水嵩みずかさ)” の例文
春は水嵩みずかさゆたかで、両岸に咲く一重桜の花の反映の薄べに色に淵はんでも、瀬々の白波しらなみはます/\えて、こまかい荒波を立てゝゐる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
翌日の新聞は、隅田川すみだがわの満潮と、川開の延期とを伝えた。水嵩みずかさが増して危いという記事は、折角せっかく翹望まちもうけた娘達をガッカリさせた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
村の人が駈けつけて見ると、昨夜来の雨で日高川の水嵩みずかさが急に増した。蛇籠じゃかごにひっかかった一つの体はまだ若い男でありました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いや、そう云う内にも水嵩みずかさますます高くなって、今ではとうとう両脛りょうはぎさえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふと下宿屋の庭先に置かれてあった「へご鉢」を見ますると、おりふしの雨で、そのへご鉢の水があふれんばかりの水嵩みずかさに増しておりました。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
若し水面より、低いとすると、満潮のめ、海水が侵入すれば、外の海面と平均するまでは、ドシドシ水嵩みずかさが増すに相違ない。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
水嵩みずかさは増して来るばかりだ、私にはそれがわかる、伊東一族を亡ぼした余勢で、濁流の力は強くなる、眼に見えるようだ」
「恐れ入ります。しかしこれだけ水嵩みずかさのある川が見る/\目の前で湧き上るのです。とても他所わきには類がないと言って誰でも不思議がります」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのときすでにそれは水嵩みずかさをはじめており、その水を浄めて今見るような色あいを帯び、地上における唯一のウォールデン池たること
四間の高さいっぱいに水をみなぎらせれば、城の石垣をひたして、なお二間の水嵩みずかさを、城廓のうちへ氾濫はんらんせしめることができるという計算になる。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今こうやって氷の上へぶちこまれている材木は、アムグーン川の氷がとけて水嵩みずかさがますと一緒に、河口までひとりでに押し出されるという寸法だ。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あっ、たいへんだ。どんどん水嵩みずかさが増しはじめた。耳がぴーと鳴っている。地下室の空気が強圧されているのだ。ケーソン病になるおそれがある」
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ヒタヒタと、やがてチョロチョロと……次第次第に水嵩みずかさを増して、やがて板切れは矢のように、流れ出しました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「君、そうこうしているうちに加茂の水嵩みずかさが増して来たぜ。いやあ大変だ。橋が落ちそうだ。おい橋が落ちるよ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その高低を体の中心を取りながら辿たどっていくと、水嵩みずかさの減った千歳川が、四間ほどの幅を眼まぐるしく流れていた。清逸はいつもの所に行って落葉をかきのけた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
水嵩みずかさの増した渓流けいりゅうのせせらぎ松籟しょうらいひび東風こちの訪れ野山のかすみ梅のかおり花の雲さまざまな景色へ人を誘い
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一夜のうちに水嵩みずかさの増した小ネヴァの流れや、ペトローフスキイ島や、湿った公園の小道や、ぬれた草や、ぬれた木立や、灌木かんぼくの茂みや、果てはあの例の茂みまで
どすぐろい雨雲が、甘藍キャベツの大葉を巻いたように冠ぶさって、その尖端が常念一帯の脈まで、包んで来ている、雪の峡流は碧い石や黄な石をひたして、水嵩みずかさも多くなって
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「なるほど、ね」義雄は冷かして受けながら、下の座敷の樣子が何か聽こえて來るかと耳を澄ますと、雨に水嵩みずかさの増した小流れの音がちよろ/\としてゐるばかりだ。
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
お話跡へ戻りまして、井生森又作は清水助右衞門の死骸を猿田船やえんだぶねに積み、明くれば十月三日市川口いちかわぐちへまいりますと、水嵩みずかさ増して音高く、どうどうっと水勢すいせい急でございます。
清かりし湯川の水も濁り、早川は褐色に変って、水嵩みずかさも常に幾倍して凄い勢いであった。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
池はこの頃の雨に水嵩みずかさをおびただしく増して、蓮の浮き葉は濁った泥の浪に沈んでいた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どうやら水嵩みずかさも大分増して、橋の中ほどを、蝦蟇がまのぞくように水が越すが、両岸のくいに結えつけてあるだけが便りで、渡ると、ぐらぐらした、が、まあ、あの人も無事に越した。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄の肩にひしとすがりついて次第に増して行く隧道トンネルの中の水嵩みずかさばかり気にしております。
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
すなわちその心に湧くところの泉が外部へ流れ出る口を見いだすことが出来ないで、ますます水嵩みずかさがいやまして、後にはみなぎりあふれて、その心の内部をそこなうことにもなるからである。
