瀕死ひんし)” の例文
何をどうしたのかつまびらかではないが、蛇毒をうけて瀕死ひんしのハルクは、ついに自らの手で、自分の太ももを切断することに成功したのだ。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
茶という物は、瀕死ひんしの病人に与えるか、よほどな貴人でなければのまないからだった。それほど高価でもあり貴重に思われていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その位だから活気ある舞台や興行振りは東京の劇壇では全く見ることが出来なかった、東京の劇壇は沈衰、瀕死ひんしの状態にいたのである
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕闇ゆうやみの迫っている崖端がけはなの道には、人の影さえ見えなかった。瀕死ひんしの負傷者を見守る信一郎は、ヒシ/\と、身に迫る物凄ものすご寂寥せきりょうを感じた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それは、「壮大なるものを生み出す戦闘、瀕死ひんしの世界に意義と目的と理想とをふたたび与える戦闘」への、召集の叫びであった。
しかしジャン・ヴァルジャンは、おそらくはもう死骸しがいになってるかも知れない瀕死ひんしのマリユスをにないながら、続けて前進した。
稲妻いなずまの如く迅速に飛んで来て魚容の翼をくわえ、さっと引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死ひんしの魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐かいがいしく介抱かいほうした。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし玄鶴に相談することは、——お芳に勿論未練のある瀕死ひんしの父に相談することは彼女には今になって見ても出来ない相談に違いなかった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、ハッと思う間に、瀕死ひんしのT氏の身体からだがヒョロヒョロと立上った。立上ってもまだ「クックックックッ」という変な声はやまなかった。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一人は酔い、一人は疲れてい、他の一人は瀕死ひんしの病人。油がひどく燃えた。女中は夕方になってから急に暇が出て帰された。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いっそう親切なのになると瀕死ひんしの人にいやがらせを言う。そうして病人は臨終の間ぎわまで隣人の親切を身にしみるまで味わわされるのである。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
がっしてはじめて一秘符となる古文書を、中央からやぶいて二片一番つがいとしたさえあるに、しかも、その両片の一字一語に老工瀕死ひんしの血滴が通い
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
瀕死ひんしの男は感謝してその手をにぎりしめたが、間もなく夢うつつの状態におちいり、花嫁のこと、婚約のこと、誓いの言葉を口走り、馬を命じて
もし部屋が明るかったら、山本の顔色は瀕死ひんしの大川にもまして、死人の色を呈していることが認められたろう。ごくりとつばをのんで山本が云った。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
と、その顏の表情は全く破壞はくわいされてゐた。瀕死ひんしの動物の顏を見るやうなグロテスクな蔭が全面に流れてゐた。——おきみは、氣が狂つたのである。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
外部の圧迫に細り細りながら、やがて瀕死ひんしの眼にとらえられたものは、このように静かな水の姿ではなかろうかと……。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
きのう山へくなり或半開の扉のかげからふと目を合わせてしまった瀕死ひんしの患者の無気味な眼つきに感ぜられたり
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それに修道院を出たときから、瀕死ひんしの長老を思うの念は一分間も、一秒間も、彼の念頭を去らなかったのである。
即ち極少量注射したら瀕死ひんしの病人が生き返るというようなものではなくて、実際は米かパンのようなもので、毎日べていて栄養のとれるものなのである。
科学と文化 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「『センチュリー』を買ってどうする?」と瀕死ひんしの病人が高価な辞書を買ってどうする気かと不思議でならんので、「それどころじゃあるまい、」というと
崇拝者ポトカ伯夫人がニースからけると、瀕死ひんしのショパンは、この同国人に何か歌ってくれと言った。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
瀕死ひんしの猫は、脚で、狂おしく虚空こくうを掻き、丸くちぢまるかと思うと、長々とり返り、しかも、声は立てない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
薄く、長く引いた眉の下に、くじらのような眼が小さく並んで、その中にヨボヨボの老人か、又は瀕死ひんしの病人みたような、青白い瞳が、力なくドンヨリと曇っていた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
卯平うへい患者くわんじやの一にんでさうしておしないへなやんでた。おしなはゝ懇切こんせつ介抱かいはうからかれすくはれた。かれはどうしても瀕死ひんし女房にようばうかたはら病躯びやうくはこぶことが出來できなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夫の寛治氏も瀕死ひんしの彼女の枕辺まくらべにあって、不面目と心のいたみに落涙をかくし得ず、わずかに訪問の客に
