従容しょうよう)” の例文
旧字:從容
なお、その親戚の一人からの手紙には、「助かる見込のない事を宣告された時の伯父は、実に従容しょうようとしていて、顔色一つ変えなかった」
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
オールへ水の引掛け方も従容しょうようと、室子の艇の、左舷の四分の一の辺へ、艇頭を定めると、ほとんど半メートルの差もなく漕ぎ連れて来る。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悠々ゆうゆうとか従容しょうようとか云う字はかくがあって意味のない言葉になってしまう。この点において今代きんだいの人は探偵的である。泥棒的である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大風の吹き去ったあとの枯野に端坐している心持で、従容しょうようとしてその一曲を弾じつづけている形は、見事というべきものです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そうだ。君たち少年だけで、大空へ脱れたまえ。わしと、博士とは、従容しょうようして、君たちを送るよ」怪老人も、僕等を促す。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
余輩よはいの村田翁の門下に教を請うや、翁従容しょうようとしてのたまわく、けいらの如き、石仏を麻縄にて縛りたる如き、究屈なる学問をなして、何の効かある。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
仰ぐと、高楼の一層、月あかるき処、こうき、琴を調べ、従容しょうようとして、独りめるかのような人影がある。まさに孔明その人にちがいない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後にいたりながら泰然自若たいぜんじじゃくとして落着きはらい、死を見ること帰するがごとく、従容しょうようとして船と共に沈めるもの数十名の多きに達したという。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は、従容しょうようとして席に復した。が、あまたたび額の汗をぬぐった。汗は氷のごとく冷たかろう、と私は思わず慄然りつぜんとした。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
軍法会議で死刑を宣告された彼女は、絞首台にのぼると、自分の手で自分の首に縄をまわして、従容しょうようとして死についた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
荘子いわく「儵魚じょうぎょいで遊びて従容しょうようたり。これ魚の楽しむなり。」と。その友彼に答えていわく「は魚にあらず。いずくんぞ魚の楽しきを知らん。」
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
見ずや、上野の老杉ろうさんは黙々として語らず訴へず、独りおのれの命数を知り従容しょうようとして枯死こしし行けり。無情の草木はるか有情ゆうじょうの人にまさるところなからずや。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は、その七日間に、獄中において、みんごと『法蔵論』という一巻の書物を書き上げました。そして、従容しょうようとして刑場の露と消えたということです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
敬刑せらるゝに臨みて、従容しょうようとして嘆じて曰く、変宗親そうしんに起り、略経画けいかく無し、敬死して余罪ありと。神色自若じじゃくたり。死して経宿けいしゅくして、おもてなお生けるがごとし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「彼は恐れず悲しまず、従容しょうようとして死んで行った。とにもかくにも凡人ではない。……では彼奴あいつは預言者か?」
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、二十八年二月、日本海軍が威海衛いかいえいを占領した時に、丁汝昌は従容しょうようと自殺してしまったのだ。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
雲のごとき智者と賢者と聖者と神人とを産み出した歴史のまっただ中に、従容しょうようとして動くことなきハムレットを仰ぐ時、人生の崇高と悲壮とは、深く胸にしみ渡るではないか。
二つの道 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして胡のいたへやれてきて、酒を飲みながら話した。その時主人は従容しょうようとして言った。
胡氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
対馬守は、待ちうけていた者に会うような、ゆとりのある態度で、従容しょうようと駕籠を降りた。——途端、目についたのは脱兎のごとくに迫って来る若侍の姿だった。それも十八九。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
おそらく従容しょうようとして、黙って死んだのが事実だと思う、火中にあって、心頭を滅却すれば火もまた涼し、などというのは泣き言にすぎない、けれども、その泣き言を云うところに
そうして、頭から静かに、玉鬘たまかずらを取りはずし、首から勾玉をとりはずすと、長羅の眼を閉じた顔を従容しょうようとして見詰めていた。すると、彼女の唇の両端から血がたらたらと流れて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と、『古老物語』にあるが、戦い敗れた後の重成の従容しょうようたる戦死の様が窺われる。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この騒ぎを余所よそに大杉は相変らず従容しょうようとして児供の乳母車を推して運動していた。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しか流石さすがたたき起して毛布ケットを奪い返えすまでに、自分も従容しょうようと寝てはいられないのである、石で風を抑えた戸帳とばり代りの蓆一枚が、くられもしないのに、自分の枕許まくらもとに、どこよりともなく
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
