真面目まじめ)” の例文
旧字:眞面目
「オムレツかね!」と今まで黙って半分眠りかけていた、真紅まっかな顔をしている松木、坐中で一番年の若そうな紳士が真面目まじめで言った。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「へえ、左様そんなもんですかな」と門野かどのは稍真面目まじめな顔をした。代助はそれぎりだまつて仕舞つた。門野かどのは是より以上通じない男である。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
甲高いよくとおる声で早口にものをいい、かならず人先に発言し、真面目まじめな話にも洒落しゃれや地口をまぜ、嘲弄ちょうろうするような言いかたをする。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかるにイタズラ小僧の茶目の二葉亭は高谷塾に入塾すると不思議ににわかに打って変った謹直家となって真面目まじめに勉強するようになった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
女は物も云わず、修行しゅぎょうを積んだものか泣きもせず、ジロリと男を見たるばかり、怒った様子にもあらず、ただ真面目まじめになりたるのみ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真面目まじめな穏かなほとんど宗教的な感情をもつまでに達していない時には、そういう醜い女は、彼にとっては存在しないも同じだった。
見たりしてあたし今に堅気のお嫁さんになりくなったの。でも、こんなことしていて、真面目まじめなお嫁さんになれるか知ら——それが
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「叔父の手前何と云ッて出たものだろう?」と改めて首をひねッて見たが、もウ何となく馬鹿気ていて、真面目まじめになって考えられない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その男も、真面目まじめ初心うぶな男でしたから、僕が貴女に選まれたのと、同じような意味で、貴女に選まれたのではないかと思うのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
予の欧洲に赴いた目的は、日本の空気から遊離して、気楽に、真面目まじめに、しばらくでも文明人の生活にしたしむことの外に何もなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私とお前とは、其処からすこし離して、白墨で線を描いて、ネットを張って、それからラケットを握って、真面目まじめくさって向い合った。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
お前も見る通り、先生はこんなおいさんだ。もう今に七十に間もないお方だ。それにお前の見る通りの真面目まじめなお方だ。どうだろう。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それと僕の心持などは、くらべてゐるやうなことは無論思ひはしないんだが、真面目まじめに考へたところで、何うしたらばいゝんだらう。
椎の若葉 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
然し此の数年来すうねんらい賭博風とばくかぜは吹き過ぎて、遊人と云う者も東京に往ったり、比較的ひかくてき堅気かたぎになったりして、今は村民一同真面目まじめに稼いで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
辞して帰る時、N氏は明日こそ本当に描くぞと奥さんに真面目まじめな顔をしていっていた。奥さんはにっこり笑ってうなずいているだけだった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
(ワーニャに)そらまた君は、例の皮肉な目で僕を見ているね。僕の言うことは残らずみんな、君には真面目まじめに受けとれないんだ。
しかし、いったんおのれの位置の悲劇性を悟ったが最後、金輪際こんりんざい、正しく美しい生活を真面目まじめに続けていくことができないに違いない。
N専門学校の校長様で、真面目まじめすぎるのが、かえってたった一つの欠点に見えるくらいの、立派な厳格な先生様でございました。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
真面目まじめな顔で小母さんは造花を咲かせ続けた。紫の花。褪紅色たいこうしょくの蕾。緑の葉。の花。——クレエム・ペエパァの安っぽい造花であった。
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
田代君は存外真面目まじめな表情を浮べながら、ちょいとその麻利耶観音を卓子テーブルの上から取り上げたが、すぐにまた元の位置に戻して
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この画は、私でなければ、わからないのだと思いました。真面目まじめに申し上げているのですから、お笑いになっては、いけません。
きりぎりす (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれどこの男は、至極真面目まじめなむっつり屋なのだ。郵便局長は背丈のちんちくりんな男だが、しかし頓智があって、なかなかの哲学者だ。
彼はそう言って、自身の生活環境と心持を真面目まじめに説明した。記者は時代の青年らしい感想など、無遠慮に吐いて、やがて帰って行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なぜなら、夫人の品のよい端麗な顔は、そう云う風に真面目まじめに打ち沈んでいる時が、最も美しく、気高けだかく感ぜられるからである。
病人はそののちこともものを言わない。もう口の周囲まわりに見えていた微笑ほほえみの影も消えた。今は真面目まじめな、陰気な顔をしてくうを見詰めている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
といい、真面目まじめになって猿嘉さるかという命名書を与えた。爾来じらいこの若者はこの姓を用いしのみならず、その子孫は今なお猿嘉さるか氏を称している。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
