清冽せいれつ)” の例文
男女の別は、男は多くあおぎふし、女は多くうつふしになりたるなり。旅店のうしろなる山に登りて見るに、処々に清泉あり、水清冽せいれつなり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
うらやましい、素晴すばらしく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽せいれつで豊かな水。なんとなく魅せられた感じであった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
朝凪あさなぎながら海近い空気の冷たさであったのか。こめかみがうずくような清冽せいれつなものに打たれ、立ちどまって深い呼吸をはきだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
すべての見せかけの情実から放たれることは、実に清冽せいれつなわざではないか。とはいへそれが、決して容易いわざだなどといふのではない。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして、その清冽せいれつに口をそそぎかけた時、かれは、意外な物を見つけだした。あわててうがいの水を吐いて、向うの草むらへ飛びついた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水の音がするので、ふと気のついた左膳は、小走りの足をとめて谷間へおりると、清冽せいれつなせせらぎにかわいた咽喉を湿うるおした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
前には母屋へつづく庭がひらけ、うしろはずっと松林だった、厨にはその松林を通して引いたかけいから、絶えず清冽せいれつな水がせんせんと溢れていた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
健造が、妻ということばを云うときその響は大層清冽せいれつでありました。無色透明で。智恵子さんのところへ行くそうです。
わたしが普蘭店ふらんてんで飲んだ噴き井戸の水などは清冽せいれつたまのごとく、日本にもこんな清水は少なかろうと思うくらいであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なんじに筧の水の幽韻ゆういんはない。雪氷をかした山川の清冽せいれつは無い。瀑布ばくふ咆哮ほうこうは無い。大河の溶々ようようは無い。大海の汪洋おうようは無い。儞は謙遜な農家の友である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それが雨のあとなどだと、店内の片すみへ川が侵入して来ていて、清冽せいれつ鏡川かがみがわの水がさざ波を立てて流れていた。
涼味数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
木場郷藤ノ尾の一軒家を救護班本部に借りる。まず一同は屋前の林をくぐり、渓流に下り立ち、岩に衣をかけて、激しく流れる清冽せいれつの水に身体を沈める。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
妻ノ耳ノ肉モ裏側カラ見ルトエト白クテ美シイ。アタリノ空気マデガ清冽せいれつとおッテイルヨウニ見エル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頭上の、蒼白あおじろい太陽から降り注ぐ、清冽せいれつな夜気の中で、渚の腐れの間から、一人の女が身をもたげてきた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
旧藩時代のさる名高い土木家が、北山の水を町にひくために開鑿かいさくした水路だそうだが、いつも探さ一二尺ほどの清冽せいれつな水が、かなりな速度で、白砂の上を走っている。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは羽衣のように軽くて、しかも白砂の上を浅くさらさら走り流れる小川のように清冽せいれつなものだ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
監視者の涙のように清冽せいれつでもある。特に文章がダイナミックで、天に飛ぶように躍動している。
ことに清冽せいれつ豊富なるヨルダン川の水源でありまして、たきありふちあり、急湍きゅうたんあり洞窟どうくつあり、大瀑のひびきによりて淵々呼びこたえ、波は波を乗り越えてゆく壮観を呈しました。
同時にこの忠臣のお守りをして、玄宗皇帝や楊貴妃の冥福を祈りつつ一生を終ろうという清冽せいれつ晶玉しょうぎょくの如き決心を固めた……と告白しているが、実は大馬力をかけたお惚気のろけだね
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
誠にその水の清冽せいれつなることは透き通るばかり、雪融ゆきどけの水の集まった清浄な池といってよい。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
人の世のうつし身の男子にふより先、をとめのかの女は清冽せいれつな河神の白刃はくじんにもどかしい此の身の性慾をきよさわやかにられてみたいあこがれをいつごろからか持ち始めて居た。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
中仙道と尾張路との岐れ路で、清冽せいれつなる玉泉をもって名のある、平和な美濃路の一要駅が、今夕、この流言によって、多少とも憂鬱の色に閉されていることを米友が認めました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
網棚あみだなの片隅に置いた骨壺が、絶えず彼の意識から離れなかった。荒涼とした夜汽車の旅だったが、混濁と疲労の底から、何か一すじ清冽せいれつなものが働きかけてくるような気持もした。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
清冽せいれつな流れを、黄昏のうすい光に散らしながら、水車がゆるい速度で廻っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
が、水は清冽せいれつで底の藻草もぐさや小石まで、いて見えるかと疑われるばかり、そして四周を緑濃い山々が取り囲んで、鳴き交う小鳥と空飛ぶ白雲のほかには、訪れるものもない幽邃ゆうすいさです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
