馴々なれなれ)” の例文
「鎌倉殿に対して、兄の弟のと、馴々なれなれしいことばつかい、聞き捨てにならぬ無礼であるが、多分、人違いであろう。さもなくば狂人か」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馴々なれなれしくことばをかけるぐらいせめてもの心遣こころやりに、二月ふたつき三月みつきすごうちに、飛騨の涼しい秋は早くも別れを告げて、寒い冬の山風が吹いて来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
後ろの窓際まで行ってそのしきいの上にそれを載せたが、また私の側に帰って来て、「この前の幕は何でしたか」と馴々なれなれしくいた。
「君の出て来ることは、乙骨からも聞いたし、高瀬からも聞いた」と相川は馴々なれなれしく、「時に原君、今度は細君も御一緒かね」
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おせいの亭主はさう云つて、ゆき子の立ち場が初めて判つたらしく、少々馴々なれなれしいぞんざいさで、亭主は暗い小舎こやのなかへ上り込んで来た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
夫人は、弟にでも話すように、馴々なれなれしかった。青年は姉の言葉をでも、聴いているように、一言一句に、微笑しながら肯いた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ある日、豆小僧が柴を刈つて、束ねてゐますと、どこからかしら一人のばあさんが出て来て、馴々なれなれしく言葉をかけました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
百蔵もまたズカズカと馬の傍へ寄って、お松に向って馴々なれなれしく口をき出そうとした時に、前に手綱たづなを曳いていた馬子が、不意に後ろを向きました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのあとからお勢も続いて上ッて来て、遠慮会釈も無く文三の傍にベッタリ坐ッて、常よりは馴々なれなれしく、しかも顔をしかめて可笑おかしく身体からだを揺りながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夫がマルセイユに上陸中、何人かの同僚と一しょに、あるカッフェへ行っていると、突然日本人の赤帽が一人、卓子テーブルの側へ歩み寄って、馴々なれなれしく近状を尋ねかけた。
妙な話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あれ、また、乱暴なことを有仰おっしゃいます。」と微笑ほほえみながら、道は馴々なれなれしくたしなめるがごとくに言った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母の前をもはばからぬ男の馴々なれなれしさを、憎しとにはあらねど、おのれはしたなきやうにづるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「やあは——」と帆村は馴々なれなれしく挨拶あいさつをした後で直ぐ云った。「今日は本庁の臨時雇りんじやといというところでして、ちょっと先生のところの劇薬の在庫数量を拝見に参りましたが」
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
或いは婦人に普通なる心弱さ、ないしは好奇心からではないかと、思うくらいに馴々なれなれしかったこともあるが、それにしては彼らの姿形の、大きくまた気疎けうとかったのが笑止である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「道さん」などと馴々なれなれしく而も幼名おさななを以て余を呼ぶ者は外に無い、幼い時から叔父の家で余と一緒に育てられた乳母の連れ子で、お浦と云う美人で有る、世間の人は確かに美人と褒め
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「よい御天気で」と手拭てぬぐいをとって挨拶あいさつする。腰をかがめる途端とたんに、三尺帯におとしたなたがぴかりと光った。四十恰好がっこうたくましい男である。どこかで見たようだ。男は旧知のように馴々なれなれしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勿論もちろんぼくには、馴々なれなれしく、そばによって、声をかける大胆だいたんさなどありません。ただ、あなたの横にいた、柴山のかたたたき、「なにを見てる」とたずねました。それは、あなたに言った積りでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
初め予ロンドンにいた夜勝手が分らず、ユーストン街にユダヤ人が営む旅館に入って日夜外出せず。客の間に植物標本を持ち込んで整理し居る内、十七、八の女毎度馴々なれなれしく物言い懸ける。
小父さんはたいそう話が上手って聞いたんだよ、話しておくれよ、と少年は馴々なれなれしく云って、川辺の上にべたんと坐ったので、ああ、よいとも、と云って彦太郎も草の上に腰を下し、足を伸ばした。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
孫は、わざと自堕落な口調で馴々なれなれしく云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
武蔵のすがたを見ると、非常に馴々なれなれしく——いや自分の息子たちと同年輩なので、やはり子どものように見えるのであろうか
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆき子は、この部屋に、昔から住んでゐるやうな馴々なれなれしさで、食事の支度をした。富岡は、仕方なくポケットの名刺を出してゆき子に見せた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
男は笑いながら馴々なれなれしく近寄って来たが、市郎は容易に油断しない、蝋燭を突き付けたままでその顔をきっと睨んでいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
応接室に案内する間も、勝平は叮嚀にしか馴々なれなれしげに、瑠璃子に話しかけようとした。が、彼女は冷たい切口上で、相手を傍へ寄せ付けもしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