わたしたちは明け放した障子の敷居のところに胡坐あぐらをかいて、いろいろな世間話をしましたが、突然紳士は真面目まじめな顔をして
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
真面目まじめ会話はなしをしている時に、子供心にも、きつねにつままれたのではないかと、ふと、老媼おばあさんをあきれて見詰めることがあった。
「この上申分無しだと、どこまで酔うか分らない。そうしたら江戸まで今日中には帰られまい」と若殿は未だ真面目まじめであった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
与吉の真面目まじめなのに釣込つりこまれて、笑うことの出来なかったお品は、到頭とうとう骨のある豆腐の注文を笑わずに聞き済ました、そして真顔まがおたずねた。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老人としよりはにやにや笑って答えないが、若者の一人が真面目まじめくさって考えこみ、多少ためらった末に「そりゃ、ごっつぉうの方がええ」と答え
(新字新仮名) / 島木健作(著)
当時はただ一場の癡話として夢のごとき記憶に残ったのであるけれど、二十年後の今日それを極めて真面目まじめに思い出したのはいかなる訳か。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
よろず喧嘩買い入れ申し候、は実にふざけ切っているようで、これが決してふざけているのではない、正真正銘しょうしんしょうめい真面目まじめ稼業かぎょうなので——。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私の方が呆気あっけられるくらい、真面目まじめな顔付きです。真面目というよりも、土気つちけ色のオドオドした顔といった方がいいのかも知れません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
こう言って、正太は激昂げっこうした眼付をした。彼は、真面目まじめでいるのか、不真面目でいるのか、自分ながら解らないように思った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それが稀々まれまれにはこういう事実も伝えられて、いよいよ真面目まじめなる女たちの、日ごろのたしなみの内にかぞえられていたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この一首は、前にあった旅人の歌同様、線の太い、直線的な歌いぶりであるが、感慨が浮調子うわちょうしでなく真面目まじめな歌いぶりである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
といってお母さんはちょっと真面目まじめな顔をなさったが、すぐそのあとからにこにこして僕の寝間着を着かえさせて下さった。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかるに帆村荘六だけは、たいへんに真面目まじめに、その話を聞いてくれ、そしてそれは貴重な資料だとほめてくれるのである。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
早朝から人を叩き起して不思議な事を聞く男ですが、その真剣な顔を見ると、怒ることもならず真面目まじめに挨拶させられます。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
が、やがて、指の先で、自分の皿の底からパンのかけらをつまみ上げ、真面目まじめに、無愛想に、そいつをルピック夫人めがけてほうったものである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
少し真面目まじめな話しになろうとすると、後はそういってそらしてしまった。そういうわけで私もしばらくお宮に会わずにいた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
恵林寺えりんじの僧堂では、若い雲水たちが集って雑談にふけっておりました。彼等とても、真面目まじめな経文や禅学の話ばかりはしていないのであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その上に、彼は白無垢しろむくの布を肩からって、胸にうやうやしく白木のほこらをかかえていた。唐突なほど真面目まじめくさっていた。鎮守の小祠しょうしである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
これを笑ふけれど、遊佐の如きは真面目まじめで孝経を読んでゐるのだよ、既に借りてさ、天引四割てんびきしわりつて一月おきに血をすはれる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
真面目まじめな顔になっている。美しい瓜実顔うりざねがおが正面になって、かすかな社燈の光に浮き出たとき、マンは、あッと、思いだした。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「なるほど。としてもだな、ジャップ」とルグランは、その場合としては不必要なほどちょっと真面目まじめすぎると思われるような調子で、答えた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
せた蒼白い顔をことさら真面目まじめにしていましめた。なぜということはなしに私は町っ子と遊んではいけないものだと思っているほど幼なかった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
正直な愚者周利槃特は、真面目まじめにこの一句を唱えつつ考えました。多くの坊さんたちの鞋履はきものを掃除しつつ、彼は懸命にこの一句を思索しました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
本当に調こしらへてくれるかえと真面目まじめだつて言へば、それは調らへて上げられるやうならお目出度めでたいのだもの喜んで調らへるがね、わたしが姿を見ておくれ
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)