平生ふだん)” の例文
愛子は縁側から静かにこっちを振り向いて平生ふだんと少しも変わらない態度で、柔順に無表情に縁板の上にちょっとひざをついて挨拶した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仰付おほせつけられけるにぞ徳太郎君をも江戸見物えどけんぶつの爲に同道どうだうなし麹町なる上屋敷かみやしき住着すみつけたり徳太郎君は役儀もなければ平生ふだんひまに任せ草履取ざうりとり一人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
千代子は途切とぎれ途切れの言葉で、先刻さっき自分が夕飯ゆうめしの世話をしていた時の、平生ふだんと異ならない元気な様子を、何遍もくり返して聞かした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は平生ふだん口やかましい女房の顔を見るのも苦しかったが、それよりも苦しいのは三日の後に差し迫っている年貢の期限であった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は後藤氏の言葉を聞いている中に、なるほどさすが馬専門の人で、動物を平生ふだんからいじりつけているだけに、なかなか詳しい。
平生ふだんよりは夜が更けていたんだから、早速おつとめ衣裳いしょうを脱いでちゃんとして、こりゃ女のたしなみだ、姉さんなんぞも遣るだろうじゃないか。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして話をしているのはまったく叔父で、それに応答うけこたえをしているのは平生ふだん叔父の手下になっては挊ぐ甲助こうすけという村の者だった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平生ふだんだと立ち上るだけでも大変なのですが、それでも生命いのちがけの女の気もちになって舞台に出てみますと、不思議なくらい楽に動けますので
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
顔を洗つて髪を結つた時、女中のマリイがパンとシヨコラアを運んで来た。まだ八時前で、平生ふだんよりも一時間ほど朝の食事には早いのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかしそれを若いお内儀さんのお婿として看る時にはお菊の眼も又違って、平生ふだんから若いお内儀さんの不運をお気の毒だと思わないでもなかった。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そういえば、これは、今はじめてそれと気がついたことで、平生ふだんの真喜にはこんなところは露ほども感じられなかつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
平生ふだん隊中の者につて居たさうです……僕は阪本氏の為めなら何時でも一命を捨てるつてネ……果して龍馬が斬られて同志が新撰組へ復讎に行つた時
娘たちも平生ふだんとは見違えるように奇麗に着飾って何かにつけてはれがましく仰山な声を上げる。若い衆子供はそれぞれそろいの浴衣で威勢よく馳け廻る。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
平生ふだんから少し慾の深い伊作は、赤児を包んでいる美しいきれを解いて見ました。すると、赤児の腹のところに、三角にくけた胴巻どうまきが巻きつけてありました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
坂の中段もとに平生ふだん並んで居る左右二頭の唐獅子からじしは何処へかかつぎ去られ、其あとには中々馬鹿にはならぬ舞台花道が出来て居る。桟敷さじきも左右にかいてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
渠がその翌朝の十時頃に目をさますと、平生ふだんの通り飯の支度は出來てゐた。が、二人は無言で食事を終つた。
ひとつには平生ふだんからおつぎにたいする勘次かんじ態度たいどつて其處そこに一しゆ恐怖きようふかんじてたからでもあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三人の子供はこわがって、遠巻にして、平生ふだんに似もやらぬ父親の赤く酔った顔を不思議そうに見ていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ところが平生ふだんは、割合に片づいているので、いつ何時お客があっても、少しもあわてずにすむのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
平生ふだん友達と話してる間でさへ、どれほど私の壽命が縮まつてるか、お母さんには分らないんですか。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
気がへんになったといえば一番それが手ッとり早いもんだから……都合もそのほうがいゝもんだから、平生ふだん若宮君をよく思わない奴なぞみんなそう決めていやァがる。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
脱いだ袴を畳んで、桃色メリンスの袴下はかましたを、同じ地の、大きく菊模様を染めた腹合せの平生ふだん帯に換へると、智恵子は窓の前の机に坐つて、襟を正して新約全書バイブルを開いた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
平生ふだんなれば大広間、たまりの間、雁の間、柳の間なんて、大小名の居る処で中々やかましいのが、丸で無住のお寺を見たようになって、ゴロ/″\箕坐あぐらかいて、怒鳴る者もあれば
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私がおめえさんに平生ふだんお世話に成って居りますから、娘を殺して金を取るような人でねえ事は知って居りますが、宜うがすか、おめえさんとし私が中が悪くって、忌々いめえましい奴だ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その平生ふだんは、どうかするとひどく子供っぽく澄んで見える瞳に愁しげな影がさしていた。
或る母の話 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
