伝播でんぱ)” の例文
旧字:傳播
と同時に、それはまた、私のかたわらに居る夫人のその絵に対する鋭い感受性が私の心にまで伝播でんぱしてくるためのようにも思われた。
(新字新仮名) / 堀辰雄(著)
また一方では火災伝播でんぱに関する基礎的な科学的研究を遂行し、その結果を実地に応用して消火の方法を研究することが必要である。
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから、団結的思想の力強い熱狂と戦争の息吹いぶきとを、民衆のうちに伝播でんぱしてる精神的伝染病に、自分も感染してるのが感ぜられた。
水素に少し空気がまじったり、逆に空気中に水素が少量混入した時に、爆発がどのような形をとって伝播でんぱするかを見ようというのであった。
しかしその伝播でんぱの実状なり、また子どもの新しい遊戯を迎える態度なり、習癖なりは、今日まだ決して明らかになっているわけでもない。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
見る(略)しかもこの特色は或る一部に起りて漸次ぜんじに各地方に伝播でんぱせんとする者この種の句を『新俳句』に求むるも多く得がたかるべし。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
噂の伝播でんぱは飛行機の速度よりも早く、下界の人々は、今頭上を飛んでいるのが怪賊黄金仮面の飛行機であることを知っていた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一方からそれが起るとたちまちに四方に伝播でんぱする。そして幾度も反復される。田の蛙の鳴き交す声々の嵐そのままに感ぜられる。
かくて真理は甲から乙へ、乙から丙へと、次第次第に四方に伝播でんぱし、やがて高山の頂巓ちょうてんから、世界に向って呼びかけねばならぬ時代も到着する。
この言葉は忽ち伝播でんぱし「下手もの好き」とか、「下手趣味」とかいう表現まで生れ、ついには公に「下手もの展」などを開く骨董商こっとうしょうが現れ始めた。
そのうち噂は清武一郷に伝播でんぱして、誰一人怪訝せぬものはなかった。これは喜びやそねみの交じらぬただの怪訝であった。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
但し、吾が国海禁いまだ除かれず、この事もしあるいは伝播でんぱせば、則ち生らただに追捕せらるるのみならず、刎斬ふんざん立ちどころに到るは疑いなきなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自国の全体主義(それが仮りにどんなによいものであったとしても)の拡大と伝播でんぱを押しつけようとする動きのすべてに、私は反対せざるをえない。
抵抗のよりどころ (新字新仮名) / 三好十郎(著)
社会状態が持久的に安定しない処では宗教の伝播でんぱさかんだ、くわしくは云えない、日本はその点でずいぶん違うんだ
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのあとにはこのギリシア文化を世界に伝播でんぱする時代、すなわちヘレニスト的時代が続き、次いでこの文化の教育の下に新しいローマの文化が形成されてくる。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
南宋の禅は驚くべき迅速をもって伝播でんぱし、これとともに宋の茶の儀式および茶の理想も広まって行った。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
宮廷におかせられては、御代みよ御代の尊い御方に、近侍した舎人とねりたちが、その御宇ぎょう御宇の聖蹟を伝え、その御代御代の御威力を現実に示す信仰を、諸方に伝播でんぱした。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
もと仏教はインドの国から起ってチベットへ伝播でんぱされたものである。しかるに今はかえってインドでは仏教が跡を絶ってしもうてその影すらも見ることが出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
温健にして𤍠烈なこれ等の新運動は今や非常な速度で日本の到るところの青年女子の間に伝播でんぱしてります。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
半蔵の周囲には、驚くばかり急激な勢いで、平田派の学問が伊那地方の人たちの間に伝播でんぱし初めた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
年配の巴屋ともえや五助が、采配をってお勢の家へ人を走らせたり、町役人に届けさせたり、一方家中の者の口を封じて、無制限に拡がって行く危険な噂の伝播でんぱを防ぎましたが
赤旗は流行感冒のように、到るところに伝播でんぱしていた。また戦争だ。それからどうしたか?……
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
つまり文明九年を期して、中央の政争が地方に波及伝播でんぱし地方の大争乱を捲き起したのである。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こう云う場合の風説が如何いかに針小棒大に伝播でんぱするものであるかを知っていたので、その例を引いたりして、妙子について半ば絶望的な気分にさえなっている幸子をなだめた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
従ってそれらの部落で膳椀ぜんわんの代りに木の葉を用いたのが、伝播でんぱしたとも考えられぬ事はない。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
奇妙にポチを呪咀じゅそし、ある夜、私の寝巻に犬ののみ伝播でんぱされてあることを発見するに及んで、ついにそれまで堪えに堪えてきた怒りが爆発し、私はひそかに重大の決意をした。
