こうし)” の例文
吹雪の夜、くりやの戸がことことと鳴るのに驚いて出て見ると、餌をあさりに来た鹿であったり、時にはこうしほどもある狼であったりする。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
宏大な美しい声と、幅の広い柔かな表現を持った人だ。ほかに望みのある人は『ファウスト』の「黄金きんこうしの歌」などが面白かろう。
海ぞいに立て連ねた石杭いしぐいをつなぐ頑丈がんじょうな鉄鎖には、西洋人の子供たちがこうしほどな洋犬やあまに付き添われて事もなげに遊び戯れていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
最近私は烏や、豚や、家鴨あひるや、こうしの叫び声を完全に真似する行商人に逢った。また私は、気のいい一人の老人(図271)を写生した。
最近に生み落としたこうしのことをぼんやり思い出して、わが子恋しさにくようなこともれである。ただ、彼女は人の訪問を悦ぶ。
先ず目についたのは鑵詰工場らしい、ほとんど吹きさらしのバラックだ。大きい、こうしほどの樺色の樺太犬がのそりと、その前には出ていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
太平たいへい町の某は十四頭を、大島町の某はこうし十頭を殺した。わが一家の事に就いても種々の方面から考えて惨害の感じは深くなるばかりである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
山羊やぎこうしとの血を用いず、己が血をもてただ一たび至聖所に入りて、永遠の贖罪を終え給えり。……このゆえに彼は新しき契約の仲保なり。
それらの善良なる男女はわれわれを放蕩息子ほうとうむすこと呼び、われわれの帰国をねがい、われわれのためにこうしを殺してごちそうをしようと言っている。
伸子は、手をつけないままの大皿のふたの上に「どうぞ、牛肉か、こうしか、羊肉を」と書いた紙きれをのせて、台所へおいた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その辺の大都フェスの諺に口ばかり剛情な怯者をののしって汝はアグラの獅ほど勇なりこうしにさえ尾をわるべしというとある。
英夫を見くびって躍りかかって来た相手だけに、背負投はあざやかにきまって趙のこうしのような図体ずうたいは、もんどりうってはげしく鉄板の上を叩き
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
母牛がこうしをなめるような愛は昔から舐犢しとくの愛といって悪い方の例にされているけれども、そういう趣きがなくなっては、母の愛は去勢されるのだ。
女性の諸問題 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
大きな小學校と、この太政官の家とを、後の山の上から見下ろすと、恰も白い牝牛が同じ毛色のこうしを連れて、松林の中に眠つてゐるやうに見えた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
こうしの冷肉を一皿とクワス一本をたいらげてから、広大無辺な我がロシア帝国の地方によっては、よく言い草にされている、いわゆる『ふいごのような大鼾おおいびき
汝等はキリストを救世主とし、神の子とし、又罪の贖者とするが、それは人間的解釈で、かの古代ヘブライ人の刻めるこうしの像と、何の相違もない。
こうしのカツレツが二十五匁で二百五十カロリー、焼パンが十二匁で百五十六カロリー、バターが八匁で二百二十カロリー
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのうちに、何か、犬のかんに触ったことがあるとみえ、いきなり城太郎のすそへ噛みついて、こうしのように唸りだした。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆえに人にはあくまでも男らしい気骨がなければ宗教の主旨しゅしにもかなわなくなる。人は軟骨動物ではない。愛とは単に老牛がこうしむるの類にとどまらぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
さてまた牡丹がおっと文角ぶんかくといへるは、性来うまれえて義気深き牛なりければ、花瀬が遺言を堅く守りて、黄金丸の養育に、旦暮あけくれ心を傾けつつ、数多あまたこうしむれに入れて。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そのかわり、牛が三頭、こうし一頭ひとつ連れて、雌雄めすおすの、どれもずずんとおおきく真黒なのが、前途ゆくての細道を巴形ともえがたふさいで、悠々と遊んでいた、渦が巻くようである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてから、まず牡牛だけを去らせて、その後に牝牛の眼隠しを解きますと、そうしてから生れるこうしが、その後同居する牡牛の色合に似てしまうのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こうしはうまい。けれども、犢の味をふつうの牛の味と比較するのは無理である。犢と親牛の肉は、同じ牛の肉でも全く別な味である。言わば品質が違うのである。
猪の味 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
かけ屋佐平次の唯一の伴侶とも、利口者として飼主よりも名の高い、甚右衛門はこうしのような土佐犬であった。
