背広せびろ)” の例文
旧字:背廣
七宝しっぽう夫婦釦めおとボタンなめらか淡紅色ときいろを緑の上に浮かして、華奢きゃしゃな金縁のなかに暖かく包まれている。背広せびろの地はひんの好い英吉利織イギリスおりである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せつ目の終わりになったとき、背広せびろを着て、ラシャのぼうしをかぶった男が目にはいった。その男はわたしのほうへ歩いて来るらしかった。
そういう往年の豪傑ごうけつぶりは、黒い背広せびろに縞のズボンという、当世流行のなりはしていても、どこかにありありと残っている。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
背広せびろかるいセルのひと衣にぬぎかへて、青木さんがおくさんと一しよにつましやかなばんさんをましたのはもう八ちかくであつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
然し店硝子みせがらすにうつる乃公だいこう風采ふうさいを見てあれば、例令たとえ其れが背広せびろや紋付羽織袴であろうとも、着こなしの不意気さ、薄ぎたない髯顔ひげがおの間抜け加減
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いろ真蒼まつさをで、血走ちばしり、びたかみひたひかゝつて、冠物かぶりものなしに、埃塗ほこりまみれの薄汚うすよごれた、処々ところ/″\ボタンちぎれた背広せびろて、くつ足袋たびもない素跣足すはだしで、歩行あるくのに蹌踉々々よろ/\する。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
校長の背広せびろには白いチョークがついていた。顔の長い、背の高い、どっちかといえばやせたほうの体格で、師範しはん校出の特色の一種の「気取きどり」がその態度にありありと見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
◆服装 外套は焦茶色の本駱駝ほんらくだで、裏は鉄色の繻子しゅすえりは上等の川獺かわうそ。服は紺無地こんむじ羅紗らしゃ背広せびろの三つ揃いで、裏は外套同様。仕立屋の名前はサンフランシスコ・モーリー洋服店と入っている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、自分の懐かしい家は無くなり、美しい背広せびろも、丹精たんせいした盆栽ぼんさいも、振りなれたラケットもすべて赤い焼灰やけばいに変ってしまったことがハッキリ頭に入ると、かえって不思議にも胆力たんりょくすわってきた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
石油のにほひ新らしく人は去る、流行はやり背広せびろの身がるさよ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「御米、御前おまい子供ができたんじゃないか」と笑いながら云った。御米は返事もせずに俯向うつむいてしきりに夫の背広せびろほこりを払った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さういひながら、玄関げんくわんつゞきのちやへはひると、青木さんはかみにくるんだ額面がくめん十円の△△債劵さいけん背広せびろの内がくしから、如何いかにも大さうにとり出した。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
半之丞はこの金を握るが早いか、腕時計うでどけいを買ったり、背広せびろこしらえたり、「青ペン」のおまつと「お」の字町へ行ったり、たちまち豪奢ごうしゃきわめ出しました。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしを取りいて寝台のそばに立っている人たちの顔も知らなかった。そこにねずみ色の背広せびろを着て、木のくつをはいた男と、三、四人の子どもがいた。
明治三十六年日蔭町で七円で買った白っぽい綿セルの背広せびろで、北海道にも此れで行き、富士ふじで死にかけた時も此れで上り、パレスチナから露西亜ろしあへも此れで往って
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
……なかで、山高やまかた突立つきたち、背広せびろかたつたのは、みな同室どうしつきやく。で、こゝでその一人ひとり——上野うへのるときりたまゝのちや外套氏ぐわいたうしばかりをのこして、こと/″\下車げしやしたのである。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
手を引くときに、自分でカフスの奥を腕までのぞいて見る。やがて背広せびろ表隠袋おもてかくしから、真白な手巾ハンケチつまみ出して丁寧に指頭ゆびさきの油を拭き取った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この話をしてくれたのは、ねずみ色の背広せびろを着た人であった。
今日けふは白地の浴衣ゆかためて、背広せびろを着てゐる。然し決して立派りつぱなものぢやない。光線の圧力の野々宮君より白襯衣しろしやつ丈が増しな位なものである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
答のない口元が結んだまましゃくんで、見るうちにまた二雫ふたしずく落ちた。宗近君は親譲の背広せびろ隠袋かくしから、くちゃくちゃの手巾ハンケチをするりと出した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小林は受け取ったものを、赤裸あかはだかのまま無雑作むぞうさ背広せびろ隠袋ポケットの中へ投げ込んだ。彼の所作しょさが平淡であったごとく、彼の礼のかたも横着であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勢いよく二三十間突いておいて、ひょいと腰をかける。汗臭あせくさ浅黄色あさぎいろ股引ももひき背広せびろすそさわるので気味が悪い事がある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その言葉を打ち消すような新調したての派出はでな彼の背広せびろが、すぐことさららしく津田の眼に映ったが、彼自身はまるでそこに気がついていないらしかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
探偵などはまるで眼中になかった。彼は新調の背広せびろの腕をいきなり津田の鼻の先へ持って来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千筋せんすじちぢみの襯衣シャツを着た上に、玉子色の薄い背広せびろを一枚無造作むぞうさにひっかけただけである。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
約束をした人はなかなかん。少々退屈になったから、少し外へ出て見ようかと室の戸口をまたぐ途端に、背広せびろを着たひげのある男がれ違いながら「もうじきです二時四十五分ですから」
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顔を洗う所などで落ち合う時、敬太郎は彼の着ている黒襟くろえりの掛ったドテラが常に目についた。彼はまた襟開えりあきの広い新調の背広せびろを着て、妙な洋杖ステッキを突いて、役所から帰るとよく出て行った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あまり合わない背広せびろを無理にきるとほころびる。喧嘩けんかをしたり、自殺を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)