その伝播でんぱは微妙で、絶えずき起り絶えず揺れ動く一つのまぼろしを見るようである。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播でんぱさせる新聞記者が大勢来るから、うわさ評判の源にいるようなものである。その噂評判を知ることも、先ず益があって損のない事である。
そう駿すんえんのうの間に流行し、昨年中は西は京阪より山陽、南海、西国まで蔓延まんえんし、東はぼうそうじょうしんの諸州にも伝播でんぱし、当年に至りてはおう州に漸入するを見る。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
妙なことがあるもの、変な話しだ、と昨日目撃したことを隣人に語っていると、もう江戸市中全体にその暴挙が伝播でんぱして、其所そこにも此所ここにも「貧窮人騒ぎ」というものが頻々ひんぴんと起っている。
それから騒ぎは検察本部へ波及し、それからにぎやかにラジオ、テレビジョン、新聞の報道へ伝播でんぱし、それから満都の人々へこの愕くべき誘拐事件が知れわたり、騒ぎが拡大して行ったのである。
午後と、午前の境界にもかかわらず、ラジオが、倫敦から放送される歌謡を伝播でんぱしていたのを疾風のなかで私はみ下した。ココア色の女の皮膚に雷紋の入墨をしたような夜更けであった。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
維典堡〈(ウヰンテンボルグ)〉人西勃土〈(シーボルド)〉氏(わけがありて)荷蘭人となり、わが長崎へきたり、わがくにの草木を欧羅巴ヨーロッパたずさえ帰り、現今かの諸国に伝播でんぱしおるは、おおむね
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
薩摩は当時のいわゆる南蛮人がはやくから渡来した地方であるから、煙草の如きも比較的早くよりこの地方に伝播でんぱして、喫煙の風は余程広く行われ、その弊害も少なくはなかったものと見えて
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
自分は青春を以て、此の一二年来の大作であると推薦したい、もつともまだ新聞に掲載中であるから、如何収るか知らぬが……今日いまの青年は、男女といはず、本能主義ニイチエイズムが無意識の間に伝播でんぱしてゐる。
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
いずれにしても、そうした悪意の名称がたちまち世間に伝播でんぱして、今日に至るまでも取消されないのを見ても、かの活歴なるものが世間一般から好感を以て迎えられなかったことが想像される。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
顫動せんどうし、波動し、光を力となし思想を原素となし、伝播でんぱして分割を許さず、「我」という幾何学的一点を除いてはすべてを溶解し、すべてを原子的心霊に引き戻し、すべてを神のうちに開花させ
「逢坂の関の清水にかげ見えて今や引くらむ望月の駒」(拾遺・貫之つらゆき)、「春ふかみ神なび川に影見えてうつろひにけり山吹の花」(金葉集)等の如くに、その歌調なり内容なりが伝播でんぱしている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
畢竟ひっきょうするに先進後進相接あいせっして無形の間に伝播でんぱする感化に外ならず。
但シソノ既ニニ上セシ者ハ伝播でんぱスルモノすこぶる多シ。板葉焚燬ふんきストイヘドモコレヲもとむルコトマタ難カラズ。ソノ他イマダ梓セザルモノ長短七、八百首アリ。獲ント欲スレドモ由ナシ。懊悩おうのうスルコト累日。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、その欝屈うっくつ伝播でんぱし、爆発する。それが果てもなく連続した。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
だれいうとなくこの声が非常な力をもって伝播でんぱした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
早くもこのことは伝播でんぱして徐州へ伝わってゆく。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただしこのいわゆる文化伝播でんぱには条件があった。一つには学び得る智能であり、二つには学ばねばならぬ経済上の必要である。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それが無線電信の伝播でんぱに重大な関係を持ち得る事、あるいは塵が空中の渦動かどうによって運搬されるメカニズムやその他色々の問題が残っている。
塵埃と光 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さてこの奇談が阿部邸の奥表おくおもて伝播でんぱして見ると、上役うわやくはこれをて置かれぬ事と認めた。そこでいよいよ君侯にもうして禄をうばうということになってしまった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さて石蒜即ち彼岸花の球根が英国に伝播でんぱし栽培されてすこぶる珍重がられた事については、別にあの博聞強記を以て鳴らした南方みなかた翁に記述の一文があってその由来をつまびらかにしている。
そうして私は特に濃い鮮やかな墨を以てそれを書く事をおこたるまい。地上における視野からお前の姿が見失われても、私のこの文字は少くとも地上の何処かに伝播でんぱされるであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あらゆる観念は、民主国では早く磨滅まめつする。その伝播でんぱが早ければ早いほど磨滅も早い。
そう云ううわさ伝播でんぱやすい美容院の主人である井谷の耳には、最も早く這入はいっていたはずであり、裏の裏まで知り抜いていたに違いないのに、井谷は妙子のそう云う暗い方面は見ようとせず
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)