勿体もったい)” の例文
旧字:勿體
勿体もったいない、私のような者の子によくもそんな男の子が……と言えば「あなたの肉体ではない、あなたの徹した母性愛が生んだのです」
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
読方よみかただって、何だ、大概たいがい大学朱熹章句だいがくしゅきしょうくくんだから、とうと御経おきょう勿体もったいないが、この山には薬の草が多いから、気の所為せいか知らん。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのなつかしい景色も、僕を連れ出してくれてる馬鹿者どもと同じように、しゃちこばった勿体もったいぶった様子に変わってしまっていた。
勿体もったいなくも日本文化のイロハのイの字は、九州から初まったんだ。アイヌやコロボックルの昔から九州は日本文化の日下開山ひのしたかいざんなんだ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なつかしい母さへ此所こゝに葬つたかと思ふと、急に勿体もったいなくなる。そこで手紙がた時丈は、しばらく此世界に彽徊して旧歓を温める。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あるいは少しばかり覚えたことに勿体もったいを付けてこれを他の一層未熟な人に売付けるのが教育屋であるということを度々聞きました。
教育家の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
文章語がどれだけ私たちの意志を曲げたり、稀薄にしたり、勿体もったいぶらせたり、誇張させたりしているかは説明を要しない事実です。
両親を恨むのは勿体もったいないことで御座いますが、両親から一切を秘密にせよと勧められて、ついつい気遅れのしたのも事実で御座います。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
私も、ニーナにならうより外はない。しかし、この人造人間を、このままにしておくのは、たいへん勿体もったいないことだと思ったので
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三浦夫妻を田舎にくすぶらしておくのは勿体もったいない、一日も早く上京するようにとおっしゃって下さったので、東京へ帰って参りました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
文吉はひどく勿体もったいながって、九郎右衛門の詞をさえぎるようにして、どうぞそう云わずに御託宣を信ずる気になって貰いたいと頼んだ。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
立派な貞女になりきる遊女がいくらもありますね——わたしは女を見るに、貞操なんぞをそう勿体もったいない標準にしたくはないと思います。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たとえば、かの「忠臣蔵」の七段目で、おかるの口説くどきに“勿体もったいないがととさんは、非業ひごうの最期もお年の上”というのは穏かでない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「落城が迫ったほのおの中でも、そればかりを案じていてくだされた。——そしてわし達を落して見事自刃されてしもうた。……勿体もったいない」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿体もったいぶるからいうことがちぐはぐになるんだ、おまえは本が売れて金が取れればいいんだろう、そう泥を吐いちまえば楽じゃあないか
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さうしてこれらの家元がおのおの跋扈ばっこして自分の流儀に勿体もったいを附け、容易に他人には流儀の奥秘おうひを伝授せぬなどといふ事に成つて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
何となく偽善者らしい勿体もったいぶった顔をしていて、どうも親しみを感ずる訳には行かないので、ついついおしまいまで通読する機会がなく
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「鬼黒田探偵秘譚」という、連作物の幾篇かに由って、才筆を謳われた石川大策氏が、其後筆を納めたのは、洵にもっ勿体もったいない。
日本探偵小説界寸評 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると、少年は、えッちらおッちら食器棚へよじのぼってメリケン粉の鑵をとりおろし、勿体もったいぶったようすで、それをあたしに渡します。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかも「妙音観世音みょうおんかんぜおん梵音海潮音ぼんおんかいちょうおん勝彼世間音しょうひせけんおん」を唱えた後、「かっぽれ、かっぽれ」をうたうことは滑稽こっけいにも彼には勿体もったいない気がした。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これを消すのは勿体もったいのうございますねと云いながら、文字をきれいにいてくれたのも、どうやら彼女であったような気がするのである。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いいえ、勿体もったいないより、まないのはあたしのこころ役者家業やくしゃかぎょうつらさは、どれほどいやだとおもっても、御贔屓ごひいきからのおむかえよ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
実をいえば、男爵は、たいていの偉い人たちと同じように、あまりに勿体もったいぶっていたので、退屈な冗談だけしか言えなかった。
紙幣さつきつけに使うようなもので勿体もったいないと言ったそうだ。僕達は憤慨した。あの禿げ頭のいる間はもう母校に寄りつかないと決心した。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ともすると夏はもろはだぬぎになったりして、当り屋仲間の細君が、以前から大家たいけだったように勿体もったいぶっているのと、歩調が合わなくなると
