燕尾服えんびふく)” の例文
主人公の所謂いわゆる怪紳士は、つまりルパンなのだが、燕尾服えんびふくを着た学生みたいな男であった。それと刑事とがおきまりの活劇を演じるのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紺三郎なんかまるで立派な燕尾服えんびふくを着て水仙すゐせんの花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにそのとがったお口をいてゐるのです。
雪渡り (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
……(左手へ退場。同時に右手から、アルカージナ、燕尾服えんびふくに星章をつけたソーリン、それから荷作りに大童おおわらわのヤーコフが登場)
いま舞台の上に、赤星ジュリアの右側の方に、軽いタップダンスを踊っている燕尾服えんびふくの俳優は、まぎれもなく西一郎だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
猿は燕尾服えんびふくの尾を垂れた上、シルク・ハットを仰向あおむけにかぶっている。この綱や猿の後ろは深い暗のあるばかり。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、いつも皇子おうじは、くろのシルクハットをかぶり、燕尾服えんびふくておいでになります。そして片目かためなので、くろ眼鏡めがねをかけておいでになるということです。
赤い姫と黒い皇子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝から燕尾服えんびふくを着込んで夕方までしゃべり回り、例の「尻尾しっぽつき」を着て全く我慢のならないこの鳥、これこそこのフランスの最もフランス的な鳥である。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
出て見ろったって、燕尾服えんびふくも何も持って来やしないから駄目だめだよと断ると、是公が希知けちやつだなと云った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はるかに貴族感的で、どこかにシルクハットや燕尾服えんびふくを着たところの、儀礼正しき紳士道を聯想れんそうさせる。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
また燕尾服えんびふくを着たボーイなりが、すべて前の世紀の残りものであったのが、火事で焼けたこの機会に、一足飛びに現代式に変ってしまったのだというような気がした。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
黒い燕尾服えんびふくも、指揮馴れのしている倉平にはよく身につき、長いスカートを引いた、銀子の白いドレスも、背の高い可愛らしい銀子には、申し分のない映りようです。
やがて、燕尾服えんびふくを着た仁丹のひげのある太夫たゆうが、お客に彼女のあらましの来歴を告げて、それから、ケルリ、ケルリ、と檻に向って二声叫び、右手のむちを小粋こいきに振った。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
人気ひとけもない公園で燕尾服えんびふくと夜会服を着込んだ老人夫婦が静かにカドリイルを踊ると言うんですがね、どうです、わたし達も此の月の下でカドリイルを踊ってみませんか。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
一歩は高く一歩は低く、猿猴ましらのように肩で調子を取って歩む身体に、燕尾服えんびふくを着けてびっこを曳き曳き舞踏場の嵌木細工モザイクを踏む、社交界の笑われ者……ぶざまな道化の不具者!
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
近年制定せられた礼服なるものには、こういう晴衣はまったく認められていない。燕尾服えんびふくないしはかみしもという式作法は、最初から多数の参加断念者を予期していたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燕尾服えんびふくの口上が、土地の新聞社という処で、相当にあしらってくれる。これが通訳で。……早い処……切に志をべたんだ。けれども、笑ってばかりいて、てんで受付けません。
しかも燕尾服えんびふく着用で聴講料を払って入場した紳士しんし淑女しゅくじょ——一もくしても一ぺんの書生たる僕以上の人と見受けられ、加之しかのみならずこの時は僕の独り演説であったから、これらの聴衆を見ると
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
脂じみた燕尾服えんびふくを着ていやなにおいをさせる、にきびづらの無口で貧弱な腰弁と、それからもう一人、昔どこかの郵便本局に勤めていたが、いつの昔からかなんのためともわからず
○洋服の形は皆様御存ごぞんじの通り、背広、モオニングコート、フロックコート、燕尾服えんびふくの類なり。背広は不断着ふだんぎのものにて日本服の着流しに同じ。モオニングコートも儀式のものにはあらず。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
忽ちまばらな拍手が起った。その音に連れて、眼の前の靄がズ——ウと開いた。楽屋の入口から燕尾服えんびふくを着た日本人と、水色の礼服を着たカルロ・ナイン嬢が静々と歩み出して来るのが見えた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
会食の時間となれば賓客ひんかくは三々伍々幾多いくたの卓にって祝杯を挙げ二十余名の給仕人燕尾服えんびふくにて食卓の間を周旋しゅうせんす。名にし負う一年一度の夜会主客しゅかく陶然とうぜんとして歓声場裏に和気の洋々たる事春のごとし。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
息子は近頃随分親しくしているのですから、断ると感情を害しますからね。それに午餐といっても極近い親類や友達ともだちの外は呼んでないのだそうです。それで燕尾服えんびふくにも及ばないといって来た位です。
薄い明色ブロンドの頬髯を長くのばして、古さでぴかぴか光る燕尾服えんびふくを着て、音のしない靴に薔薇ばら形の飾りをつけていたが、この男が彼を三階に案内して、小ざっぱりと古風にしつらえた部屋へ導き入れた。
羽根がむらさきのような黒でおなかが白で、のどの所に赤い首巻くびまきをしておとう様のおめしになる燕尾服えんびふく後部うしろみたような、尾のあるすずめよりよほど大きな鳥が目まぐるしいほど活発に飛び回っています。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
燕尾服えんびふく
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
