)” の例文
今は大変に疲れている、併し、浴後のんびりした、甘い倦怠が快く全身をくすぐっている。さあ為事だ為事だ。(二五八八、一一、一)
ややんじたところへ多喜子が来たのも、小さい新しい一つの刺戟であるというらしいびやかな、とらえどころのない雰囲気である。
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
また、もうひとりのほうは、まなこほがらかに、眉濃く、背丈すぐれ、四肢びやかな大丈夫で、両名とも、孫策の前につくねんと立ち
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わからないながら、これはたしかに以前の異国のとは違って、陽気で、びやかなところが多い。そうして最後へ持っていって
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒木を売る大原女おはらめびやかな声までが春らしい心をそそった。江戸へ下る西国大名の行列が、毎日のように都の街々を過ぎた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
写生文家のかいたものには何となくゆとりがある。せまっておらん。屈托気くったくげが少ない。したがって読んでび暢びした気がする。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なぜなら、彼は生活の自由を知らず、世界への自分の関係がびのびしたひろがりであることを生きた意味として理解できないからである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
それらはたゞ、急がば廻れといふ風にどつかりと彼の中に腰を下し、緩漫なびやかな四囲の空気と調子を合せることを覚えこんだのである。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
こういう不便が多々ある代りに、むかしの温泉宿は病を養うに足るような、安らかなびやかな気分に富んでいた。
温泉雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もっと骨格をつければびて行くだろうとは考えていたので、それにはいくらか自身のレアレズムの畑へ引き込んでみるのも悪くはあるまいと思っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
尊攘の大義をぶることも難くはあるまい、今さら加州藩に嘆願哀訴するごときことはいかにも残念である、むしろ潔く決戦したいとの意見を述べたとか。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
爐の傍には起きたばかりの老婦達が、頭飾コワツフをしてんびりした樣子をしてぢつと坐つてゐた。少し明るくなるのを待ち兼ねて、彼女は祈祷をしに會堂へはいつた。
肉筆で見ますと、筆の調子は、あんなにまでびた、繊細な美しさをっているようにはありません。
四条大橋を渡って華やかな祇園の通りは、に歩いて居れば何時いつ通っても楽しいところである。
六日月 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
クラネクは引込んで往くじぶんの小供のようやおんなになりかけた青い服に包まれたまるっこい腰の肉の隆起に眼をけた。そこにはんびりしたローゼンのむすめの影があった。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかもびしている下肢を慎ましくひざで詰めて腰をかけ、少し低目に締めた厚板帯の帯上げの結び目から咽喉のどもとまで大輪の花のつぼみのような張ってはいるが、無垢むく
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一松斎も雪之丞も酒盃さかずきを傾け始めると、もう今までの道場での事件などには、何も触れなかった。言わば、浮世話うきよばなしと言ったような、極めてびやかな会話が、続くだけだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
罪に触れた者が捕縛を恐れて逃げ隠れしてるうちは、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られないが、いよいよ捕えられて獄中の人となってしまえば、気も安く心もびて
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その本尊の顔はしくもびやかなうちに鋭い近代女性を示している。
朝から熱心に心理を読んでいた私は、たまらなくんびりした心地になって、羽織を脱ぎ捨てて飛び出した。O市西郊の畷道あぜみち、測量師の一隊が赤、白の旗を立てて距離を測ってるのが妙に長閑のどかである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
んびりした気持になって櫓の周りに寝転びながら、皆して取止めもない浮世話に耽る。南日君は柱の一本に「八月二十日南日三人」と刻まれた文字を指して、先年の登山の確実なることを証明した。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
まことにんびりした、明神下の初夏の景色です。
夢のうちの歌の調しらべびらかに。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
らんを前に、一室のたくで、宋江は独りびやかに病後の心を養った。酒はよし、包丁ほうちょうもよし、うつわなども、さすが「天下有名楼」であった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男の子との自然でび暢びした交渉が行われれば晴れやかに放散される筈の感情が、周囲の事情によって我知らず偽善的に鬱屈して妙に同性愛的傾向をとるのであろう。
昨今の話題を (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
……こういう不遇な身の上にもかかわらず、みちは陽気でものにこだわらない性質だった。明るいびやかな気分をつくることがうまく、家の中に適当な笑い声を絶やさない。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