安西博士は膀胱には大した故障はない、これはこのままカテーテル療法が適当だと言い、少しも勿体もったいぶった診察をしなかった。
第一、この手紙を読んだお前が、充分苦しみ抜かぬ内に、その次の手段を実行するというのは、余りに勿体もったいないことだからな。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これほど美しいものが文字通り無数にあってしかも殆ど誰の目にも止らずに消えてゆくのが勿体もったいないような気が始終していた。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
恍惚こうこつと神秘という以外には、用いる言葉も知らなかったのであった。しかも太子は少しも勿体もったいぶっていられるのではなかった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
……清原と云う奴は実にしあわせな奴だよ。なよたけはあんな奴には勿体もったいない位だ。……それでも大納言の手に渡るよりはよっぽどましだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「何でそのようなことが、ござりましょう。わたくしのようなものが、貴いお身ちかく出ますのが、あまりに勿体もったいのうて——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
天才肌のこの様な女の死はひどく勿体もったいなさを感じるけれど、仲々悧巧りこうなひとであったとも考えられる。とくにこのひとが女優であるが故に。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
西洋の文化に見るような、貴族的に形式ぶったものや、勿体もったいぶったものや、ゴシック風に荘重典雅のものやは、一も日本に発育していない。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
蛭子えびす神社の大鳥居の前で、瞑目めいもくして、勿体もったいらしく、柏手かしわでをポンポン打っていた胡蝶屋豆八は、うしろから、軽く背中をたたかれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その勿体もったいぶりに、はなはだおどろくと共に、君は外国文学者(この言葉も頗る奇妙なもので、外国人のライターかとも聞えるね)
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「それはもう、三年越し患っている私を、こんなにお世話して下さいます。なんの不自由もございません。勿体もったいないほどで」
わたくしなどは随分ずいぶん我執がしゅうつよほうでございますが、それでもだんだん感化かんかされて、肉身にくしんのお祖父様ぢいさまのようにおした申上もうしあげ、勿体もったいないとはりつつも
男って何でもないことに勿体もったいをつけたがるものね。私ここにいたいんです。私は今朝けさ大変きれいでしょう、マリユス、私を見てごらんなさい。
それがまた安いので勿体もったいない想いで集められるだけ集めました。市場では喜久山おみとさんの世話を受けたことも、忘れ難い想い出であります。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
捨ててしまっても勿体もったいない、取ろうかとすれば水中のぬし生命いのちがけで執念深く握っているのでした。躊躇ちゅうちょのさまを見て吉はまた声をかけました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その骨組が巌丈で、大きな図体ずうたいは、駈競かけくらべをする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体もったいないほど違うのであった。
玉菜ぐるま (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
爾薩待(勿体もったいらしく顕微鏡に掛ける)「ははあ、立枯病たちがれびょうですな。立枯病です。ちゃんと見えています。立枯病です。」
植物医師:郷土喜劇 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
上座かみざに坐ると勿体もったいらしく神社の方を向いて柏手かしわでを打って黙拝をしてから、居合わせてる者らには半分も解らないような事をしたり顔にいい聞かした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
連れだって来た供のものも昔の家臣のように勿体もったいぶって庭先に控えている。何事も主君を第一にして、それが済まなければ自分らはくつろげないとする。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その勿体もったいぶつた、そのくせに芝居がゝりな態度が野卑な調子を帯びた声と一しよに、私に彼がどんな低級な頭の持主であるかと云ふ事を思はせました。
ある女の裁判 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
痴川は道々う切り出す時の自分の勿体もったいぶった様子を様々に想像することが出来たりして、ひどく意気込んでいた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
大奉書に大水引のかかりたるを取出とりだしたるが大熨斗おおのしの先の斜めに折れたるを手にてばし「お登和さん失礼ですけれども」と勿体もったいらしく差出たり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
これは綾子が宅におります時分、長い間掛かって丹精して書きためたものですが、仕舞って置くにしても置き所もなし、焼いて棄てるにしては勿体もったいなし。
あんなものにかかわってみろ、一週間もフイになるんだ。冗談じゃない。一日でも遅れてみろ! それに秩父丸には勿体もったいない程の保険がつけてあるんだ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
世に居玉わぬとて先祖の御心も察し奉らず吾儘わがままばかり働くは、これを先祖を死せりと申し、勿体もったいなき事どもなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)