紺三郎なんかまるで立派な燕尾服えんびふくを着て水仙すいせんの花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにそのとがったお口をいているのです。
雪渡り (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかし当人の男ぶりは紋服たると燕尾服えんびふくたるとを問はず独立に美醜を論ぜらるべきである。「女と影」に対する世評は存外ぞんぐわいこの点に無頓着むとんぢやくだつたらしい。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして僕の前に立っているのは、燕尾服えんびふくを着た、頭のはげた、もみあげの長い、そして背の高いおじさんだった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
フィールスが燕尾服えんびふくすがたで、炭酸ゼルテル水を盆にのせて持って出る。客間にピーシチクとトロフィーモフ登場。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あめも、この黒塗くろぬりの馬車ばしゃけていきました。かぜも、くろのシルクハットをかぶって燕尾服えんびふく皇子おうじせた、この馬車ばしゃまぼろしはしっていきました。
赤い姫と黒い皇子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「本当にさ。園遊会に燕尾服えんびふくを着てくるなんて——洋行しないだってそのくらいな事はわかりそうなものだ」と相鎚あいづちを打っている。向うを見るとなるほど燕尾服がいる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
祖父は勿論、早朝から燕尾服えんびふくを着て姿を消したのである。家に残っているのは、祖母と母だけである。末弟は、自分の勉強室で、鉛筆をけずり直してばかりいた。泣きたくなって来た。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一等室のほうからも燕尾服えんびふくの連中がだんだんにやってくる。女も美しい軽羅けいらを着てベンチへ居並ぶ。デッキへはろうかなにかの粉がふりまかれる。楽隊も出て来てハッチの上に陣取った。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
カルルがうしろからそいつの燕尾服えんびふくをつかんで、窓から引きずりおろしました。
それは形のよい燕尾服えんびふくを着ていました。服装はまったくちがいます。しかし、あの顔は、おお、そっくりです。骨董屋のショーウィンドーをのぞいていた、あのろう人形と、そっくりなのです。
透明怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
燕尾服えんびふくもあれば厚い粗羅紗そらしゃを着た農夫もあり、じゅをかけた人もあれば、スラッとせた若い軍医もありました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
大学生雨谷あまたには、りっぱな燕尾服えんびふくをつけ、頭髪はとんぼの目玉のように光らせ、それから長い口ひげをぴんと上にはねさせ、あごには三角形のあごひげをはやして
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このとき、くろいシルクハットをかぶって、燕尾服えんびふく皇子おうじせた、くろ馬車ばしゃまぼろしが、ありありとおひめさまにえたのであります。おひめさまはぞっとなされました。
赤い姫と黒い皇子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
皆んなは燕尾服えんびふくを着て来ているのだからというと、イブセンは自分の行李こうりの中には燕尾服などは這入っていない、もし燕尾服を着なければならぬようなら御免蒙るという。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
借り物の燕尾服えんびふくを一着に及び、どうした加減かやたらにばくついてカラーからはみ出そうとするこちこちの白ネクタイをくっつけて、彼は真夜中のクラブの客間に坐り込み
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼はぼろぼろに破れて、ボタンもとれてしまった黒の燕尾服えんびふくを着ていた。
そこへ、燕尾服えんびふくの説明者が現われて、前口上まえこうじょうを述べる。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
奈何どうでもいわ……燕尾服えんびふくだらうが、軍服ぐんぷくだらうが、病院服びやうゐんふくだらうが、おなことだ。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
箪笥というのはもったいない、ペンキ塗の箱だね。上の引出に股引とカラとカフが這入はいっていて、下には燕尾服えんびふくが這入っている。あの燕尾服は安かったがまだ一度も着た事がない。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ですから、し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの嬰児も代議士を志願してフロックコートを着て政見を発表したり燕尾服えんびふくを着て交際したりしなければいけない
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「失礼でございますが、あなたさまが少年とはどう見ましても、うけとりかねます」とその老ボーイらしき燕尾服えんびふくの人物が言った。そして美しいクリーム色の壁にかかっている鏡の方へ手をかたむけた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
燕尾服えんびふくて、かね太鼓たいこをたたいてくるもの……。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
エヒミチは体裁きまりわるそうに病院服びょういんふくまえ掻合かきあわせて、さも囚人しゅうじんのようだとおもいながら、『どうでもいいわ……燕尾服えんびふくだろうが、軍服ぐんぷくだろうが、この病院服びょういんふくだろうが、おなじことだ。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「それはあの燕尾服えんびふくの男とその一統いっとうか、あるいは針目博士だ」
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小ヴォローヂャは燕尾服えんびふくに白のネクタイを結んで、正式に訪問の威儀を正して来ていた。ソフィヤ・リヴォヴナが客間に入って行くと、彼はその手に接吻をして、心から病気の見舞を述べた。