泣きじゃくっている。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、やがて、彼は気が遠くなったもののように、バタと前へのめって、そこに出してあった胡桃くるみの中に顔を突っ込んだ。
一つの方には、東京への土産にと言って、S君の家でとれた胡桃くるみを風呂敷に包んでどっさり入れた。さげると穀がすれて堅いカラカラいう音がする。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
しかし荷物を背負う用途を兼ねるものは、必然材料に丈夫なものが選ばれてくる。かやすげがま、岩芝、くご、葡萄ぶどう胡桃くるみ、特に愛されるのはしなの皮。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
円味の勝ったおとがいにつづいて、胡桃くるみのような、肌理きめの細かな咽喉が、鹿の半襟から抜け出している様子は、なまめかしくもあれば清らかでもあった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
他の動物ではただ猿が石を用いて胡桃くるみを割るとか、象が樹の枝を用いて蠅を追うとかいうごとき僅少の例外を除けば、道具を用いるものは皆無である。
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
食堂を通りぬけて料理場のほうへ行こうとすると、そこの胡桃くるみの食器棚の前に保羅がうつ伏せになって倒れている。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今時世智辛せちがらくなり、多く俗人あり、鼠穴を毀壊きかいしてその貯えた粟、胡桃くるみ、雑果子等を盗むはこの犯罪に準ずと記す。
私の庭に、ほとんど枯れかけた古い胡桃くるみがあるが、小鳥どもは気味悪がって寄りつかない。たった一羽、黒い鳥がその最後の葉の中に住んでいる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
バナナをあしらったり、胡桃くるみの砕いたのを掛けたりしたのは、オリムピックあたりが、はじまりではなかろうか。
甘話休題 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
囲炉裏いろりの側において試みられる火の年占としうらが、あるいは胡桃くるみでありとちの実であり、また栗であり大豆であり、粥占かゆうらの管として竹も葦も用いられているのは
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
胡麻ごまとか胡桃くるみとか南京豆とか大豆とかいうものは沢山の脂肪分を持っています。貴嬢あなたに先日書いてげた日用食品の分析表〔春の巻の付録〕を御覧なさい。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
テウチ胡桃くるみの淡紫の幹——坂をのぼりきりたるところより貯蔵庫(柑子類の植物を入れたる)の煉瓦壁見ゆ。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その日も鹿といのししと山鳥に、しぎのつくね煮という献立てで、せり胡桃くるみの叩いたのを詰めた山鳥のあぶり焼きはうまかったが、鹿と猪には安宅も手が出なかった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
じゃ椰子て何? 椰子はです、棕櫚しゅろに似た樹です。けれども実は胡桃くるみに似ています。胡桃よりも、もっともっと大きな、胡桃を五十も合せた程大きな実です。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
そして氷豆腐や胡桃くるみをうんと買いこんだ。加世子はキャンデイを見つけ、うんとあるパンやバタも買った。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
していて、——大きな胡桃くるみの実ほどの大きさでね、——背中の一方の端近くに真っ黒な点が二つあり、もう一方のほうにはいくらか長いのが一つある、触角アンテニーは——
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
畑をめぐる杉垣のくろには祖母の栗と私が拾つてきてまいた胡桃くるみが芽をだしてゐる。また祖母が好きで植ゑておいた鳳仙花の種がちらばつてあちらこちらに咲く。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
それは、柳、胡桃くるみ、桃、檜その他日本に見られない樹の種類の大木がある。それからその下に美しい銀砂ぎんさが厚く敷いてある。そうしてそこで一問答が終りますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なぜ自分の小部屋の窓際に腰かけて、シュトルムの『インメンゼエ』を読みながら、胡桃くるみの老木が大儀そうに音を立てる、夕ぐれの庭に時々眼をやっていないのか。
首尾よく流れを逆に上り切って桃色と白のカフェ・ローポアンで一休み。そこで喰べた胡桃くるみの飴菓子。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頭をはっきりさせるために途上の胡桃くるみの木立ちのかおりを胸深く吸い込みながら、家に帰っていった。
譬へば殼硬き胡桃くるみき難きが如し。されど君は能く拆き能く解き給ふならん。われも猶初めて登場せし時の戰慄のさまを記せり。されど我智は我に祕訣を授けたり。
ならはオークの代用に輸出され、エゾ松トヾ松は紙にされ、胡桃くるみは銃床に、ドロはマッチの軸木じくぎになり、樹木の豊富を誇る北海道の山も今に裸になりはせぬかと
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それとは違つて、地球の上の自然といふ奴は、理想が食ひたさに、こちとらを胡桃くるみのやうに噛み砕きやあがるのです。理想込めにこちとらをくらつてしまやあがるのです。
熊笹を折り敷いて、そこにドツカと腰をおろして、胡桃くるみの枝の間から、下の田圃を眺めやつた。
押しかけ女房 (新字新仮名) / 伊藤永之介(著)
「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲイアラスコト、なお蛆虫うじむし胡桃くるみノ固キから穿うがチテ、中ノ実ヲたくみニ喰イツクスガごとシ」と、ナブ・アヘ・エリバは、新しい粘土の備忘録にしるした。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ドルフは何を入れたのか見えなかつたので、第二の蒸鍋の蓋が躍つて、茶色の蒸気が立ち出すや否や、鼻を鍋の方へ向けて、胡桃くるみが這入る程鼻の孔を大きくして嗅いでゐた。
胡桃くるみをすり込んだ日はよけいに食う。餌食の荒さはその性質の猛々しさを証拠立てている。
人真似鳥 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
背負い枠の娘はもうその路をあるききって、葉の落ち尽した胡桃くるみの枝のなかを歩いていた。
闇の書 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
本当は胡桃くるみあえがうまいのだが、県外移出禁止とかで手に入らず、胡麻味噌にして食った。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
食事の終りに、隣に坐つて居たキキイは美しい手で胡桃くるみの割りやうをおれに教へてれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)