飢饉ききん)” の例文
または反対に、大変なかのよかった夫婦が飢饉ききんのときに、平生の愛を忘れて、妻の食うべきかゆを夫が奪って食うと云う事を小説にかく。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おととしの浅間山あさまやまの噴火以来、世の中が何となくさわがしくなって、江戸でも強いあらしが続く。諸国ではおそろしい飢饉ききんの噂がある。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
不幸なことに、ある年、飢饉ききんで農家が困窮したとき、その息子は人に誘われて、近くの河をかよっている小船で働くようになった。
火災が起こり飢饉ききんが始まった。何もかも、ありとあらゆるものが滅びていった。疫病はしだいに猖獗しょうけつを加え、ますます蔓延まんえんしていった。
いえ、ロシヤの飢饉ききんの話ではありません。日本の話、——ずつと昔の日本の話です。食つたのはぢいさんですし、食はれたのはばあさんです。
教訓談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その年の冬は永く続いて寒さとみは、野の作り物を遅らせ、夏の初めには飢饉ききんのきざしさえ見え、雨は月と月にまたがっても降らなかった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼らは、まるで飢饉ききん地方の住民のように、飛びついて、食べた。ことにその中でも、波田は仲間からさえ驚嘆されるのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
はまぐりが気を吹き出すのであるなどの迷信あれども、別に災難が起こるとか、飢饉ききんの前兆などと申すものもなく、無事平穏である。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
というのは、その夏の旱魃かんばつやら秋ぐちの大洪水で、特に、水滸すいこの周辺は五、六百里にもわたってひどい飢饉ききんを来したのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ウルネ ウルネカズラという野生植物の根だということで、昔の飢饉ききん年にはこれから片栗粉を取って食べたという話が、紀州の上山路かみさんじなどにはある。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
加うるに天平四年から六年にかけては諸国が飢饉ききんに襲われ、百姓の労苦甚しく、その上地震も屡々しばしば起きて寺社家屋の倒壊したことが続紀しょっきにみられる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
罪に行ひけるに天其不政をにくみ給ひしが其處三年の間あめふる事なく飢饉ききん成しにより其後鎭臺を代られたり後の鎭臺此事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
秋になっても全くその通〔七字不明〕くりの木さえ、ただ青いいがばかり、〔八字不明〕飢饉ききんになってしまいました。
キーシュのお父さんは立派な狩人かりゅうどで、村が飢饉ききんで困った年に、村人たちのために食物にする肉を取って来ようとして獣とたたかい、とうとう命を落したのです。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
「あなたは先達せんだって、中華青年会館に開かれたロシア飢饉ききん救済音楽会のとき、たしかあのステージのわきに立っていらっしゃいましたね、ねえ、そうでしょう?」
洛中洛外に激しい飢饉ききんなどがあって、親兄弟に離れ、可愛い妻子を失うた者は世をはかなんで自殺した。
身投げ救助業 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もしこれが明暦めいれきの大火事や天明てんめい飢饉ききんのような凶年ばっかり続いた日にゃ、いくら贅沢ぜいたくがいたしたくてもまさかに盆栽や歌俳諧はいかいで日を送るわけにも行きますまい。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
飢饉ききんのため幾度か倒れ、倒れてはまた起きた事実があるので、遠いことの記録は何も残ってはいない。今知っていることはわずか五、六十年をさかのぼらないようである。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
と、どうなる⁈ エジプトの心臓ナイル河の水が、底をみせて涸々からからあがるだろう。むろん灌漑水かんがいすいが不足して飢饉ききんがおこる。舟行が駄目になるから交通は杜絶する。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いかに世並よなみが悪いといっても、凶作飢饉ききんというでもないのですから、大の男がざるや風呂敷を持って三升の米を貰う行列に加わるわけにもいかず、女子供に限ったのは
飢饉ききん、不正利得、困窮から来る売淫ばいいん、罷工から来る悲惨、絞首台、剣、戦争、および事変の森林中におけるあらゆる臨時の追剥おいはぎ、それらももはや恐るるに及ばないだろう
此頃はもう四年前から引き続いての飢饉ききんで、やれ盗人ぬすびと、やれ行倒ゆきだふれと、夜中やちゆうも用事がえない。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
雇三一やといさんぴんの気楽な境界に安着しているようだったが、天保七年の飢饉ききんのさなかに、烏丸中納言のおん息女、知嘉姫さまという﨟たき方を手に入れ、あお女房にして長屋におさめた。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「幕末には二年も続いてひどい飢饉ききんがあったんだぜ。六月にあわせを着るという冷気でね。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
明治二年の東北および九州地方の飢饉ききんの例を引き、これを救うためにも鉄道敷設の急務であることをのべたところから、政府もその勧告に力を得て鉄道起業の議を決したのであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかりといえども天明年間における田沼意次おきつぐの執政に際しては、幕綱ばっこうちゅうを解き、官紀かんきみだれ、濁政だくせい民を悩ます。加うるに浅間岳の大噴火、諸国大風雨、大飢饉ききんを以てし、庶民生をやすんぜず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
