彼処あそこ)” の例文
旧字:彼處
どのみち余計なことだけれど、お前さんを見かけたから、つい其処そこだし、彼処あそこうちの人だったら、ちょいと心づけてこうと思ってさ。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一階南側にならんでいる窓が恰も巨大な閘門こうもんのようにおびただしい濁流を奔出させているのであったが、あの小学校が彼処あそこに見えるとすると
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
れはこまった、今彼処あそこで飲むと彼奴等きゃつらが奥にいって何か饒舌しゃべるに違いない、邪魔な奴じゃと云う中に、長州せい松岡勇記まつおかゆうきと云う男がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
『このとほりは僕等がアカシヤ街と呼ぶのだ。彼処あそこに大きい煉瓦造りが見える。あれは五号館といふのだ。……奈何どうだ、気に入らないかね?』
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼処あそこに居るのが私です。然し、いゝえ。彼処に居る人は、矢つ張私のぬけがらに這入つた外の人です。昨晩までは、まだ私は私でした。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
「若旦那さま、幾ら捜しても西の旦那はみつかりましねえ、この帽子が底無し沼に浮いとりましたから、殊に依ると彼処あそこへ……」
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かの女は伊太利イタリアの旅で見た羅馬ローマの丘上のネロ皇帝宮殿の廃墟はいきょを思い出した。恐らく日本の廃園はいえんうまで彼処あそこに似たところは他には無かろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
魚屋大声を揚げてうそつきの牝犬め、わが夫は十年来離さず犬の皮のパッチを穿いているが、彼処あそこ肉荳蔲にくずくのように茶色だとののしったそうだ。
彼処あそこへ行くのは、ありやあ何だ——むゝ、教員か』と言つたやうな顔付をして、はなはだしい軽蔑けいべつの色をあらはして居るのもあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼処あそこへ避難所をこさいて置いて、ざといえば直ぐ逃げ出す用意はしていた。アナーキストでも地震の威力にはかなわない、」
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
まず覗き穴は、彼処あそこらしいといえるだろう。するとだよ、然らば黒焦げになる日中はどうするか。それは、深い穴を掘ってじっと潜っている。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「では、君は、夜半に格納庫を襲うてもらおう。わしは、同時刻に動力所を襲うて、彼処あそこを占拠してみせる。君は、格納庫に火を放つのじゃ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
この句は川狩を終えたら一杯やるつもりで、樽を預けて置いた、その宿は彼処あそこだといって指すような意味だから、昼の場合のように思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「なるほど、これはおえらい処へ。あっはっ、彼処あそこの後家さん綺麗でしたかい。ことにM君なぞは大もてでごわしたろう。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
彼処あそこに一人離れていらつしやる方が、富田さん! 政友会の少壮代議士として有名な方ですわ。みんなわたくしのお友達ですわ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
毎朝、止り木から飛び降りると、雄鶏は相手がやっぱり彼処あそこにいるかどうか眺めてみる——相手はやっぱりそこにいる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
多分二時を少し廻った時刻でしたが、すると彼処あそこに御存知の様に、何んとか言う情事いろごとほこらがあるんで、そいつを一寸おがんで行く気になったんです。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
フヽヽんな工合ぐあひだツて……あ彼処あそこ味噌漉みそこしげて何処どこかのやとをんなるね、あれよりはう少し色がくろくツて、ずんぐりしてえてくないよ。
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
佐渡さどの島は色々と古い言葉ののこっている土地であるが、彼処あそこにもまだコキバシまたはコイバシという名だけはあった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大森にある白木屋の尖塔を見上げて、或日散歩しながら彼処あそこに時計を篏め込むべきだと、平凡なことを彼はいった。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
どちらにしてもお徳が言った通り、彼処あそこへ竹の木戸を植木屋に作らしたのは策の得たるものでなかったと思った。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
……とにかく、どんな点から言つても、なんで君が彼処あそこに行くのをそんなに嫌がるのか、僕にやわからん。
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
「森の家へ行くことになつてゐるから——彼方あちらで皆なが待つてゐるから——彼処あそこで待つてゐる者だけが僕の友達であり、親類なんてには何の用もないから——」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
彼処あそこには、狼がおるじゃありませんか、あぶないですよ、今度往く時には、私が送ってあげましょう」