平生ふだんはそれを出して遊ばうとはしませんが、玩具おもちや棚の一番下にある黒い箱がそれです。女の友達の来て居る時に刺繍ぬひこしらへて遣つたり、人形を作つたりしてやることがあるのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
君覚えているだろう? 平生ふだんは、人間や洋車ヤンチャや馬車が雑沓しているところだ。三階、四階の青や朱で彩色した高楼が並んでいる。それが今はすっかり扉を閉め切って猫の仔一匹いない。
防備隊 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
平生ふだんならば、銀座通りはまだ宵のうちだ。全日本の流行のすいをそぐった男女の群が、まるで自分の邸内でも歩いているように、屈託のない足どりでプロムナードを楽しんでいる時刻だ。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
チッバ マーキューシオー、足下おぬし平生ふだんあのロミオと調子てうしあはせて……
私は平生ふだん痲痺していた速力の感じが、そのとき急に鋭くなりました。
そればかりでなく、平生ふだんから鋭い機智を以て聞えて居るSは
たちあな姫 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
寝室は平生ふだんトルストイが、書斎にめてゐる一室だつた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平生ふだんですら、そうなら病気の時はなおさらだ。病気の時に友達が世話をするのは、誰から云ったっておかしくはないはずだ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平生ふだんから無口なのがイヨイヨ意気地が無くなって盃を逃げ逃げ後退あとしざりをして行くうちに、部屋の隅の押入の半分いたふすまの前に横倒しになって
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
良人をつとは云つて、ピガルの広場から地下電車に乗ることにした。人が込むだらうからと云つて一等の切符を買つたが、車は平生ふだんよりも乗客のりてすくなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
平生ふだんからの処へ、今度煩い附きまして、もう二月三月、十日ばかり前から、また大変に悩みますので、医者と申しましても、三里も参らねばなりませぬ。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平生ふだん着馴きなれた振袖ふりそでから、まげも島田に由井ヶ浜、女に化けて美人局つつもたせ……。ねえ坊ちゃん。梅之助が一番でしょう」
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
平生ふだんよりもまた近しくなった処、眼鏡屋の妻君のいうには、私の宅でも柳橋の古川さんに掛かっておりますが、どうも、さらにげんが見えません処を見ると
「お前さん此頃このごろは何だかふさいでばかり居るね。平生ふだんから陽気な人でも、矢張やっぱり苦労があると見えるんだね。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今日は此方のお神楽かぐらで、平生ふだんは真白な鳥のふんだらけの鎮守の宮も真黒まっくろになる程人が寄って、安小間物屋、駄菓子屋、鮨屋すしや、おでん屋、水菓子屋などの店が立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
平生ふだんなら、あそこだつて、何でもないんですけども……。今日は女の方には少し無理でした——」
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
平生ふだん、私どもが読誦している『心経』には、『般若波羅蜜多心経』の上に、「摩訶まか」の二字があったり、さらにまた、その上に「仏説」という字があるということです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
枕許に心細く籠洋燈かごランプが消え残っていた。——自棄やけで、その晩、何としてもうちへ帰れないまゝ、平生ふだん贔負ひいきにしてくれる浅草の待合へころがりこんでしまった奴である……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
妹が一かどの鑑賞家のつもりで、兄の繪について批評めいた口を利いたり、流行の藝術的用語など使つて生意氣な議論を喋々てふてふするのを、齒のきしむほど平生ふだん厭がつてゐたのだつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その又左衛門は平生ふだん眼が悪くて勤めに不自由をするところからむすめのおいわに婿養子をして隠居したいと思っていると、そのお岩は疱瘡ほうそうかかって顔は皮がけて渋紙を張ったようになり
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『よく見ませうよ、平生ふだんに見ようと思つたつて見られやしないのですから。』
御門主 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
其の中で藤本ふじもとと云う鰻屋で料理を致すうちが有ります。六斎が引けますると、茂之助は何日いつ其家そこへ往って泊りますが、一体贅沢者で、田舎の肴は喰えないなどと云う事を平生ふだん申して居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私は直ぐ腹の中でフフンと云ふ氣になつたが、可成なるべく平生ふだんの快活をよそうて
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ママ本さんは平生ふだんきたない風をして居つて顔付も恐ろしい様な人だつたが、此間は顔も奇麗に肥え大変立派になつて入らつしやつた、吃度きつと死花が咲いたのでせう、間もなく没くなられたと云ひました
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
なお平生ふだんの虚勢を捨てないのだった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)