小春こはる)” の例文
静かにさす午後の日に白くひかって小虫こむしが飛ぶ。蜘糸くものいの断片が日光の道を見せてひらめく。甲州の山は小春こはるそらにうっとりとかすんで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
裂けばけぶ蜜柑みかんの味はしらず、色こそ暖かい。小春こはるの色は黄である。点々とたまつづる杉の葉影に、ゆたかなる南海の風は通う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小春こはる日和ひよりをよろこび法華経寺へお参りした人たちが柳橋を目あてに、右手に近く見える村の方へと帰って行くのであろう。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
近松ちかまつの書きました女性の中でおたねにおさい小春こはるとおさんなどは女が読んでもうなずかれますが、貞女とか忠義に凝った女などは人形のように思われます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
吃驚びっくりしただろ、あの、別嬪べっぴんに。……それだよ、それが小春こはるさんだ。この土地の芸妓げいしゃでね、それだで、雑貨店の若旦那を、治兵衛坊主と言うだてば。」
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊予国いよのくにの銅山は諸国の悪者の集まる所だと聞いて、一行は銅山を二日捜した。それから西条に二日、小春こはる今治いまばりに二日いて、松山から道後の温泉に出た。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あるある島田には間があれど小春こはる尤物ゆうぶつ介添えは大吉だいきちばば呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸おどらせもしも伽羅きゃらの香の間から扇を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
昨日きのう今日きょうも秋の日はよく晴れて、げに小春こはるの天気、仕事するにも、散策を試みるにも、また書を読むにも申し分ない気候である。ウォーズウォルスのいわゆる
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
僕は小春こはる治兵衛ぢへゑを見てゐるうちに今更のやうに近松を考へ出した。近松は写実主義者西鶴に対し、理想主義者の名を博してゐる。僕は近松の人生観を知らない。
なつでもおしゅんでも小春こはるでも梅川うめがわでもいい訳であるが、お染という名が一番可憐かれんらしくあどけなく聞える。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恋飛脚こいびきゃく梅川うめがわにしろ、河庄かわしょう小春こはるにしろ、月夜の風邪をひいた女は、他人ひとの都合はお構いなしで、みんな自分だけの世間のように、勝手な気持ちになるものだって
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時は丁度ちょうど十月下旬で少々寒かったが小春こはるの時節、一日も川止かわどめなど云う災難にわずとどこおりなく江戸に着て、木挽町こびきちょう汐留しおどめの奥平屋敷に行た所が、鉄砲洲てっぽうずに中屋敷がある
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
いやだよ、大概たいがいこゑでも知れさうなもんだアね、小春こはるだよ。梅「え……小春姐こはるねえさんで、成程なるほど……うつくしいもんですなア。小春「いやだよ、大概たいがいにおし。梅「へゝゝおはつにおかゝりました。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
或日、そら長閑のどかに晴れ渡り、ころもを返す風寒からず、秋蝉のつばさあたゝ小春こはるの空に、瀧口そゞろに心浮かれ、常には行かぬかつら鳥羽とばわたり巡錫して、嵯峨とは都を隔てて南北みなみきた深草ふかくさほとりに來にける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
人形の小春こはるもむせびいる。
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
私はそれぎり暗そうなこの雲の影を忘れてしまった。ゆくりなくまたそれを思い出させられたのは、小春こはるの尽きるにのないる晩の事であった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
既に、草刈り、しば刈りの女なら知らぬこと、髪、化粧けわいし、色香いろかかたちづくった町の女が、御堂みどう、拝殿とも言わず、このきざはし端近はしぢかく、小春こはる日南ひなたでもある事か。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二番目は菊五郎の「紙治かみじ」これは丸本まるほんの「紙治」を舞台に演ずるやう河竹新七かわたけしんしちのその時あらた書卸かきおろせしものにて一幕目ひとまくめ小春こはるかみすきのにて伊十郎いじゅうろう一中節いっちゅうぶしの小春を
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そう言えば今年の秋も、もういつか小春こはるになってしまった。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうち秋が小春こはるになった。三重吉はたびたび来る。よく女の話などをして帰って行く。文鳥と籠の講釈は全く出ない。硝子戸ガラスどすかして五尺の縁側えんがわには日が好く当る。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……朝餉あさげますと、立處たちどころとこ取直とりなほして、勿體もつたいない小春こはるのお天氣てんきに、みづ二階にかいまでかゞやかす日當ひあたりのまぶしさに、硝子戸がらすど障子しやうじをしめて、長々なが/\掻卷かいまきした、これ安湯治客やすたうぢきやく得意とくいところ
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小春こはる治兵衛じへえの情事を語るに最も適したものは大阪の浄瑠璃である。浦里時次郎うらざとときじろうの艶事を伝うるにもっとも適したものは江戸の浄瑠璃である。マスカニの歌劇はかならず伊太利亜イタリア語を以て為されなければなるまい。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
冬のきである。小春こはると云えば名前を聞いてさえ熟柿じゅくしのようないい心持になる。ことに今年ことしはいつになく暖かなので袷羽織あわせばおり綿入わたいれ一枚のちさえ軽々かろがろとした快い感じを添える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小春こはるうららかな話がある。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小春こはる
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)