みた)” の例文
それをみたすべく一寸失敬して、これから出掛けて来る。ボーイさん。自動車をそういって呉れ給え。じゃ、また明日逢うことにしよう
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また彼は水素をみたした石鹸玉が、蒼ざめた人と街とを昇天させながら、その空気のなかへパッと七彩に浮かび上がる瞬間を想像した。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
人間の生活は、全く苦惱で而も意味は空ツぽだけれども、智識は其の空ツぽをみたして、そして種々さまざまの繋縛をぶちツて呉れるのだ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
彼の心は事業しごとの方へ向いた。その自分の気質に適した努力の中に、何物をもってもみたすことの出来ない心の空虚をみたそうとしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我身わがみ不肖ふしょうながら家庭料理の改良をもととして大原ぬしの事業を助けばやと未来の想像は愉快にみたされて結びし夢もあたたかに楽しかりき。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
夫人と話していると、妻の静子にってみたされなかった欲求が、わずか三四分の同乗に依って、十分に充たされたように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、それでいて、無理に目覚めさせられた若さのさびしさとでも言おうか、私の心のどこかしらにみたされない寂しさがあった。
私は、私の欲望をみたしてくれるものが一つもない、かうした處にこの上愚圖々々ぐづ/\は出來ない。私は立上つた、そして今迄ゐた寢床を見返つた。
丁度ちょうど、十年前憶えたヴェルレエヌの句そのまま、「秋の日のヴィヲロンの、溜息の身にしみて、ひたぶるにうらがなしい」気持にみたされながら。
十年 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自らあかしす。なんぢら己が先祖の桝目ますめみたせ。蛇よ、まむしすゑよ、なんぢらいかでゲヘナの刑罰を避け得んや。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かれは希望にみたされて通った熊谷街道と、さびしい心を抱いて帰って行く弥勒街道とをくらべてみた。若い元気のいい友だちがうらやましかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だから、僕に対して恋の勝利者である君は、僕の贈り物が、一面に於て如何に悲しい思い出をもってみたされて居るかをも十分認めてくれるであろう。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それで自己の最大要求をみたし自己を実現するということは、自己の客観的理想を実現するということになる、即ち客観と一致するということである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
美しい彫刻ほりのある、銀の台付の杯を、二つ並べて、浪路は、黄金のフラスコ型のびんから、香りの高い酒をみたして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
代って舌鼓したつづみうちたいほどのあま哀愁あいしゅうが復一の胸をみたした。復一はそれ以上の意志もないのに大人おとな真似まねをして
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ざっと水の流るる音、これから上は、残雪の他、水を得られないとて水筒にみたし、一直線にこの急坂を登る。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
だからいかに巧みにみこなしてあっても、一句一首のうちに表現されたものは、抒情じょじょうなり叙景なり、わずかに彼の作品の何行かをみたすだけの資格しかない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
壺には念入りに鉄漿をみたしてあるので、極熱ごくねつの気に蒸れて、かびたような、すえたような臭気においが湧く。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……眼の中が自然おのずと熱くなって、そのままベッドの上に突伏したいほどの思いにみたされつつ、かなしく両掌りょうてを顔に当てて、眼がしらをソッと押え付けたのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それで希望の幾分なりともみたし得たことに満足して、思い切って本流を離れ、仙人谷を遡って、立山の室堂に出ることを心の中では既に思い定めていたのであった。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
単に頑是がんぜない聴衆の好奇心をみたすためならば、入って行く必要もなかったろうと思う説明に入っていることである。これには何か隠れたる約束があるのではないか。
彼女のお腹をみたし、身体を暖めてくれたのは、お菓子や火ばかりではありません。お菓子でも火でもなく、ベッキイを養い暖めてくれたものは、もちろんセエラでした。
冬になって天地が蕭条しょうじょうたる色彩にみたされる。そういう天地の間にある時、茶褐色の鳶の姿が物にまぎれて見えるというのであろう。保護色などという面倒な次第ではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
人が、知るための興味のみで科学的研究をなすことは稀である。一般に人は、役立つという目的を研究に求めている。そしてこの目的をみたし得るのは、政策によってのみである。
即ち一方の水銀柱は十粍下り一方の開いた方の水銀柱は十粍上りました。そこで開いた方の口の水銀の上へ少し許りの硫酸をみたして置けばどうでしょう。当然硫酸はあふれる訳です。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
