凝乎じっ)” の例文
が、今こうやって雄大な写真を眺めながら凝乎じっとカ氏の説明に耳を傾けていると、さすがに私の認識も幾分改まってくるのを覚えた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
黄昏たそがれ——その、ほのぼのとした夕靄ゆうもやが、地肌からわきのぼって来る時間になると、私は何かしら凝乎じっとしてはいられなくなるのであった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
機会きかいわたくしはそうしました。するとひめはしばらく凝乎じっかんがまれ、それからようやくちびるひらかれたのでございました。——
その顔を、凝乎じっと見ると、種々いろんな苦労をするか、今朝はひどく面窶おもやつれがして、先刻洗って来た、昨夕ゆうべの白粉の痕が青く斑点ぶちになって見える。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
木乃伊の顔に注いだ視線を、もはやらすことが出来なくなった。彼は、磁石じしゃくに吸寄せられたように、凝乎じっと身動きもせず、その顔に見入った。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「ありがとう。子供の顔ったら悲しそうで見ていられないわ。あら、あの金魚屋さんは、凝乎じっと先刻からふしぎそうにあたいの顔を見ている、……」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
其方の声がぴたと止まったら、どうなすったかと思って見ると、彼の可厭な学生が其の顔を凝乎じっと見て居るのでした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
しかしそれでも初夏の朝々にこの声を耳にしては、心自ら浮き浮きして、凝乎じっとしていられぬとは馬鹿にしたもうな、江戸ッ児にはありがちのことだ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
枯れすすきのなかから、背中だけ出していたのであるから、よほどの大物にちがいあるまい。体を東南に向け、首だけ西南へ向けて、凝乎じっと私らをにらんでいる。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
お留伊を迎えに来た少女が、薬湯をときだと云って入って来た。……老人は苦しげに身を起して薬湯をすすると、話し疲れたものか暫く凝乎じっと眼をつむっていた。
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は同じ食卓に就いて居る一人の年増としまの貴婦人を凝乎じっみつめて居た。美人であるからばかりではない。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
「どんな物かは、夫れは後で分るだろう、かくわしは今、しきりに今夜の試験方法を考えて居るのだ」と、快活なる伯爵は小首を傾けて、凝乎じっと窓から外を眺めて居る
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
それは美しい韻律をもって、例えば夢のからくりのようにいとも快い刺激を鼓膜に与えた。彼は尻を立てた黒猫のような格好で、忘我の中に、そのまま凝乎じっうずくまっていた。
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
凝乎じっと睨みつめた手近な器具に、心がぢり/\と焼きつけられて、私の手の影のやうなものがそれを掴むらしくみえる——割れる——響——その刹那のひやりとした気持なぞを
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
今日半日仰いで来たこの山は近づけば近づくだけ、いよいよ大きく、いよいよ寂しくのみ眺められ、立ちどまって凝乎じっと仰いでいるといつか自分自身も凍ってゆく様な心地になって来るのであった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
露月は凝乎じっと相手を眺めて
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
凝乎じっと眼を注ぎ
檻の中 (新字新仮名) / 波立一(著)
見守っていた印度人たちはまた急いで駆け寄って手を貸そうとしたら、少年から母国カッチ語で注意されて恐縮したように凝乎じっと眺めていた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
三度紀昌が真面目まじめな顔をして同じ問を繰返くりかえした時、始めて主人の顔に驚愕きょうがくの色が現れた。彼は客の眼を凝乎じっと見詰める。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして不図ふとがついてると、らぬ一人ひとり老人ろうじん枕辺まくらべって、凝乎じっわたくしかおつめてるのでございます。
そういう父の眼に何が映ったか? 娘はただ凝乎じっとしているばかりで、何をも知らなかった。知ろうとすることが自然に誰からも許されようとはしなかった。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
どうしても凝乎じっとしてはいられなくなって、あてもない道を、まだ肌寒い風に吹き送られながら、防風の砂丘を越えて、野良犬のように迂路うろつき廻るのであった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
やがてすうっと襖がいて、衣擦れの音がして、枕頭まくらもとの火鉢の傍に黙って坐った。私は独で擽られるような気持になって凝乎じっと堪えて蒲団を被ったまゝでいた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
鮎、うぐいはやなどが淵の中層で、ぐうぐうやっている。魚類のことであるから、いびき声は聞こえないが、尾も鰭も微動だにさせないで、ゆるやかに流れる水に凝乎じっとしているのである。
飛沙魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
各箇いくつかの団体の、いろいろの彩布の大旗小旗の、それが朝風に飜って居る勇しさに、凝乎じっ見恍みとれてお居でなさった若子さんは、色の黒い眼の可怖こわい学生らしい方に押されながら、私の方を見返って
