ねえ)” の例文
「いえ、……お恥しいわけですが、ちょっと、事情わけがあって、この春から柳ばしのおこんねえさんの家に、仕込みに預けてありますんで」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おやおろくさんのねえさんお帰んなさい、いま三沢さんの旦那のおふるまいでこのとおりなんですよ、さあ姐さんも早くあがって」
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
縄暖簾の中を透かして見ると、やっぱり私の思った通り、お母さんが後向きになって手拭てぬぐいねえさんかぶりにしてへっついの傍にしゃがんでいる。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
美しいねえさんに船を漕いで貰う、お酌もして貰う、両天秤を掛けるところを、肴は骨までしゃぶッて、瓢箪は一滴をとどめずは情け無い。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「先生。大変な騒ぎで御座ります。奥山おくやまねえさんが朝腹あさっぱらお客を引込もうとした処を隠密おんみつ見付みつかりお縄を頂戴ちょうだいいたしたので御座ります。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「久男さんはおねえちやんと並んで食べるんだと仰るから、くみちやんも一緒にこゝでお食べなさいよ。一々こゝまで運ばせて大変ね。」
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
一世お鯉——それはかつらさんのお鯉さんと呼ばれた。二世お鯉——それもねえさんの果報に負けず西園寺さいおんじさんのお鯉さんと呼ばれた。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「この騒ぎの中を取りに返るのぢや、何か大事の物を忘れたんですね。何です、その忘れ物は? え、ねえさん。——お富さん。」
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「こんな下等なとこやよつて、重亭や入船のやうに行きまへんが、お口に合ひまへんやろけど、まアあがつとくなはれ……なアねえはん。」
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
「おやおや唯今ただいま内の人におことづけをなさいました、蝶吉ねえさんに酌をして欲しいと仰有いますのは、ちょいとお前さんかい。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
歴史には名は出ていなくても、隣家となりの大将、裏のねえさん、お向うのあんちゃんには、神のように、父のように慕われ、うやまわれたんです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ねえさんはこう言ってました 芸は売っても 身は売らぬ あたしはオヒゲのお客に言いました 身は売っても 芸は売りません
死の淵より (新字新仮名) / 高見順(著)
いのがあつたら二つばかりかついツて、ねえさんが小遣こづけえれやしたから、何卒どうぞわつし丁度ちやうどさそうな世辞せじがあつたらうつておんなせえな。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
芳町よしちょうねえさんとこどうだろう。この間もあの子どうしたかって聞いていたから、もっとも金嵩かねかさが少し上がるから、どうかとは思うがね。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「まあ、良かった、早く知れて、俺がまごまごしてると、はたの者が、よけいなことを云いだすから、ねえさんに気のどく……」
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「辰五郎兄哥あにいを助けるつもりで働いて下さるのは有難いが、何だかこう、朝から晩までお常のところへ入り浸っていると、ねえさんが可哀想で」
『お目にかかったことはございません。何しろ、あの方はお八重ねえさん時分ですから……。姉だと、きっと知っているかも知れませんけども……』
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
手を叩いて女中を呼び、「おいねえさん、銚子ちょうしの代りを……熱く頼むよ。それから間鴨あいをもう二人前、雑物ぞうもつを交ぜてね」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
ねえさんがそう言うのだから偽物でもあるまいが、熊の胆はもう前の宿しゅくで買わされたのでな。」と、義助は言った。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
永い間の交際つきあいでその道の恐るべき嬌態コケットリーもすっかり上手になっていて、悪行ではねえさんたちと肩を並べようという激しい野心に燃えているのなど、また
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ヤット本音を吐きやがった。……オイねえさん。この船を密輸入目当ての海賊船たあ思わなかったかい。それよりもこの王さんの顔をモウ見忘れたのかい。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新橋の老妓らうぎ桃太郎がその往時むかし雛妓おしやくとして初めて座敷へ突き出された時、所謂ねえさんなる者から、仮にもをんなの忘るまじき三箇条の心得を説き聞かされた。
「奥さんにお願いしますわ。今度また、ぜひんでね。そして、そのときは屹度きっとうちのねえさんもぜひ聘んでね」
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
冬子ねえさんの所へ行ってまだ帰らないのがまた不平で堪らなくなってくる。そうしてその底から和歌子のことがこみ上げてくる。彼は苦しくて堪らなかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
それが姉さんへのお礼のしかたかい? 聞いたろうね、エルネスチイヌ? 旦那は、気むずかしくっていらっしゃるから、床屋のねえさんに苦情をおっしゃるよ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