それからまた何んといふこと無く川面かはづらを覗込むだ。流は橋架はしげたに激して素絹のまつはツたやうに泡立ツてゐる。其處にも日光が射して薄ツすりと金色こんじきの光がちらついてゐた。清冽せいれつな流であツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
彼が、その清冽せいれつな水を味わっている間は、清盛に対する怨みも、島にただ一人残された悲しみも、忘れ果てたようにすがすがしい気持だった。彼は、よみがえったような気持になって立ち上った。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
清冽せいれつきくするに堪えたる涙泉の前に立って、我輩は巻煙草をくゆらしながら得意にエジェリヤの昔譚むかしものがたりを同行の諸氏に語りつつ、時の移るを忘るるほどであったが、いざ帰ろうという時になって
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
一丈ばかりの滝の水はすこぶる清冽せいれつ、いざかかろうというところへ滝番にれられた一人の狂女、大暴れで滝つぼへ抱き込まれるその顔色の凄いこと、正気の我々ぞっとして逃げだす始末
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
苦熱の一夜を明かした後、足を清冽せいれつな水に洗われ、身体を夏の朝の微風になでられながら、その湖水のほとりに立っていたのだ。彼は飛び込んで泳ぎ出した。どこへ行くのかわからなかった。
庄吉は、欄干へ片手をのせて、その上へ顎を置いて、清冽せいれつな水を眺めながら
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
すなわち泉に蟻の落ちてもがいているということに水の清冽せいれつ、樹陰の近さ等を連想せしめて、むしろ涼しさに属する光景なのでありますが、この句はそれに頓着なく「暑さかな」としています。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
霧の深くたちこめたねっとりした空気を裂いて、時折りはらわたにしみいるような、小鳥の清冽せいれつな鳴き声が頭の上をよぎってゆく。妻はそのうぐいすという名をもうとっくに覚えたことを誇らしげに夫にささやく。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そこにはよどんだ水が流れの清冽せいれつさをしらないような、古さだけがあった。正直いちずな貧しい漁師の一家にとっては、それが円満具足えんまんぐそくのかぎりなのだろうかと、ひとりもどかしがる大石先生だった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
清冽せいれつきくすべき冷泉れいせんのある、そのうつくしき花園はなぞのることをました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
中身ばかりの清冽せいれつな生きものが
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
どこまで行っても清冽せいれつな浅瀬。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死をもって、貞操を守ったかの女の——“女の道”のかなしさに、人びとはまぶたをあつくし、その清冽せいれつさに、驚愕きょうがくしたのであった。
清冽せいれつな水と、苔の濃い緑と、葩のうす紅との色の調和も美しかったし、私はしばらくわれを忘れて見惚れていた。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女は清冽せいれつな湖水の底にでもいるように感じ、炭酸水を喫するような心持であたりの空気を胸一杯吸った。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
槍のかわりに草刈り鎌をふるい、ふりかぶるのは刀ではなくてまさかりであったり、銃をかつぐ肩には駄荷をのせていても、心はこの一挙手一投足に清冽せいれつな熱情をこめていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
清冽せいれつな空気が鼻腔びこうから頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
陽のおもてに雲がかかったのであろう、障子いっぱいに射していた日光がつうとかげると、清冽せいれつな岩間水に似たうそ寒さが部屋をこめて、お艶は身震いに肩をすぼめた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それでも清冽せいれつな水と白砂の感触は、学校での今日の不快な印象を洗い流すのに十分役に立った。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは、葉末の露に映った、自分の頭上に、見るも燦然さんぜんたる後光が照り輝いていて、またその光は、首から肩にかけた、一寸ばかりの空間を、んだ蒼白あおじろい、清冽せいれつな輝きで覆うているのだ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼は秋の朝の光の輝く、山国川の清冽せいれつな流れを右に見ながら、三口から仏坂の山道を越えて、昼近き頃樋田ひだの駅に着いた。淋しい駅で昼食のときにありついた後、再び山国谷やまくにだにに添うて南を指した。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふと、この街をめぐる、或る大きなものの構図が、このとき正三の眼に描かれて来だした。……清冽せいれつな河川をいくつか乗越え、電車が市外に出てからも、正三の眼は窓の外の風景に喰入くいいっていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
温泉宿からつづみたきへ登って行く途中に、清冽せいれつな泉がき出ている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
だが、加茂かもの堤に出ると、咸陽宮かんようきゅう唐画からえにでもありそうな柳樹やなぎの並木に、清冽せいれつな水がながめられて、ひやりと、顔へ、がみのような風があたる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大月の宿しゅくを出た街道は半里ほどすると爪先あがりに笹子峠ささごとうげへ一本道、右に清冽せいれつな流れをみながら行くこと三十町で初狩はつかり村へ入る、峠にかかる宿のことで茶店が三四軒
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)