古今の大哲人ソクラテスが、毒杯を仰いで、従容しょうよう死に就かんとした時、多数の友人門弟らは、絶えずその側に侍して、師の臨終を悲しみながらも、またその人格の偉大なるに驚嘆していた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
従容しょうようとして俳論を闘わしたというが、この話を長江にも聞かせてやりたいな。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
船長は、日章旗を抱いて戦死する勇士のように、従容しょうようと海底に没して行った。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
山背大兄王は胆駒をで、従容しょうようとして斑鳩寺いかるがのてら(法隆寺)に入られる。やがて入鹿の軍勢が寺を包囲したとき、侍臣をして「吾が一身をば入鹿にたまふ」と告げられ、一族とともに自頸じけいされたのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そういう最悪の場合に立ちいたっても、従容しょうようとして帰するがごとく身を持さねばならぬ。彼らにとって、一たんの離別は永久のそれにも通じないわけではない。そうでないと誰が保証出来るものか。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ソクラテスが従容しょうようとして死に就いたのはそのためであったであろう。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
白耳義ベルギーの首府の看護婦学校長であった英国婦人エジス・カヴェル女史が去年独逸ドイツ軍のために捕えられて従容しょうようとして死刑にいたようなことは、母性中心説から見れば当然批難せらるべきことであろう。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
刑場に於ける彼女の気高い態度、そして従容しょうようたる死に就いては、スタエル夫人も麗筆を振ひ、また手近かな所では漱石の所謂いわゆる仄筆そくひつ」も振はれてゐる。だが事実は詩人の空想よりもつと残酷であつた。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
従容しょうようとは死ねないにしても、私は私らしい死に方をしよう。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
従容しょうようとして死んでいったというのである。
いかにも従容しょうようとして答えたに違いない。
けれど彼は従容しょうようとして答えた。
たすク可キ者ノ我国ニ欠損けっそんシテ而シテ未ダ備ハラザルヲ思ヒ此ニ漸ク一挙両得ノ法ヲもとメ敢テ退食たいしょくノ余暇ヲぬすンデ此書ヲ編次シすなわ書賈しょこヲシテ之レヲ刊行セシメ一ハ以テ刻下教育ノ須要ニ応ジ一ハ以テ日常生計ノ費ヲ補ヒテ身心ノ怡晏いあんヲ得従容しょうよう以テ公命ニ答ヘント欲ス而シテ余ヤト我宿志しゅくしヲ遂ゲレバ則チ足ル故ヲ
言い終るとまもなく、彼は従容しょうようとして死に就いた。宋江も呉用も、哀哭あいこくしてとりすがったが、魂魄こんぱく、ついに還らなかった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小野さんは心配の上にせる従容しょうようの紋付を、まだあつらえていない。二十世紀の人は皆この紋付もんつきを二三着ずつ用意すべしと先の哲学者が述べた事がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見ずや、上野の老杉ろうさんは黙々として語らず訴へず、ひとりおのれの命数を知り従容しょうようとして枯死こしし行けり。無情の草木はるか有情ゆうじょうの人にまさるところなからずや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこで、浜に泳ぎついたというよりは、波に任せて、そっと持って来て置いてもらった茂太郎は、極めて従容しょうようとして、砂浜の上にすっくと立ちました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
従容しょうようとして去る。庸の諸将あいかえりみておどろるも、天子の詔、朕をして叔父しゅくふを殺すの名を負わしむるなかれの語あるを以て、矢をはなつをあえてせず。このまた戦う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
(阿難、従容しょうようとして後手に縛られる模様をなす。その刹那、僧等の手に牽き合うた縄が断れ断れとなる。)
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その従容しょうよう自若じじゃくたる、まさにこれ哲人の心地しんち、観てここに到れば、吾人ごじんは松陰が多くの弱点と欠所とを有するにかかわらず、ただ愛すべく、敬すべく、慕うべく、仰ぐべく
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と口にて衣紋えもんを引合わせ、縛られたるまま合掌して、従容しょうようとして心中に観音の御名みなを念じける。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「よろしい、お手討ちなさるがよい」従容しょうようとして云ったものである。「拙者死んでも怨みござらぬ。既に天禀星あらわれた以上は、殿の今回の企て到底成就しませんからな」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鴨緑江おうりょくこう材のケードルや、暹羅シャム材の紫檀したんと競いながら、従容しょうようとして昇って来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼らは倒れると、倒れたままに、十字を切って従容しょうようと神の国へ急いだ。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
外から来た亡者はもとより口をかず、中にいた踏台もまた一言半句を言わないで、あちらを向いて従容しょうようとして踏台の役目を果してしまったのであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
信盛のぶもりはもう決死の気を眉にも見せていた。すぐにも、従容しょうようと死を受けとる覚悟でなければ、今の信長の顔を見て、これだけのことはいえないはずであった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)