平素ふだん)” の例文
平素ふだん女房かないにいたぶられてゐる亭主は女房の不在るすに台所の隅で光つてゐる菜切庖丁なきりばうちやうや、葱の尻尾に触つてみるのが愉快で溜らぬものだ。
で、彼らは平素ふだんであったならもっともっと大騒ぎでもっともっと非難攻撃すべきこの重大の裏切り事件をも案外暢気のんきに見過ごした。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一体いったいこの人の平素ふだん住んでいるのは有名なブッシュというところで、此処ここには美術学校もあるし、この土地はこの人にって現われたので
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
平素ふだんめつたに思出したためしも無いやうなことが、しかも昨日きのふあつたことゝ言ふよりも今日あつたことのやうに、生々と浮んで来た。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今降りつゞく雨の日は深夜の如く沈み返つて木の葉一枚動かず、平素ふだんは朝から聞えるさま/″\な街の物音、物売りの声も全く杜絶えてゐる。
花より雨に (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
平素ふだん温和おとなしいい人のおこったのはひどいもので、物をも云わずがらりと戸を開けて中へ飛込み、片手に抜身ぬきみげて這入ると、未だ寝は致しません
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それからおみよが平素ふだんの行状などを少しばかり訊いて、半七はここを出た。しかし彼はまだに落ちなかった。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうして私の問いに任せて、岩形氏の平素ふだんの行状をぽかぽかと語り出したが、その概要を今までの調査の内容と綜合してみると結局こんな事になるのであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だとて我が今理屈を味方にするでもない、世間を味方にするでもない、汝が手腕の有りながら不幸ふしあはせで居るといふも知つて居る、汝が平素ふだん薄命ふしあはせを口へこそ出さね
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一つは古くて「平素ふだんのため」のであり、一つは新しくて特別の場合のためのであった。両方とも黒だった。
「自分は、多少の余財を作って等身大の馬をこしらえて招魂社にでも納めたい」というのが平素ふだんの願望で
その太夫さんは、やんごとなきお方のおとだね、何の仔細しさいがあってか、わたしはよく存じませねど、お身なりを平素ふだんよりはいっそう華美はでやかにお作りなされ、香をいて歌を
ところがお酒を飲まない平素ふだんは、たいへん話下手で、それに吃りました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
「御主人は平素ふだん巫山戯ふざけたことを好んでなさいましたか」
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
が、素性は争われず、それにそうでない平素ふだんの時でも、度外れたお喋舌しゃべりの彼だったので、まくし立てることまくし立てること!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平素ふだん神信心をしないばちだよ。いいえ、ばちだよ。幾ら助けたいにも、お前さんだと知つちや、助けられないぢやないか。」
今降りつゞく雨の日は深夜の如く沈み返つて木の葉一枚動かず、平素ふだんは朝から聞えるさま/″\な街の物音、物賣りの聲も全く杜絶えてゐる。
花より雨に (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
行徳ぎょうとく!」と呼ばって入って来て勝手口へ荷をおろす出入の魚屋の声も、井戸端でさかんに魚の水をかえる音も、平素ふだんまさって勇ましく聞えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だとて我が今理屈を味方にするでもない、世間を味方にするでもない、汝が手腕うでのありながら不幸せで居るというも知って居る、汝が平素ふだん薄命ふしあわせを口へこそ出さね
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
有難ありがたぞんじます、良人やど平素ふだん牛肉うしなどは三人前にんまへべましたくらゐで……。女「おや、おちなさいまし、早桶はやをけなかでミチ/\おといたしますよ。妻「したのでせう。 ...
