悠然ゆうぜん)” の例文
しかし、持彦は悠然ゆうぜんとして水をあび、そしてみそぎの行いをすましたのである。それを見澄みすました上の官人は小気味宜こきみよげにわらっていった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
外部からしめた障子へ、手探りながら筆太に何かすらすらとしたため終わると、里好は女を促して悠然ゆうぜんとめっかち長屋をあとにした。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれが自分の卓越について、どの瞬間にも悠然ゆうぜんとして確信をもっていること——すくなくともこれは、かれの年齢からくる利得だった。
(今度は悠然ゆうぜんとしてきざはしくだる。人々は左右に開く)あらび、すさみ、濁り汚れ、ねじけ、曲れる、妬婦ねたみおんなめ、われは、先ず何処いずこのものじゃ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少し遅れて、大歓呼大拍手のうちに、悠然ゆうぜんと『ヘルキュレス』が現われて来た。いかにも大きな牛である。機関車ぐらいたしかにある。
胡麻塩羅紗ごましほらしやの地厚なる二重外套にじゆうまわしまとへる魁肥かいひの老紳士は悠然ゆうぜんとして入来いりきたりしが、内の光景ありさまを見るとひとしく胸悪き色はつとそのおもてでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私はモーニングに身をかため、悠然ゆうぜんと出て来た。左手を腰の上に、背を丸く曲げると、右手で入口のドアの鍵をカタリとねじって
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
モーニングを着て、山高帽をかぶって、顔には壁のように白粉を塗って、つけひげをした男が、プラカードを捧げて、悠然ゆうぜんと歩いていた。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
被告はそれをよく理解しかつ答うべきことを知ってるかのように、悠然ゆうぜんと頭を振った。彼は口を開き、裁判長の方を向き、そして言った。
僕の眼に広島上空にひらめくく光が見える。光はゆるゆると夢のように悠然ゆうぜんと伸びひろがる。あッと思うと光はさッと速度を増している。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
実はせんだって臥竜窟がりょうくつを訪問して主人を説服に及んで悠然ゆうぜんと立ち帰った哲学者と云うのが取も直さずこの八木独仙君であって
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あるいしょう観音ともいわれる。すべての飛鳥仏のごとく下ぶくれのゆったりした風貌ふうぼう茫漠ぼうばくとした表情のまま左手につぼをさげて悠然ゆうぜん直立している。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いいつけると、床几しょうぎを求め、彼は強いて、悠然ゆうぜんたる容態ようたいたもとうとした。自分の顔いろをうかがう衆臣の心理はいま微妙にうごきつつあるからだった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青大将はもたげた首を振り動かして、悠然ゆうぜんとあたりの藪のにおいをいだ。いたどりの根もとにすっと伸びて行った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
大きななまずが、金色の髭をはやして、淵の底のほうを悠然ゆうぜんと泳いでいきました。たいていみんなが見たのです。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な——一口に云えば、ショウウインドウの内部のような散歩道を、私は一緒になって、悠然ゆうぜん
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
が、出来るだけ悠然ゆうぜん北京官話ペキンかんわの返事をした。「我はこれ日本にっぽん三菱公司みつびしこうしの忍野半三郎」と答えたのである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見物席のそこらここらから笑い私語ささめく声が聞えたが、有繋さすがは紅葉である、少しも周章とっちらないで舞台へ来ると、グルリと後ろ向きになって悠然ゆうぜんとして紺足袋を脱いだ。
そうなれば、守衛には最早どうにも手がつかなかった。——伊藤が見ていると、須山はその人ごみの中をくそ落付きに落付いて、「悠然ゆうぜんと」降りて行ったそうである。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
もう一人は悠然ゆうぜんとしてズボンのかくしに手を入れ空を仰いで長嘯ちょうしょう漫歩しているふぜいである。空はまっさおに、ビルディングの壁面はあたたかい黄土色に輝いている。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……牛魔王一匹の香獐こうしょうと変じ悠然ゆうぜんとして草をくらいいたり。悟空ごくうこれを悟りとらに変じけ来たりて香獐を喰わんとす。牛魔王急に大豹だいひょうと化して虎を撃たんと飛びかかる。
願わくは、心源最も深き所より理性の霊気を開発して、その無限の風光、無限の快楽中に一身を処し、世海の狂風激浪の間に立ち、悠然ゆうぜんとして閑歳月を楽しまんことを。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ある夕べ、主膳は、このたのもしい旧友の頭を五つばかり揃えて、悠然ゆうぜんとしてうそぶきました
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なかなかおちついたもので,それから悠然ゆうぜんと、ダロク張りの煙管きせるへ煙草を詰め込み、二三ぷくというものは吸ッては吹き出し、吸ッては吹き出し、それからそろそろ立ち上ッて
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
と憎々しげにせせら笑って悠然ゆうぜんと引き上げ、朝昼晩、牛馬羊の生肉を食って力をつけ、顔は鬼の如く赤く大きく、路傍で遊んでいる子はそれを見て、きゃっと叫んで病気になり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