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
果して加州に着いた時は、殆ど瀕死ひんしの有様だった。しかし、兎に角どうにか頑張り通して生延びた彼は、翌年、ファニイの・前夫との離婚成立を待ってようやく結婚した。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その瞬間、誰かが扉の挿錠さしじょうをがちゃがちゃさせた。私は急いで誰でも外から入って来られないようにして、それからまたすぐその瀕死ひんしの敵手のところへとひき返した。
小生はかつて瀕死ひんしの境にあり肉体の煩悶困頓を免れざりしも右第二の工夫によりて精神の安静を得たりこれ小生の宗教的救済なりき知らず貴君の苦痛を救済し得るや否を
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
工藝も今や瀕死ひんしの状態にある。否、無数のものが横死をとげていると云ってよいであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
瀕死ひんしの病人は、死期が迫るにつれて、恢復の見込みを医師に頻繁ひんぱんにたずねるものである。そういう場合に老練な医師は患者を絶望させるようなことは決していわないものである。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
渡河瀕死ひんしの難、雪峰凍死の難、重荷おもに負戴ふたいの難、漠野ばくや独行の難、身疲しんぴ足疵そくしの難等の種々の苦艱くげんもすっぱりとこの霊水に洗い去られて清々として自分を忘れたような境涯に達したです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
が、たちまち、彼らの一人が銃丸に当って、恐ろしいうめき声をげた。つづいて、もう一人の方も草にたおれた。先にやられたほうは瀕死ひんしの重傷と見えて、唸り声がだんだん細ってゆく。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
イボタの虫だなんて云ふ訳の解らない売薬が何で瀕死ひんしの病人にくはずがあらう。幾ら母の云ひつけであらうと、そんなものを買ひに行つてゐる間にし姉が死んで了つたらどうしよう。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
予算の大削減にもわず、瀕死ひんしの状態にあった内閣の命脈を、一年ぐらい続けたから、閥族としては、彼に爵位を与える位のことは、んでもなかったさ、そこで、吾輩の復讐となったが
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こうして瀕死ひんしの病人を海へ、大波のうねっている海へ、連れだそうというのです。その海こそは、生きているあいだはこの男に食べ物をあたえ、いまは、死んでから後の安息を与えるのです。
僕には母を母として愛さなければならんはずです、しかし僕は母が僕の父を瀕死ひんしきわに捨て、僕を瀕死の父の病床に捨てて、密夫みっぷと走ったことを思うと、言うべからざる怨恨えんこんの情が起るのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それはむちのひと打ちのように、私の眼前にある瀕死ひんしの女のこころをいためた。
やがて消滅するであろうが、消滅の日を一日なりとものばしたいと念ずる。つまり我々は称名しながら瀕死ひんしの壁画と格闘しているようなものだ。保存とはかかる格闘を意味するのかもしれない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
奥さんはほら前にいった通り瀕死ひんしの病人でしょう、先生の事なんかお耳に入れるとどんな事になるか分からないので、お役人も考えていたらしいのですけれども、聞かなきゃならない事もあるし
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「松島さんが死んだというんですね? 瀕死ひんしの怪我人とか死骸しがいですと、夜中でない限り裏門から出ませんでな。門衛のほうの名簿ですと、松島さんは昨日限り退職されたことになっておりますがね」
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そこに片手のえた人がいた。パリサイ人の律法論では、安息日には病気といえども、瀕死ひんしの重病の場合以外は、これを癒すことを禁じていた。それが一種の労働になると解釈していたのであります。
(一二)瀕死ひんしのジャン・クリストフの最後の言葉。
俺自身があの瀕死ひんしの猫にほかならないのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
病少女はもはや瀕死ひんしの床に横わっていた。
勝ずば (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれども何か瀕死ひんしに傷いた小鳥の方でも
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
いずれも瀕死ひんしの大病人なのである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
小僧「……ことは無くて大有りです。あンさんは、昼間の五分の居睡りは、瀕死ひんしの病人をよみがえらせるということを御存知ですか。」
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
瀕死ひんしの境にいるのではないかとさえ見られるのですから、老尼にも一点、憐憫れんびんの心が起ってみると、恐怖心の大半が逃げました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
時刻は、正にとら下刻げこく(午前五時頃)だった。わずか四日半で着いたわけになる。二人は勿論、瀕死ひんしの病人に等しいものだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その荘厳なる瀕死ひんしの勇者のまわりにはある聖なる恐怖が勝利者らのうちにきざして、イギリスの砲兵は息をつきながら沈黙した。