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その中隊は、ほとんど誰でもが、負傷しとりました。彼処あそこの土地の名は忘れましたが、随分激戦でした。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「いけ! 彼処あそこへ!」私の胸の中に、充ち/\てゐた憤懣が、突然反抗の声を挙げた。さうだ。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
けれども司教はそれに思いをせ、一群ひとむれの木立ちがその年老いた民約議会員のいる谷間を示しているあたりを時折ながめた。そして言った、「彼処あそこに一人ぽっちの魂がある。」
昨晩の宿直は、店員の中ではこの野口君と私と、其処そこに立っている五人と、都合七人でした。それから雑役の用務員さんのかた彼処あそこにいる三人を加え、全部で十人の宿直でした。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
一首の意は、あなたが今旅のやどりに仮小舎をお作りになっていらっしゃいますが、若し屋根葺く萱草かやが御不足なら、彼処あそこの小松の下の萱草をお刈りなさいませ、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼処あそこまで、行つて帰るだけだつて二時間はかゝります。私だつて用足しに行つて、無駄な時間なんぞ呑気につぶしてやしませんよ。頼まれたつて落ちついてなんかゐられやしません。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
「おっ、君でもよい、すぐ中隊をやって、今朝、市外へ糧食の徴発に行った輜重隊を援護してくれ給え。もう彼処あそこの土橋まで来ておるが、賊軍の偵察隊にはばまれて危機にひんしておる」
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何もセメントで固めてあるわけではないから、ブーラール君が、其の本なら此処ここにある、其の本なら彼処あそこにあると云いながら、例の杖で書物の山を突くと、山の嶺がゆらゆらと揺れる。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
「あら、言つたの言はないのつて、これだけしきあ無いんですよ! 彼処あそこには」
「私共は熊谷ほど悟り切れませんから、彼処あそことてもあゝ参りません。何うしても苦情らしくなります。何しろ女房に相談なしに頭を円めて出家しゅっけをするんですから、筋が無理でございますよ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
近頃の見物はなかなかやかましくなって、彼処あそこで富士が見えるはずはないと、いうような理窟をいい出されるから、時によると夜行の汽車で現場を見に行かなければならないような事も出来て来る。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
己の空費された過去は? 己はたまらなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂のいわに上り、空谷くうこくに向ってえる。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処あそこで月に向ってえた。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「ホラ、彼処あそこにちよつぴり青いものが見ゆるづら、」
木枯紀行 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
「貴女は今彼処あそこの店で買物をなさった様ですねえ」
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
彼処あそこにもまた、河が蚕食している……。」
「忘れよう! 彼処あそこへ行きやいゝんだ!」
でも彼処あそこにふるえながらたちのぼる
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
「あれっ、彼処あそこに一人死んでいる」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
だからリリーが晩飯の後でぶらつきに出かける習慣を、今も改めないでいるものとすれば、ひょっとしたら彼処あそこで会えるかも知れない。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
『どうも彼処あそこうちやかましくつて——』う答へて丑松は平気を装はうとした。争はれないもので、困つたといふ気色けしきはもう顔に表れたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼処あそこに一人離れていらっしゃる方が、富田さん! 政友会の少壮代議士として有名な方ですわ。みんな私のお友達ですわ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
秀子さん、そら、あの寄宿舎の談話室ね、彼処あそこの壁にペスタロツヂが小供を教へてゐる画がけてあつたでせう。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ケエツキル山は彼処あそこに聳えて、ホトソンの清い流は此処こゝに流れて、丘も谷も何時いつもの通です。リツプの心は千々に迷うて、何となく悲しく成つて来ました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
「わたしが彼処あそこへ行ってしまったら、既うそれきりになって帰って来ないような気がしますもの。もしうだったらお父さまはどう成さるおつもり——。」
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いいえ、こういうことになったのも、竹の木戸のお蔭で御座いますよ、ですから私は彼処あそこを開けさすのは泥棒の入口をこしらえるようなものだと申したので御座います。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
永「あゝ彼処あそこに墓場が有るから参詣人が有るで、墓参りのお方に見えぬように垣根してかこったので」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)