立派な大仏の形が悠然ゆうぜんと空中へ浮いているところは甚だ雄大……これが上塗うわぬりが出来たらさらに見直すであろうと、一層仕事を急いで、どうやら下地したじは出来ましたので、いよいよ
浮世絵はその錦絵にしきえなると絵本なるとを論ぜず共に著しき衰頽すいたいを示せり。時勢は最早もはや文政天保てんぽう以後の浮世絵師をして安永あんえい天明てんめい時代の如く悠然ゆうぜんとして制作に従事する事を許さざるに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「なりません。」と石井翁、一ぷくつけてスパリスパリと悠然ゆうぜんたるものである。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は日本全国を震駭しんがいさせつつある重大事件の巨魁きょかいが帝都の中央を悠然ゆうぜんとタクシーで疾駆しっくしてゆく後影を見送りながら、何とも名状しがたい気持ちを抱いて、ぼんやりその場に立ちつくしていた。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
しかし老人はビクともせず、悠然ゆうぜんと正面へ突っ立ったが、ししの皮の袖無しに、くず織りの山袴、一尺ばかりの脇差しを帯び、革足袋かわたび穿いた有様は、粗野ではあるが威厳あり、あなどり難く思われた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鼻の先でそいつをげ、口へもってきて、悠然ゆうぜんと噛みしめる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
かれは底力のある声量と悠然ゆうぜんたる態度でまずこういった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
安斉先生は悠然ゆうぜんとして学習室へもどって
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
筆をとどめて悠然ゆうぜんたることややひさし。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
と、越前守忠相、はいって来たお艶へは眼もくれずに、すでに悠然ゆうぜんと泰軒へ向きなおって、他意なくほほえんでいる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
吾輩の眼前に悠然ゆうぜんとあらわれた陰士の顔を見るとその顔が——平常ふだん神の製作についてその出来栄できばえをあるいは無能の結果ではあるまいかと疑っていたのに
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おかのほうでは穴山梅雪入道あなやまばいせつにゅうどう白旗しらはたみやのまえに床几しょうぎをすえ、四天王てんのうの面々を左右にしたがえて悠然ゆうぜんと見ていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
公爵は天井を仰ぎ、人々の顔を眺め、悠然ゆうぜんと、あちらこちら見廻していたが、やがて、窓越しに見える巴里珈琲店キャフェ・ド・パリの屋根にとまっている鳩を一羽、二羽……と数え始めた。
すでに五人を斬って捨てた島田虎之助は、またかの塀際へいぎわに飛び戻って悠然ゆうぜんたる平青眼の構え。
昨夜の悠然ゆうぜんたる態度に似ず、非常に落着かない。何事か云いだしかねている様子ようすだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なりに似合わず悠然ゆうぜん落着済おちつきすまして、いささ権高けんだかに見えるところは、土地の士族の子孫らしい。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くまにせんべいを買って口の中へ投げ込んでやる。口をいっぱいにあいて下へ落ちたせんべいのありうる可能性などは考えないで悠然ゆうぜんとして次のを待っている姿は罪のないものである。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もっとも山井博士の信用だけは危険にひんしたのに違いない。が、博士は悠然ゆうぜんと葉巻の煙を輪に吹きながら、巧みに信用を恢復かいふくした。それは医学を超越ちょうえつする自然の神秘を力説したのである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからかれこれ一時間も悠然ゆうぜんと腰を落付けて久しぶりで四方山よもやまの話をした。
この騒がしい場所の騒がしい時にかの男は悠然ゆうぜんと尺八を吹いていたのである。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そのなまずが、まったく、一メートルほどもある大きさで、おどろいたことには、ぴかぴか光る金のながい髭をうちふり、小さな目を光らし、いばりくさって悠然ゆうぜんと泳いでいったのです……。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
……青い平原の上にあわ立ち群がる山脈が見えてくるが、その峰を飛越えると、鏡のように静まった瀬戸内海だ。一機はその鏡面に散布する島々を点検しながら、悠然ゆうぜんと広島湾上を舞っている。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼は悠然ゆうぜんと腰から煙草入れを取り出し、そうして、その煙草入れに附属した巾著きんちゃくの中から、ホクチのはいっている小箱だの火打石だのを出し、カチカチやって煙管きせるに火をつけようとするのだが
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
据えられた床几に腰を下ろすと、まず悠然ゆうぜんと見廻した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これらの者を迎えて、扈従こじゅうの将星を左右にめぐらし、悠然ゆうぜん床几しょうぎっている光秀のすがたには、まさに新しき「天下人」たるの威風に欠けるものはなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)