飢饉ききんの条のあまりに多いことから思いつき、それに類する書物をさがしまして、くわしい年表を作ってみようと始めたものでございます、なにしろふと思いつきましたことで準備もなにもなし
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その不景気の中で東北や北海道の飢饉ききんを知り、ひとり一せんずつの寄付金きふきんを学校へもっていった。そうした中で満州事変まんしゅうじへん上海シャンハイ事変はつづいておこり、幾人いくにんかの兵隊が岬からもおくり出された。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
飢饉ききんも来ようかといわれている昨日今日、ここらで、一つ度胸をきめねばと、手一ぱい、米を買いしめ——どこまで、わしが乗り込んでいるかは、おぬしも知っていてくれると思ったがなあ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして家に帰って、文学三昧ぶんがくざんまいに戻ってみたが、すでに終戦後の作家飢饉ききんで、多くの流行作家が世に出た後では、私は、いわゆる、バスにのりおくれた形で、持込みの原稿もなかなか売れなかった。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
はるばるとたづねて行く子供の話、飢饉ききんや火事や疫病で一度に大勢の人が死んでいつた話、何となく生きてゐるのが寂しくなつて、他国へあてもなく旅してゆく人の話など……かういふ気の毒な話に
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「以前の城門街あたりに、みすぼらしい茅屋あばらやが、数百戸あるようです。——それも連年の飢饉ききん疫病えきびょうのために、辛くも暮している民ばかりのようです」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「私はこの地方の飢饉ききんを助けに来たものだ。さあなんでも食べなさい。」二人はしばらくあきれていましたら
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
シカモ兵乱ノなお飢饉ききんヲ以テス。県務ニ鞅掌おうしょうシイマダ及ブニいとまアラズ。幸ニシテ子重ガコノ挙アリ。故ニ辞スルニ多事ヲ以テセズ。筆ヲイテ巻首ニ叙ストイフ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ペルシア国ゼルセスのギリシア征伐、ペロポネソス戦争、カエサルおよびポンペイウスの内乱、エルサレムの落城、アッティラの攻入のときに大飢饉ききん、大疫病あり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
アーホー、アーホーと啼くはこの地方にて野におる馬を追う声なり。年により馬追鳥さとにきて啼くことあるは飢饉ききんの前兆なり。深山には常に住みて啼く声を聞くなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
飢饉ききんのときに、ちちの出なくなったおかあさんの乳首ちくびを、くわえたまま死んだ子もいるし、ぎっしりつまった三等車とうしゃの人いきれの中で、のどがつまって死んだ子もいる。
どうして天明てんめい七年の飢饉ききんのおりに江戸に起こった打ちこわしどころの話ではない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もとより洪水こうずゐ飢饉ききんと日を同じうして論ずべきにあらねど、良心は不断の主権者にあらず、四肢しし必ずしも吾意思の欲する所に従はず、一朝の変俄然がぜんとして己霊の光輝を失して、奈落ならくに陥落し
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
翌一八六七年、フィンランド飢饉ききん救済の慈善音楽会に、初めて自作の「下女の舞踏」を指揮し、全く狼狽ろうばいして失態を演じたが、楽団が曲をよく知っていたので、さいわいにも大過なきを得た。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
「次官はこう答えたね、土川くん、日本はね、きみ、いま大変な時代に当面しているんだよ、詳しいことは機密だからいえないが、日本はまもなく鉄飢饉ききんにみまわれる、きみのアイディアはだめだね」
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このごろ、宴会の卓や朝飯の膳に向っても、ふと、中共の飢饉ききんと聞くニュースが胸につかえてきてならない。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉ききんのつもりかい。起きておれに手伝わないか。」見るとそれは茶いろなきのこしゃっぽをかぶって外套がいとうにすぐシャツを着た男で
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わらび根餅ねもちくずの粉の類は、今でも飢饉ききんの際にはこしらえて食うだけで、かつて一般の常食の資料には編入せられたことがなく、かえって各地の名物として改良せられている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
荒唐無稽こうとうむけいなもののように思うのは大間違いで、昔は軍陣、忍術者の食糧として必要だったばかりでなく、避穀法として、凶作飢饉ききんに備えるために、各藩こぞって学者に研究さしたものでした。
水災、風災、火災、疫病、飢饉ききん等、その種類はなはだ多し。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「天明七年以来の飢饉ききんでも襲って来るんじゃないか。」
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この県は戦争中の取立と近年にない飢饉ききんとで、見た通りにわとりき声一つしなくなっているとも云った。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝廷の力が衰微して、それさえも計画し難い期間はつづいたのだが、なお大衆はこれを予想し、荒れ狂う飢饉ききん疾疫しつえきのさなかにおいて、そういう呪法じゅほうに近い善政を待ち焦れていたのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あのネネムが八つの飢饉ききんの年、お菓子のかごに入れられて、「おおホイホイ、おおホイホイ。」と云いながらさらって行かれたネネムの妹のマミミのことが、一寸も頭から離れなかったためです。