小金は三吉に挨拶あいさつして、馴々なれなれしく正太の傍へ寄った。親孝行なとでも言いそうな、温順おとなしい盛りの年頃のおんなだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「二言目には、七兵衛さん、七兵衛さんと、馴々なれなれしくおっしゃるが、どうしてまた、わしの名前までそう軽々しく御承知だえ。その猫撫声ねこなでごえが油断がならねえ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
馴々なれなれしくいうと、急に胸をらして、すッきりとした耳許みみもとを見せながら、顔を反向そむけて俯向うつむいたが、そのまま身体からだの平均を保つように、片足をうしろへ引いて、立直たちなおって
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尤も私の不断接している女は、厭にお澄しだったり、厭に馴々なれなれしかったりして、一見して如何にも安ッぽい女ばかりだったから、然ういうのを看慣みなれた眼には少しはちがって見えたには違いない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そう馴々なれなれしい応対もできなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ご懇意という程でもないが——主人の使いなどで、しげしげ参るうちに、あのように御気ごきさくなので、いつのまにか、馴々なれなれしゅう伺っておるので」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信一郎の方から、改めて挨拶あいさつする機会のないほど、向うは親しく馴々なれなれしく、友達か何かのように言葉をかけた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何処へいらしたンだらうとか、何時頃、お帰りでせうとか、不作法な程、とても馴々なれなれしいンですのよ
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
沢山たんと、待たせてさ。」と馴々なれなれしく云うのが、遅くなった意味には取れず、さかさまうらんで聞える。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くして真実ほんとうの𤢖は逃げ去ったが、𤢖類似の怪しい男はだ眼の前に残っている。この男ははたして善か悪か、敵か味方か、市郎もその判断にくるしんで佇立たたずんでいると、男はいよい馴々なれなれしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この子供はお茶を注いで、七兵衛にすすめたが、そのまま出て行かないで、お客様の傍へきちんとかしこまり、例の般若の面は後生大事にして、そうして、七兵衛に馴々なれなれしく話しかけるのです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
歌が済みますと、奥様は馴々なれなれしく
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「——だれかと思ったら、おまえは漬物屋の唐牛児とうぎゅうじじゃないの。人の家へ断りなしに入ってくるなンて、泥棒のするこったよ。なにサ馴々なれなれしそうに」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でも、貴女が子供達を遊ばして下さるのは、ご親切ですけれども、あまり馴々なれなれしくさせないで頂きたいと思いますの。家庭教師は、女中ではありませんから。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、一面識も無き者の我名を呼ぶに綾子は呆れ、婦人おんなの顔をみまもるのみ。委細構わず馴々なれなれしく
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おつや (馴々なれなれしく。)今晩はなかなか冷えますね。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
酒肴さけさかなの註文も馴々なれなれしい。そして独りでチビチビ飲み初めた。李逵は汗拭きの布を出して、鼻と口をおさえていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入交って亭主柏屋金蔵、揉手もみでをしながらさきに挨拶に来た時より、打解けまして馴々なれなれしく
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「松虫様ではありませんか」先では、こういって、馴々なれなれしくほほ笑みかけながら近づいてきたのであったが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馴々なれなれしくて犯しやすからぬ品のいい、いかなることにもいざとなれば驚くに足らぬという身にこたえのあるといったような風の婦人おんな、かく嬌瞋きょうしんを発してはきっといいことはあるまい
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でもなお、しつこく何か言いながら、馴々なれなれしげに寄って来る山伏なので、その厚顔あつかましさを叱るように、また
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうした場所だ、対手あいては弘法様の化身かも知れないのに、馴々なれなれしいこという。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といった調子に、馴々なれなれしいこびをたたえて迎えましたが、金吾には、夢々おぼえのない女なので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「流行りません癖に因果と貴方あなたね、」と口もやや馴々なれなれしゅう
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると城太郎は、いつものように、馴々なれなれしくすがりかけたが、急に手を引っ込めて
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馴々なれなれしげに云わるるが、近国の衆とも見えず、まして山伏すがたなどして、これへ来らるる以上、われら家人として、一応疑いを抱くのは当り前でござる。何とおいあろうとも、生国姓名を
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)