ぐう)” の例文
僕は早速あすこへ行って見た。そして、訳なく中村ぐうと表札の出た小さな門のある家を発見した。中へ入って聾の婆さんにも逢った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
想ふに新石町しんこくちやうの菓子商で眞志屋五郎作と云つてゐた此人は、壽阿彌號を受けた後に、去つて日輪寺其阿のもとぐうしたのではあるまいか。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
大通りから北に三丁ほど入ったこじんまりとした平家建てに、女文字で「大村ぐう」と書いた小さな標札がかけられてありました。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
敬の著すところ、卓氏たくし遺書五十巻、予いまだ目をぐうせずといえども、管仲かんちゅう魏徴ぎちょうの事を以てふうせられしの人、其の書必ずきあらん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だから馬鹿と云うのは、自分と同じく気の毒な人と云う意味で、馬鹿のうちに少しぐらいは同情の意をぐうしたつもりである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔宮古島川満かわまむらに、天仁屋大司あめにやおおつかさといふ天の神女、むらの東隅なる宮森に来りぐうし、つい目利真按司めりまあんじに嫁して三女一男を生む。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大蔵大臣邸にぐうす 何事もとんとん拍子のよい都合に行って、お金は出来るし衣食住は大蔵大臣からすっかり下さると言う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
燃ゆるがごとき憤嫉ふんしつを胸にたたみつつわがぐうに帰りしそのより僅々きんきん五日を経て、千々岩ちぢわは突然参謀本部よりして第一師団の某連隊付きに移されつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼の十二、三歳の頃、かつて萩城下、林某の宅にぐうし、藩学明倫館に通学す。彼の寓室は階上にり、家たまたま火を失す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
清岡ぐうと門の柱に表札が打付けてあるが、それも雨に汚れてあきらかには読み得ない。小説家清岡進の老父あきらの隠宅である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
不良のともがらも、其生命をぐうするに適した強い拍子に値うて、胸を張っていたのだ。其程感に堪えた万葉風の過ぎ去るのは、返す返すも惜しまれる。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
これはお師家しけさんが何か深甚の意味をぐうするために、手真似を以て公案を示しているのだと解する者もありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「はてな、」机にりかかった胸を正しく、読んでた雨月物語から目を放して、座の一方を見たのは、谷中瑞林寺ずいりんじの一間にぐうする、学士神月梓である。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新海竹太郎氏は当時後藤氏の宅にぐうしていたので、後藤さんがれて来る。私の方からも弟子たちを引っ張って行くという風で、なかなか大仕事であった。
如何いかんと言ふにその間に昨年の大震大災あり、我がぐうまたその禍を免るあたはず、為に材料一切を挙げて烏有うゆうに帰せしめたる事実あればなり。当夜我僅に携へ得たる所のかばん一個あり。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
〔評〕長兵京師にやぶる。木戸公は岡部氏につてわざはいまぬかるゝことを得たり。のち丹波におもむき、姓名せいめいへ、博徒ばくとまじり、酒客しゆかくまじはり、以て時勢をうかゞへり。南洲は浪華なにはの某樓にぐうす。
の如く表面には蓮華草、水車、または蚊遣を詠みたるのみなれど、各裏面に教訓の意をぐうするが如し。譬喩には多少の理窟あれども、趣味を主としたる譬喩は全く殺風景なる者に非ず。
俳句の初歩 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
のちまた数旬をて、先生予を箱根はこねともな霊泉れいせんよくしてやまいを養わしめんとの事にて、すなわち先生一家いっか子女しじょと共に老妻ろうさい諸共もろとも湯本ゆもと福住ふくずみぐうすることおよそ三旬、先生にばいして或は古墳こふん旧刹きゅうさつさぐ
猿楽の狂言および俗間の茶番狂言なるもの体裁ていさいさらにし。今一歩を進め、猥雑わいざつに流れず時情にへだたらず、滑稽の中に諷刺をぐうし、時弊を譏諫きかんすることなどあらば、世の益となることまた少なからず。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
一首の一番大切な感慨をそれにぐうせしめたところが旨いのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
Strindbergストリンドベルク は伯爵家の令嬢が父の部屋附の家来に身を任せる処を書いて、平民主義の貴族主義に打ち勝つ意をぐうした。
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかも突然いずれへかぐうを移して、役所に行けばこの両三日職務上他行したりとかにて、さらに面会を得ざれば、ぜひなくこなたへ推参したる次第なりという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
廷珸は杭州に逃げたところ、当時潞王ろおうが杭州にぐうしておられた。廷珸は潞王の承奉兪啓雲しょうほうゆけいうんという者に遇って、贋鼎を出して示して、これが唐氏旧蔵の大名物と誇耀こようした。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一人だれかが云った。その語調には妙に咏嘆えいたんの意がぐうしてあった。自分はあまり突然のように感じた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
供養万出、以テソノ力ヲ尽スモ参価ナホ償フコトあたハズ。先生かたわ方技ほうぎニ通ズ。ここニオイテ卒然トシテ医ニぐうス。尾公ノ愛姫病メリ。先生ヲシテセシムルニ一劑ニシテユ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「拙者か——拙者はもとより新撰組、だが目下は、都合があって御陵衛士隊にぐうしている」
彼は実にこの三人の一人たる入江杉蔵に向って脱走を勧め、佳賊となるべしとまで勧めたりしに非ずや、彼はかつて久坂に序を贈りて、鄭延平の挙を慕うの意をぐうしたるに非ずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ここに三画伯の扮装いでたちを記したのをて、衒奇げんき、表異、いささかたりとも軽佻けいちょう諷刺ふうしの意をぐうしたりとせらるる読者は、あの、紫の顱巻はちまきで、一つ印籠何とかの助六の気障きざさ加減は論外として
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天之を生みて、天之をころす、一に天にまかさんのみ、吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり、躯殼くかくは則ち天をおさむるの室なり。精氣せいきの物と爲るや、天此の室にぐうす。遊魂いうこんへんを爲すや、天此の室をはなる。
夢のようだというのは、今日の羅馬人ローマじんが羅馬の古都を思うような深刻な心持をいうのではない。寄席よせの見物人が手品師の技術を見るのと同じような軽い賛称の意をぐうするに過ぎない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
所謂いわゆる二種の小説とは、余裕のある小説と、余裕のない小説である。ただ是丈これだけではほとんど要領を得ない。のみならず言句にまつわると褒貶ほうへんの意をぐうしてあるかの様にも聞える。かたがた説明の要がある。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この年また藤村義苗ふじむらよしたねさんが浜松から来て渋江氏にぐうした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
打込んだ門の柱には□□ぐうとした表札まだそのままに新しく節板ふしいたの合せ目に胡麻竹ごまだけ打ち並べた潜門くぐりもんの戸は妾宅しょうたくの常とていつものように外から内の見えぬようにぴったり閉められてあった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
したがって褒貶ほうへんの私意をぐうしては自家撞着じかどうちゃくの窮地におちいります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)