来る客の望をかなへるのは、クリストの意志をみた所以ゆゑんであるから、拒んではならない。折角来た客に隠れて逢はないでは残酷である。こんな風に云はれて見れば、一々道理はある。
比喩ひゆして露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾をみたして以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
床の間は床板を張って室内の他部と判明に対立することを要する、すなわち床の間が「いき」の条件をみたすためには本床であってはならない。蹴込床けこみどこまたは敷込床を択ぶべきである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
伸子の両親を愛し彼らからもまた愛されることによってみたそうと、どんなにか楽しんでいたのに、円満にゆかず、こんな遺憾なことはないと、自身あのように涙にむせんで云ったのに。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おしおはちょっと相手の顔を見返したまま、黙ってその盃をみたした。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
たえ子はそのばんも女中のお春と二人きりのさびしい食卓に向つて、腹立しさと侮辱と悲哀とにみたされた弱い心をひて平気らしくよそほひながらはしを執つてゐたが、続いて来る苛々いら/\しい長い一夜を考へると
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
君等ほど愛に飢え、愛にみたされているものはない
地を掘る人達に (新字新仮名) / 百田宗治(著)
藜藿れいかく わがはらわたみた
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
信一郎の心が、こうした義憤的な興奮で、みたされた時だった。妻の静子は、——神のごとく何事をも疑わない静子は、信一郎を促すように云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そしてモデルとして周三の氣に適つたお房は、肉體の最も完全なものとして周三の心の空乏くうぼうみたすやうになつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「マアくな。俺は、そんなことよりも、五万円の使途つかいみちについて考えたいと思っているんだ。だが、君の好奇心をみたために、一寸、簡単に苦心談をやるかな」
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人は子供のやうに遊び狂ひながら絶対に心は恋愛にみたされてゐた。随分性質の悪い悪戯いたずらをし合つて怒つたり、いじめたりし合つても、愛の揺ぎを感じなかつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そして、そのもてなしの中でも、とりわけ嬉しかつたのは、たつぷりある御馳走で、死にさうな食慾をみたしてゐる私たちを、じつと見てゐる女主人の滿足氣まんぞくげ微笑ほゝゑみだつた。
それがみたされぬと愛する者の生命をしても、立退いてしまわずにはいないのである。
それから十分ばかりたったあとの事である。白葡萄酒のコップとウイスキイのコップとは、再び無愛想なウェエタアの手で、琥珀色こはくいろの液体がその中にみたされた。いや、そればかりではない。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
胸は蜂の巣を突ついたような音を立てる、かと思うと、又、雷のようにごろごろ言いました。洗面器の半分ほどは、たちまちにみたされ、このまま全身の血液をき尽すのではないかと思いました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それらのみたされた最後の欲望の強度または稀少性をそれらの消費量の減少函数として表わす方程式または曲線を作ることが出来、また数学によって各交換者がその欲望の最大満足を得られるのは
私としてはただ、形も何もないある憧れの心をみたすための手紙を書いているのにすぎなかった。だが、たといそれだけのことだとしても、私はまだ、決して、叔父を憎んでいるような時ではなかった。
と、お三婆は、持った銚子で、自分の杯にみたして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ところで肉と肉とが接觸したら、其の渇望かつばうみたされて、お前に向ツて更にのぞみを持つやうになツた。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
……君、僕が合意の殺人だといった意味が分るでしょう。……彼等は、最近までは、各々、正当の夫や妻によって、その病的な慾望を、かろうじてみたしていました。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
駭くのと一緒に、有頂天になって、躍り上って、よろこぶべきはずであった。が、実際は、その紙幣を見た瞬間にい知れぬ不安が、潮のごとくヒタ/\と彼女の胸をみたした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
せて青黒いくまの多い長身の肉体は内部から慾求するものをみたし得ない悩みにいつもあえいでいた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
数日以来(千八百七十六年)日本におもむかばやと思ふ心とどめ難し。されどこの旅行はわが日頃の蒐集しうしふ癖をみたさんが為のみにはあらず。われは夢む、一巻の著述を成さん事を。題は『日本の一年』。
お初は、好奇心にみたされて来た風で
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)