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
私は恐い顔をして凝乎じっとあの人を見つめる。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
凝乎じっと、絶えず
そして鏡を見ながら凝乎じっと考えふけったが、想えば白粉おしろい、口紅、そして香水……そうしたものに遠ざかってからすでに一年と七カ月。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
二つ枕をならべた押し絵のような夜の静かさ、殆ど同じいくらいと言っていい世にも稀れな二つの寝顔、お俊はきよ子の方を向いて凝乎じっと澄んだ眼をすえた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いつかは来る滅亡ほろびの前に、それでも可憐かれんに花開こうとする叡智ちえ愛情なさけや、そうした数々のきものの上に、師父は絶えず凝乎じっあわれみの眼差まなざしそそいでおられるのではなかろうか。
には平袖ひらそで白衣びゃくいて、おびまえむすび、なにやら見覚みおぼえの天人てんにんらしい姿すがた、そしてんともいえぬ威厳いげん温情おんじょうとのそなわった、神々こうごうしい表情ひょうじょう凝乎じっわたくしつめてられます。
何とも言えない独り居り場に困っているというような顔をして私の顔を凝乎じっと見ている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
……その日、地上では研究所の所員たちが、この不具者の黒吉が、一体どんな「飛下り振り」をするか、と固唾かたずをのんで、爆音を青空に流して快走する銀翼を凝乎じっと見詰めていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
賢彌は、凝乎じっと老爺の顔を見た。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
灯を点けることも忘れ窓掛カーテンを引くことも忘れて、凝乎じっと私は椅子にもたれていたが、「旦那様、お食事のお仕度が整いましてございます」
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
それきりかれはうとうとと眠り込んだかと思うと突然起きあがって、おあいの顔を凝乎じっとながめたり、ぼんやりした行燈あんどんをみつめたりした。そして気がつくと
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
そうして、外からの侵入者に警戒するような・幾分敵意を含んだ目で、私の方を凝乎じっと見ている様子である。あれは誰だと、若い女に聞けば、ワタシノダンナサンノオ母サンと答えた。
そのそばの岩の上には、あの、ネネが、前よりも一層美しくなったように思われるネネが、喪心そうしんしたように突立って、手を握りしめ、帽子を飛してしまった頭髪かみのけを塩風になびかせながら、凝乎じっ
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
帳場格子の中に頬杖突いて凝乎じっとこちらのほうを眺めております親父の顔なぞが、竦然ぞっとするほど青めた恐ろしい人相に映りましたり
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
松岡は蝋燭の火かげで、ずるずると長い影を引いたものが、階段裏からくびれているのを目に入れた。女の顔は向うむきに隠れていた。動かず凝乎じっとしていた。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
絶望的な哀願をもう一度繰返すと、急に、おこったような固い表情に変り、眉一つ動かさず凝乎じっと見下す。今や胸の真上に蔽いかぶさって来る真黒な重みに、最後の悲鳴を挙げた途端に、正気に返った。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「…………」私は凝乎じっと亭主の面を凝視みつめた。「僕も今それを考えているところなのだよ。昨日もあすこで逢ってしまったが……」
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あそこの山にしろ凝乎じっと眺めていると人の顔になる、だからわしはさびしいことなどは少しもないのだ。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
三人の中にはず怯ずと兵員たちの腰にびた剣に触ってみるものもあれば、不思議そうに靴に眼を留めて、凝乎じっと眺めている者もある。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
もう村人の声もしない、ぜる音ばかりが続き、凝乎じっとしては熱風で息がまりそうだった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
老エフィゲニウスの言葉は途絶えて、しばらくは凝乎じっと眼頭を抑えていました。そして我々も、言葉なくうな垂れていたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
こうなると一人きりでいることに気が負け、私も出かけて見たくもなったが、いままで凝乎じっとしていたのに、いまさら諸君の後を追うわけにゆかず、酒はさびしく既ににがくさえあった。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
かしこまりました」と意外にハッキリした返事であった。そして意を決したように書類を押しやって、私の顔を凝乎じっと見守った。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
私はそれを凝乎じっと見詰めていると不思議にこの雪駄を盗み出したことが、非常に恐ろしい罪悪のように暫くでも持っていてはならないような、追っ立てられるような不安と焦躁とを感じ始めた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
これを片付けて机の上をサッパリとしてしまわなければ、落ち付いて凝乎じっとものも考えられぬような気がしていたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)