どの部屋もひっそりと寝静まった夜更よなかに、お増の耳は時々雨続きで水嵩みずかさの増した川の瀬音におどろかされた。電気の光のあかあかと照り渡った東京の家の二階の寝間の様などが、目に映って来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一首の意は、近くの痛足あなし川に水嵩みずかさが増して瀬の音が高く聞こえている。すると、向うの巻向まきむく由槻ゆつきたけに雲がいて盛に動いている、というので、二つの天然現象を「なべに」で結んでいる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「一ときにどのくらい水嵩みずかさがますのであろうの」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
谷間に隠れては、倍の水嵩みずかさになって出て来る。
少しづつ水嵩みずかさを増すその井戸の底に、何か一つの生々してゐてしかも落ちついた世界があるやうに、お涌には思はれた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
五月雨に水嵩みずかさの増している川を渡る場合に、人の背に負われて渡る、その自分を負うてくれる男は小兵であって、自分よりも背の小さい男である
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
白河はくがの流れ、襄江じょうこうの激水、いずれも雨がふると、谷々から落ちてくる水を加えて、もっと水嵩みずかさを増してまいります」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堤の日だまりや田のくろにちらちらと青みがさしはじめ、杭瀬川はとくとくと水嵩みずかさを増した、そしてある日、狂ったように東南の暖かい風が吹き荒れたあと
日本婦道記:春三たび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、その時の大水は僕の記憶に残っているのでは一番水嵩みずかさの高いものだった。江東橋界隈の人々の第三中学校へ避難したのもやはりこの大水のあった時である。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、領民たちになってみると、死活の瀬戸際だから黙っていられない、その鬱憤が積りつもって、大雨で水嵩みずかさが増して行くように緩慢に似て漸く強大である。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もっとも第一本は失敗だった。荒神風呂の水の涌くところを試みたのだが、水嵩みずかさが増す丈けで、湯は出て来なかった。第二本は僕が一番有望と思っていたところだった。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
川幅がひろかったが、谷が次第にせばまって、水嵩みずかさが多くなったので、左の岸の森へ入った、山桜がたった一本、交って、小さい花が白く咲いているのが、先刻の白花の石楠花とふたつ
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
水嵩みずかさはみるみるうちに増大して、水位すいい刻々こくこくあがって来た。床の四隅よすみから水は噴出ふきだすものと見え、その四隅のところは水柱が立って、白い泡の交った波がごぼんごぼんと鳴っていた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは今年はかつて誰も覚えがないほど水嵩みずかさがまし、乾いた高地を水びたしにするかもしれない。この今年が特別の年となり、すべてのジャコウネズミをおぼらしてしまうかもしれない。
門際のながれに臨むと、頃日このごろの雨で、用水が水嵩みずかさ増してあふるるばかり道へ波を打って、しかも濁らず、あおひるがえってりょうの躍るがごとく、しげりもとを流るるさえあるに、大空から賤機山しずはたやまの蔭がさすので
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おまけに前夜降雨があって、二の股川の水嵩みずかさがにわかにえ、丸木橋が落ちたりくずれかかったりしていて、激流げきりゅう逆捲さかまく岩の上を飛び飛びに、時には四つ這いに這わないと越えることが出来ない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
聞えるものは、雨の為に水嵩みずかさを増した、谷川の音ばかり。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少しずつ水嵩みずかさを増すその井戸の底に、何か一つの生々していてしかも落ちついた世界があるように、お涌には思われた。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いかにせん、このところ山岳地方の大雨に、日々水嵩みずかさを増し、これを堰止せきとめようにも、工事のすべもありません」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五月雨のため水嵩みずかさが増したと言って、沿岸の民家を警戒するために夜中に法螺貝ほらがいを吹き立てるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
空の色も鮮やかすぎるし、吹く風もあらあらしく思えた。隅田川の眠たげな水を見た眼には、五月雨さみだれ水嵩みずかさの増した信濃しなの川はおどろおどろしいとしかみえない。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし領民たちになってみると、死活の瀬戸際だから黙止してはいられない。その鬱憤が積りつもると、大雨で水嵩みずかさが増して行くように、緩慢に似てようやく強大である。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
渓流の水嵩みずかさが増したために山津浪やまつなみがありはしないかと村の人々が騒いでいるような朝のことで、雨の音よりもすさまじい流れの音が耳をろうするように聞え、時々川床の石と石とつかるたびに、どどん
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ほんに、鍋のふたは、あれしきの水嵩みずかさを、渡れぬことがあろうやと、午すぎ、広言を払って宿を立ったのに」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この句は五月雨の降る頃、そのために水嵩みずかさの増しておる大河を前に控えて家が唯二軒あるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)