奥床おくゆか)” の例文
旧字:奧床
過ぎ行く舟の奥床おくゆかしくも垂込たれこめた簾の内をば窺見うかがいみようと首をのばしたが、かの屋根船は早くも遠く川下の方へと流れて行ってしまった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白日はくじつに照された景色よりも月光に照されてぼんやりしている景色の方が、何とのう、神秘的な、怪奇的な奥床おくゆかしい気分をそそると同じように
歴史的探偵小説の興味 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
家柄のある家に生れたので眉目秀麗びもくしゅうれいで、如何いかにも貴公子然としており、立居振舞も鷹揚で、また品がよく奥床おくゆかしかったから
句のしも畢竟ひっきょう、作者の心にあるのであります。作者の心が奥床おくゆかしい心であれば自然に奥床しく映じ、奥床しく諷詠するようになります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
羅門のさばきは、いつも奥床おくゆかしかった。得手勝手な東儀与力とは、その実力はもちろん、人格においても、雲泥うんでいの差である。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「純日本式の、手入れの届いたかわやには必ず一種特有な、上品な匂いがする、それが云うに云われない奥床おくゆかしさを覚えさせる」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
始めて汽車の中で出逢であつた時からして、何となく人格の奥床おくゆかしい細君とは思つたが、さて打解けて話して見ると、別に御世辞が有るでも無く
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「それは僕も賛成だ、そんな物欲しそうな事は言わん方が奥床おくゆかしくて好い」と主人はいつになく直ちに迷亭に加担する。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先生の方では「なかなか奥床おくゆかしい方だ」なぞ云って母を賞めていましたけれども、母の方は奥床しいどころでなく真剣に嫌がっていたようでした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うせこの頃の人はみんなペンを使いますから、筆を持たせると形がつきません。お互っこですけれど、字の特別に巧いのは何となく奥床おくゆかしいものです」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
能登守がまたそれに相手にならず、つとめて避けている態度を、奥床おくゆかしいとも歯痒はがゆいとも見ている人もありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
住太夫はお園の胆気たんきと、語り口の奥床おくゆかしいのに打込んで、これこそ我が相続をさせる者が見つかったとよろこんだ。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「立派な造作こしらえ、中身も恐らく名有る刀匠の鍛えであろう——何から何まで奥床おくゆかしい心憎い住居の様子ではある」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十八番の右は海を隔てて向ふに富士を望む処で別に趣向といふでもないが、ただこの一巻の最終の画であるだけに、この平凡な景色が何となく奥床おくゆかしく見える。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その頃でもった料理屋などは菊座の燭台、ろうそくの火で飯を食い、手堅い商店では鉄網のかかった大行灯で客扱い、時代後れがかえって奥床おくゆかしい気もしたものだ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
地味が品質の検校を受けてしばしば上品の列に加わるのは、さびた心の奥床おくゆかしさによるのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
他人から御馳走になるには少しでも高価なものを望むのが人情なのに、安い方を望むとは何という恬淡てんたん奥床おくゆかしい人柄でしょう。まったく当代まれに見る見上げた税務吏員です。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そこには氏の人格の奥床おくゆかしささえ窺われて、確信のそのまま溢れたような飾り気のない文章は氏の内面の生活の素朴を思わせ、人をしてすずろに尊敬の念を起こさせるのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私は一日も早く大原さんと貴嬢あなた奥床おくゆかしい御夫婦におなりなすってお二人揃って世中を感化なさる処を拝見したいと思いますよ。オホホ何ですって、そんな事は望まれないって。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
飯のつけようも効々かいがいしい女房にょうぼうぶり、しかも何となく奥床おくゆかしい、上品な、高家こうけの風がある。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代のさびがついて出来てるのだった。それは古雅で奥床おくゆかしく、町の古い過去の歴史と、住民の長い記憶を物語っていた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き日蓮上人の意気は、壮なることは壮であるが、煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる親鸞上人の胸懐はまた何となく奥床おくゆかしいではないか。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
ここにもわずかばかりだが胡瓜きゅうりの畑を作ってあるのが彼には奥床おくゆかしかった。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
姿にしても其通そのとほりだ、奈何いかにもキチンとしまツて、福袢じゆはんえりでもおびでも、または着物きものすそでもひツたり體にくツついてゐるけれども、ちつとだツて氣品きひんがない。別のことばでいふと、奥床おくゆかしい點が無いのだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「さすがに奥床おくゆかしい。やっぱり、やってるね」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
しかしわれわれは人の家をうた時、座敷のとこにその家伝来の書画を見れば何となく奥床おくゆかしくおのずから主人に対して敬意を深くする。
おもうと今更のように奥床おくゆかしさをおぼえるのでござりますが父はそのときにはじめてお遊さんの琴唄ことうたをきいて非常にかんどうしたのでござります。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
姪が出して来て見せたものは、手紙と言っても、純白な紙のきれにペンで細く書いた僅かな奥床おくゆかしい文句であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すべてのものを幽玄に化する一種の霊氛れいふんのなかに髣髴ほうふつとして、十分じゅうぶんの美を奥床おくゆかしくもほのめかしているに過ぎぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またその方が奥床おくゆかしいのに、この通り、番付いっぱいに自分の名前を書きつぶし、岩見重太郎でも、水戸黄門でも、下の方へ小さく記して得意げにしているところは
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黴臭かびくさいにおいと、軽い樟脳しょうのうみたような香気が一緒になった中から、どこともなく奥床おくゆかしい別の匂いがして来るようであるが、なおよく気を落ち付けて嗅ぎ直して見ると
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
めしのつけやうも効々かひ/″\しい女房にようばうぶり、しかなんとなく奥床おくゆかしい、上品じやうひんな、高家かうけふうがある。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
客を応待する心の深さもしのばれて、なかなか奥床おくゆかしいのである。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
立入って知らないが奥床おくゆかしいと思った。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「実にどうも奥床おくゆかしい」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それほど由緒ゆかりのない建築もまたはそれほど年経としへぬ樹木とても何とはなく奥床おくゆかしくまた悲しく打仰うちあおがれるのである。
人の技倆を、それだけに見るほど、この人の修養もそれだけに深いものと思えば、奥床おくゆかしい思いがする。よい人に会ったと兵馬は謹んでその言うところを聞いていると
極度の白きをわざとけて、あたたかみのある淡黄たんこうに、奥床おくゆかしくもみずからを卑下ひげしている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丹塗にぬりの柱、花狭間はなはざまうつばりの波の紺青こんじょうも、金色こんじきりゅうも色さみしく、昼の月、かやりて、唐戸からどちょうの影さす光景ありさま、古き土佐絵とさえの画面に似て、しかも名工の筆意ひついかない、まばゆからぬが奥床おくゆかしゅう
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聞いて見ると、蓮太郎は赤倉の温泉へ身体を養ひに行つて、今其帰途かへりみちであるとのこと。其時同伴つれの人々をも丑松に紹介した。右側に居る、何となく人格の奥床おくゆかしい女は、先輩の細君であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何処までも遠慮深くおとなしくしている方がかえって奥床おくゆかしく美しくはあるまいか。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「二尺四寸、大湾おおのたれでにえと匂いの奥床おくゆかしいこと、とうてい言語には述べ尽されぬ」
眉を払ってあの奥床おくゆかしい堂上のぼうぼう眉を染めることだけは、奥方のそれと並ぶわけにはゆきませんけれども、お君はわざわざそんなことをしないでも、これで充分に満足しました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
気品のすぐれていることを何となく奥床おくゆかしく感じてしまいました。