検事の役目を承わった動的表現界の代表者、こうしの神は鼻息荒く立ち上って、劈頭へきとう左の如く論じ出しました。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それと見た一頭の黒い牝牛は尻毛を動かして、塩の方へちかづいて来る。眉間みけんと下腹と白くて、他はすべて茶褐色な一頭も耳を振つて近いた。もうと鳴いてこうしぶちも。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
血腸詰プウダンやら、河沙魚グウジョンの空揚げやら、胎貝ムウル大蒜にんにくの塩汁、豚の軟骨のゼラチン、こうしの脳味噌をでたやつ
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なかには弟子だちが焼いて呉れたこうしの肉が一杯詰つてゐるしするので、基督はこれ迄にない上機嫌で、親父おやぢの神様に代つて、姦通まをとこのほかは大抵の罪はかけ構ひなく
家畜の宰領をしているラファエレに、現在の頭数を聞いて見たら、乳牛三頭、こうしめすおす各一頭ずつ、馬八頭、(ここ迄は聞かなくても知っている。)豚が三十匹余り。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのあいだにも、こうしふとったのが殺され、森には猟師たちの喚声がひびき、くりやは山海の珍味でいっぱいになり、酒蔵からはライン酒やフェルネ酒がしこたま運びだされた。
トンカツにめぐり会わない日本人はようやくその代用品を見つけて、衣を着た肉の揚物あげものに対する執着しゅうちゃくたすだけで我慢しなければならぬ。それはこうしの肉のカツレツである。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
金銀の大皿に盛ったこうしあぶり肉や、香料を入れた鳥の蒸し焼き、紅鶴の舌や茸や橄欖の実の砂糖漬、蜂の子の蜜煮、焼き立ての真っ白な麺麭パンが所狭きまでに並べられていた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
さも渇してゐたかの如く、ちやうどこうしが親牛の乳をむさぼる時のやうな亂暴な恰好をしてごく/\と咽喉を鳴らして美味うまさうに飮むのだつた。見てゐた彼はねたましさに見震ひした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
よぼよぼのユダヤ人イサイチクが、石鹸一箇とその兎を交換しないかと言いながら、後からいて行く。黒いこうしが土間に見える。ドームナが肌着を縫いながら何やら泣いている。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「中央公論」の「巣父こうしみづかふ」は、遺憾ながら、戯曲としては未完成作品である。
これらの仲間の中にはなわの一はし牝牛めうしまたはこうしをつけていてゆくものもある。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
別になんでもないので、ところで、アトスでは、お聞き及びでしょうが、女性の訪問が禁制になっとるばかりか、どんな生物でもめすはならん、牝鶏でも、牝の七面鳥でも、牝のこうしでも……
こうしから取った血清を水に浸しておくとその中の塩分がだんだんに脱けて来る。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「ブロデツトオ」は卵のきみを入れたるうす肉羹汁スウプ、「チポレツタ」は葱、「フアジヲロ」は豆、「カステロ、デ、ロヲオ」は卵もて製したる菓子、「アニメルレ、ドオラテ」はこうしの臟腑の料理
クリスマスの仮面をつけてこうしや七面鳥の料理で葡萄酒の杯を挙げている青年男女の生活——そしてまた明るさにも暗さにも徹しえない自分のような人間——自分は酔いが廻ってくるにしたがって
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
するとある日女たちは、どこから洞穴ほらあなへつれて来たか、一頭の犬を飼うようになった。犬は全身まっ黒な、こうしほどもあるおすであった。彼等は、殊に大気都姫おおけつひめは、人間のようにこの犬を可愛がった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
よくこうしを食べさせられるにも、いい加減うんざりさせられる。じっさい瑞西スイツルでは、どの牛も、牛になるよほど以前に殺されてしまうのであろうと思われるほど、さかんに、無反省に、コウシの肉を出す。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
こうしはこはさうに建物を見ながら云ひました。
黒ぶだう (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そうなさったら、黄金のこうしが群をなして
とりこうしの聲さへも霞の中にきこえる。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
代表的なレコードは、今は市場にないが『ノルマ』の「山の彼方かなたは」(八一五八)、『ファウスト』の「黄金こがねこうし」などであったろう。
「それは三年ばかり、以前に、私が南洋から持って帰ったもので、今は馴れていますが非常な猛鳥で、怒ると犬やこうしぐらいはき殺します」
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その音は、こうしの啼くのを真似したら出来そうであるが、然し調子には規則正しい連続があり、私にはそれが明かに判った。
廊下の簾の蔭から鬼になっている順助が何と思ったのかこうしぐらいの嵩で自分も四つ足になりながらいきなり姿を現した。
夜の若葉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ヨナーの鯨、ソロモンの蟻、イシュメールの羊、アブラムのこうし、シェバ女王の驢、サレクの駱駝、モセスの牛、ベルキの郭公、マホメットの驢だ。