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その夕方屋根裏のへやに帰りついて、マリユスは自分の服装をながめ、初めて自分のきたなさと不作法と「平素ふだんの」服装でリュクサンブールに散歩に行く非常な愚かさとを気づいた。
平素ふだんから淋しいところであるのに、この頃は物取りがあったり辻斬りがあったりして、宵のうちから人通りはないようなところなんですね、そこを島田先生が一人で、うたいをうたって
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と歌つたが、それは平素ふだん健かで、仕事にいそがしくしてゐたものが、たまに病にかかつて間を得たので、久し振にのんびりした気持になつて
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
平素ふだんから実は宗蔵とあまり言葉も交さなかった。唯——「一家の団欒だんらん、一家の団欒」この声が絶ず実の心の底に響いていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
信心深かそうな老夫婦が大地に平伏ひれふして拝んでいたので、陛下は平素ふだんの慣例を破られ、ご会釈されたということなどで
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今朝けさ平素ふだんよりもはげしくにほひわたる線香せんかうけむりかぜになびいて部屋へやなかまでながんでくるやうにもおもはれた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
その上揶揄は彼の平素ふだんのことであった。彼は好んで諧謔を弄した、とフルーリー・ド・シャブーロンは言っている。彼の性格の根本は快活な気分であった、とグールゴーは言っている。
が明けて百姓が通り掛って騒ぎ、名主へも届けたが、甚藏は平素ふだんにくまれもの、何うか死んで呉れゝばいゝと思っていた処、甚藏が絹川べりで鉄砲で撃殺うちころされているというのを村の人達が聞込んで
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ウマそうな味噌みそ汁の香をいだ。その朝は、よく可笑おかしな顔付をして姪達を笑わせる平素ふだんの叔父とは別の人のように成った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
フランクリンめ、平素ふだんから人間は正直でなくつちやならぬと言ひながら、寒いとついこんな嘘まで平気で言つてのけてゐる。
平素ふだんはそのような細々こまごましいことには、決して留意しない陸奥守ではあったが、恐怖らしいものにとらえられている今は、そんなことにさえ心が引かれ
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
巡査はわたくしの上着をはぎ取って所持品を改める段になると、平素ふだん夜行の際、不審尋問に遇う時の用心に、印鑑と印鑑証明書と戸籍抄本とが嚢中のうちゅうに入れてある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お隅は平素ふだんから一角は酒の上が悪く我儘わがまゝなのを知っております、また女が出るとやわらかになる事も存じているから、かえってう云う時は女の方がかろうと思って、あとの方からつか/\と進み出まして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多忙いそがしがっている人に似合わず、達雄はガッカリしたように坐って、た煙草をふかし始めた。何となく彼は平素ふだんのように沈着おちついていなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
博士は平素ふだん大学教授といふ名前を厭がつてゐたが、多くの大学教授のうちで、博士は京都大学の最も誇るべき人であつた。
藤田未亡人の家には六畳三畳二間ふたまつゞきの二階がある。久しい間死んだ主人の寝てゐた処であるが、その後は折々天気の好い時風を入れるだけで平素ふだんは明間になつてゐる。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
平素ふだんは家臣の面々と膝を交えて談笑し肘押しぐらいはするのであるが、一旦何事かある時には威厳忽ち四辺を払って堂々たる一城の城主の貫禄、いかなる勇士をも圧服する。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幸「平素ふだんは木綿でいなんてあれは少し変って居るね」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
舞台で人生を演活しいかすためには、平素ふだんからかうしたとらはれない情態が必要なのか、それとも舞台の心持が家庭生活にまで伝染うつつてゆくのだらうか。
朝が来て見ると、平素ふだんはそれほど気もつかずにいた書斎の内のよごれがひどく岸本の眼についた。彼は長く労作の場所とした二階の部屋を歩いて見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あのドン・ダンチョンという方で、決して平素ふだんは人様などと争う方ではございません」
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君江は平素ふだんから頼んである表の肴屋さかなやに電話をかけ、間貸しのおばさんを呼出して様子をきくと、昨夜お友達の女給さんが見えて、先生はその女と一緒にお出かけになったきりだという返事である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある日、秋濤はいつものやうににほひのいゝ葉巻シガーくはへて教室に入つて来たが、平素ふだんにない生真面目な調子で、皆の顔を見た。
た岸本は箪笥の前に立って見た。平素ふだんは節子任せにしてある抽筐から彼女の自由にも成らないものを取出して見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
頭髪かみを香油で撫でつけるやら、ハンカチへ香水をしめすやら、そしてむやみにソワソワして腕時計ばかり気にしている。正気の沙汰じゃなかったね……平素ふだんの日ならそれでもいいさ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
胴の締り工合ぐあひといひ、ふつくりとした肉つきといひ、平素ふだんあまりこんなものを見馴れない喜平の素人眼にも、何だかはくがありさうに見えました。
小壺狩 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
其日、丑松は学校から帰ると直に蓮華寺を出て、平素ふだんの勇気を回復とりかへす積りで、何処へ行くといふ目的めあても無しに歩いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ふっくりとした唇にも、平素ふだんは愛嬌があるらしい。今はしっかりと結ばれている。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
往つてみると、伯耆にも色々山はあつたが、二人が平素ふだんき馴れてゐるやうな珍らしい山は一つも無かつた、二人は落胆がつかりして今一つの方へ出掛けた。
そして、家を持った年にはこういうことが有った、三年目はああいうことが有った、と平素ふだん忘れていたようなことを心の底の方で私語ささやいて聞かせた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)