混沌として土気いろにも薄いびやかな光が大ように路面から反射し上げるようになりました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あんまり一間にたれこめて、御病人の看病ばかりなさっているからです、たまにはこっちへ出て来て、この剽軽者ひょうきんものの賢次の話相手になって御覧なさい、少しは気もびてきますよ」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人のぞろ/\行く梅園そのものより、此処の方がはるかにんびりとして居る。
(新字新仮名) / 岩本素白(著)
びのびと何物をも疑うことができる自由を自分がもっていることに驚嘆し
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
秋晴と云つて、此頃は東京のそら田舎いなかの様に深く見える。かう云ふそらしたきてゐると思ふ丈でもあたま明確はつきりする。其上そのうへ野へれば申し分はない。気がび/\してたましい大空おほそら程のおほきさになる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その後矢野はときどき寝汗ねあせをかく。学校へ出られないほど悪くはないけれど、どこかからだのうちにびないところのあるような気分がして物がおっくうに思われてならない。矢野は煩悶はんもんし出した。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何となく旅の私達まで氣もび/\として來た。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
水にそって歩くのはなんとなく心のびるものである。人のせわしがる黄昏たそがれを、用もなげな顔をして歩くのはなおさらいい。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明媚めいびという感じに打たれて、思わず気分に多少のびやかさを感じたのみならず、宿の自分たちの部屋が、ちょうど宮川にのぞんでいて、小さいながら行く水の面影に、人の世の情味をきく
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
びのびと、気が開けていくこころもちになるのである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
んびりした顔をならべた百姓たちは、ただ彼の叫びに、うろたえの眼と、怖々おどおどした挙動そぶりをすこし見せたばかりで、手をこまねいているのだった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯物社会ゆいぶつしゃかいでは通用しないことだといえばそれまでだが、三ヵ日だけでもちょっとこんな心境に身をばしてみるのも悪くない遊びではあるまいか。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南河内もここらまで入るとまったく山里の感で、世が戦国とは信じられぬほど、人の顔までがんびりみえる。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「弓もつるを懸けたままにしておいては、ゆるんでしまう。たまには、弦をはずして、びるのもよいことだ。——その代り、いざとなったら直ぐピンと張れよ」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、行宮のお湯殿には、朝からの湯けむりもびやかだった。なによりは、妃たちにすれば
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浜松の町端れを、至ってンびりと、相変らずな顔して歩いている彼のすがたが見出された。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父のかわりに、兄から脂をしぼられるのかと、実は、返辞にも気がびなかったのである。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「元より子どもらしい稚拙ちせつはあるが、稚拙のうちに、天真といおうか何というか……左様……剣でいうならば、おそろしく気にびのある筆だ。あれは、ものになるかもしれぬ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ンびりした田舎においでられたから、江戸、柳営りゅうえいなどの、事情に精通されないのもごもっともじゃが、政治にも、裏と表があり、法の適用にも、そこは、手加減、酌量しゃくりょうなどがあって
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の住む世良田せらたやかたは、さくら若葉のなかに、きょうもいたって森閑しんかんとしていたのみならず、その奥まったところからは、笛、つづみ、太鼓のなど、いともび暢びとながれていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五穀は豊饒ほうじょうだし、塩は増産されるし、風土はよし、物質ものにも、天然にも、余りめぐまれているので、おまえ達、町人初め、百姓も、藩士も、貧困を知らずに少しんびりしすぎておるよ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「庄七。気を休めろよ。気をんびりしていねえと、いつまで体はなおらねえぜ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怖ろしくんびりした男である。看板には「御たましい研所とぎどころ」と高言しているが、こんな男に武士の魂を研がせたら、とんだなまくがたなになってしまうのではあるまいか——一応案じられもする。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今朝、豊田を通ってゆく旅人が——豊田は何とんびりしておるわい。今にも、常陸勢や筑波勢が、こっちへ来るのも知らぬに——と、あきれ顔に、この辺を、笑って通ったとか申します」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)