でもねえさんが可哀さうだから勘辨してお遣りつて言ふから、勘辨してやつたの。⦅赤坂のお酌梅龍が去年箱根塔の澤の鈴木で大水に會つた時の話をするのである。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
「おいねえさん! 勿体ねえことをするんじゃねえや。犬よりも人間の方がよっぽど腹が空いてるんだ。」
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
『黒トカゲ』のおねえさんは、ちゃんと蒸汽船まで用意しているのさ。驚いたでしょう。でも、あたしにだって、こんな船の一艘ぐらい自由にする資力はあるのよ。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつも酒で顔を赤くほてらしていたが、酒のがきれると「ねえさんすまないがちょっと見ていてくんな」
ねえさん、わし出世して三段目になっても、二段目になっても、幕へはいろうが、三役になろうが、横綱を張るまでは、いかなことがあっても駒形茂兵衛で押通します。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「なにを云うのかと思っていたら、ねえさんも、案外心理学者ね。だけど、私の気持おんなじよ。たとい、お金を貰ったにしろ、この稼業は当分続けてゆこうと思うの」
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ねえさんここの電話も切れてるのかね」と云って、答えも待たずに風呂場に近い電話口まで行った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あれ、兜町の方でいらッしゃいましたか。あちらの方は、よくねえさん方が大騒ぎを成さいます」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「おねえさん、僕、なんにも欲しゅうはないけど、芝居をに、つれて行ってくれんかなあ……?」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
でも内のねえさんが、それはそれは大騒ぎをやるんでせう。未決へ行くと、毛布がいるの紙がいるのつてね。明日あしたは内へ帰らない覚悟で出なけりやつて、今朝からお不動様を
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
わたしア湯呑みをひっくりかえしてしまったよ……。お給仕されることには慣れているけれど、することには慣れていないんだねえ。……ねえさんあんたから上げておくれよ」
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
葭簀よしず張りの掛茶屋が二、三軒、花暖簾に甘酒の屋台、いずれも長い筒の遠眼鏡を備えて、眼鏡を御覧なさい、お休みなすっていらっしゃい、と赤前垂のねえさんが客を呼ぶ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
第二としては、仇っぽいねえさんや、その尻を追い廻す連中が、虫唾の走るほどいやなんだ。ことに後者をもってしかりとする! 第三の要点としては、真実と誠意と廉潔とを
もうヤトナ達の中でも古顔になった。組合でも出来るなら、さしずめ幹事というところで、年上の朋輩からも蝶子ねえさんと言われたが、まさか得意になってはいられなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
頭に手拭をねえさんかぶりしている、小脇に目籠めかごを抱えている、そうして道庵先生の方がきちんとした旅姿なのに、少女はちょっと草履ぞうりをつっかけただけの平常着ふだんぎであることが
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ねえちゃんの力じゃ押し落されるぜ。さあ代ったり代ったり。俺が扉口の栓になったる。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
この近所きんじょ揚弓場ようきゅうばねえさんなららねえこと、かりにもおまえさん、江戸えどばん評判ひょうばんのあるおせんでげすぜ。いくら若旦那わかだんな御威勢ごいせいでも、こればッかりは、そう易々やすやすたァいきますまいて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ねえさん、わしはどっかでお前さんを見たように思うが——」と切りだしてみた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
あちらのねえさんのおいいやすには、お母はん、なんもそないに心配することはない、そんなこというて、あんたはんに甘えるんやさかい、構わんとおきやすいうてくりゃはりましたけど
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ねえさん品川へはどう行きますか、といふ問に、品川ですか、品川はこのさきを左へ曲つてまた右に曲つて……其処まで私がお伴致しませう、といひながら、提灯を持つて先に駈け出した。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「ふん。」小倉はそれに乗らず小女に「ねえや、おい、わたしには蟹をくれ。」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「ううん、判った判った、お家もよかろう。女房も伸ちゃんもよかろう。が、さてだね——人生はそんなびくびくしたもンじゃないよ。ええ? 活発に歩かンけりゃいかん。ねえねえさんや……」
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
荷風は『歓楽』の中で、「其の土地では一口にねえさんで通るかと思ふ年頃の渋いつくりの女」に出逢であって、その女が十年前に自分と死のうと約束した小菊こぎくという芸者であったことを述べている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
されば菓子屋、植木屋、吹屋、射的場の前には、今一客を止めず。吹屋のねえさんは吃驚びつくりした半身を店から出せば、筆屋の老翁おやぢは二三歩往來へ進み出て、共に引き行く人浪の趾を見送る事、少時焉しばしたり。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「今晩は、有難う存じます。ねえさん、今晩は、有難う存じます」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)