けぶ)” の例文
角海老かどゑびが時計の響きもそぞろ哀れのを伝へるやうに成れば、四季絶間なき日暮里につぽりの火の光りもあれが人を焼くけぶりかとうら悲しく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
出船はその島を廻つて隱れ、入船はその島の角に現れ、夕立はその島の方から雨脚あまあしを急がせ、落日はよくその島を金色こんじきけぶらせた。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
こゝにては光る心も地にてはけぶる、是故に思へ、天にれられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇—一〇二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其れで借金を片付けて行ってしまやア彼奴あいつなんともいえない、人を殺した事を知って居るから何ともいえやアしないから、けぶに巻かれてしまわア
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
浮かれながらも寒そうに固まって歩いている人たちのすそに這いまつわって、砂のけぶりが小さい渦のようにころげてゆくのが夜目にもほの白く見えた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
橋の上に立つて緑野の中へはて知らず白くけぶつてく下流を見渡した時、ヹルサイユきう運河キヤナルなどは児戯だと思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
打渡す深緑はこと/″\湿うるほひ、灰色の雲は低く向ひの山の半腹までかゝつて、夏の雨には似つかぬ、しよぼ/\とけぶるがごとき糠雨ぬかあめわびしさはたとへやうが無い。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そつと夜深よふけの小窓を明けて見ると、低くけぶりわたる空の其處此處に、ぽつり/\と浮いてゐる星は、形の恐しく大きいばかりで、にじんだ色のやうに光がない。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
河のあなたにけぶる柳の、果ては空とも野とも覚束おぼつかなき間よりづる悲しき調しらべと思えばなるべし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玄關げんくわんさき別室全體べつしつぜんたいめてゐるひろこれが六號室がうしつである。淺黄色あさぎいろのペンキぬりかべよごれて、天井てんじやうくすぶつてゐる。ふゆ暖爐だんろけぶつて炭氣たんきめられたものとえる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
とほるばかりのわかに身体を浸し温めて、しばらく清流の響に耳をなぶらせる其楽しさ。夕暮近い日の光は窓からさし入つて、けぶる風呂場の内を朦朧もうろうとして見せた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
鳶の者は受合旁故かた/″\ゆえ彼是かれこれ仕候内に、火勢強く左右より燃かかり候故、そりや釜のうちよといふやうな事にて釜へ入候處、釜は沸上わきあがり、けぶりは吹かけ、大釜故入るにはつばを足懸りに入候へ共
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
夕靄がけぶるように野末にたちめ、ものの輪廓が、ほの暗い、はるか遠方おちかたにあるように見えた。道ばたに三本立っている見あげるようなもみの木までが、まるで泣いてでもいるようにうるんで見えた。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
昼頃には八丁堀の与力よりき笹野新三郎も来ました。江戸中の顔の良い御用聞も、五人十人と集まって来て、夕方には、それが二三十人になり、打ち湿った様子で、ポッポとけぶる灰を掻かせております。
母はしきりにけぶる葉巻を灰に葬りつつ、少し乗り出して
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
角海老かどゑび時計とけいひゞききもそゞろあわれのつたへるやうにれば、四絶間たえまなき日暮里につぽりひかりもれがひとけぶりかとうらかなしく
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
我彼に、汝の右に近く寄りそひて臥し、冬の濡手ぬれてのごとくけぶるふたりの幸なき者は誰ぞや 九一—九三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
玄関げんかんさきはこの別室全体べっしつぜんたいめているひろ、これが六号室ごうしつである。浅黄色あさぎいろのペンキぬりかべよごれて、天井てんじょうくすぶっている。ふゆ暖炉だんろけぶって炭気たんきめられたものとえる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
赤色せきしょくなつめの実の赤色にしてけぶれるほのおの色(黒き赤)と銀色ぎんしょくの灰色(灰の赤)とに分たれ、緑には飲料茶の緑、蟹甲かいこうの緑、また玉葱たまねぎしんの緑(黄味きいろみある緑色)、はすの芽の緑(あかる黄味きいろみある緑)
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
灰色の水蒸気は低く集つて来て、僅かに離れたもりこずゑも遠く深くけぶるやうに見える。四人は後になり前になり、互に言葉を取交し乍ら歩いた。就中わけても、弁護士の快活な笑声は朝の空気に響き渡る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
春の夜の外気は恋人の呼吸のようにかんばしく温かですし、けぶったような朧月に照されて、夢見る如く眼下に展開した大都の景色など見ると、馴れては居ると言っても、さすがに悪い心持はしません。
如是我聞によぜがもん仏説阿弥陀経ぶつせつあみだけう、声は松風にくわして心のちりも吹払はるべき御寺様おんてらさま庫裏くりより生魚なまうをあぶるけぶなびきて、卵塔場らんたうば嬰子やや襁褓むつきほしたるなど、お宗旨によりてかまひなき事なれども
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
如是我聞によぜがもん佛説阿彌陀經ぶつせつあみだけうこゑ松風まつかぜくわしてこゝろのちりも吹拂ふきはらはるべき御寺樣おんてらさま庫裏くりより生魚なまうをあぶるけぶなびきて、卵塔塲らんたうば嬰兒やゝ襁褓むつきほしたるなど、お宗旨しうしによりてかまひなきことなれども
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)