はじ)” の例文
「無用な問いはもう止め給え。願わくは、速やかに軍法にてらして、陳宮に誅刀ちゅうとうを加えられよ。——これ以上、生くるははじのみだ」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ふふふふ。みっともねえ。こんなことであろうとおもって、あとをつけてたんだが、おかみさん、こいつァ太夫たゆうさんのはじンなるぜ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
今の世間の実際に女子の不身持にしてはじさらす者なきに非ず、毎度聞く所なれども、斯く成果てたる其原因は、父母たる者、又夫たる者が
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
五丁町ごちょうまちはじなり、吉原よしわらの名折れなり」という動機のもとに、吉原の遊女は「野暮な大尽だいじんなどは幾度もはねつけ」たのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
忠「昨年の暮浪人者の娘を掛合にった処が、御門弟をはじしめて帰したことがございましたが、の儘でございますか」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこでイザナギの命が驚いて逃げてお還りになる時にイザナミの命は「わたしにはじをお見せになつた」と言つて黄泉よみの國の魔女をつてわせました。
それほどのはじを人に加えることは、あの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことである。しかし殿様がなぜそれをお聴きいれになったか。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それまでは、一ツの秘密を持てる身の、よしや天地に耻なきも、世にはじあらむそれよりは、身の秘密をば、社会の裡面に葬りて、悠々の天命をしも楽しむべきを。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
君はみずから悔い改めて早々に立ち去るべきである。小勇をたのんで大敗のはじこうむるなかれ。——
また一種の大才略さいりゃくある人はじしのびて事を為す、妙(明徐楷が楊継成を助けざるが如し)。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そう云う場合には、お島はいつも荒れ馬のように暴れて、ッぴどく男の手顔を引かくか、さもなければ人前でそれを素破すっぱぬいてはじをかかせるかして、自らよろこばなければ止まなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
内ニ信仰ノ火燃ユルガ如ク、外ニ国民性ノ堅実不撓ふたうナルニアラザレバ、イカデカコノ悲惨ニ堪ヘ得ンヤ。絶望シ、悲観シ、空シク絶滅スルカ、然ラズンバはじヲ忍ンデ逃ゲテ故国ノ空ニ帰ランカ。
当時この国のはじとする治外法権を撤廃して東洋に独立する近代国家の形態をそなえたいにも、諸外国公使はわが法律と法廷組織の不備を疑い、容易に条約改正の希望に同意しないと聞くころである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あわれやつわもの、おたがいが武士である。勝つも負くるも時の運、敗れてはじということはない。……だが、不愍なのはおまえたちの立場である。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おめえも十八だというじゃァねえか。もうてえげえ、そのくれえの芸当げいとうは、出来できてもはじにゃァなるめえぜ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
女は一度嫁して其家を出されては仮令二度ふたたび富貴なる夫に嫁すとも、女の道にたがいて大なるはじなり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それでいじゃアないか、斯様な人ざかしい処で兎や斯う云えば貴公の恥お嬢様のはじになるから、甚だ見苦しいが拙宅へお招ぎ申して、一口差上げ、にっこり笑ってお別れにしたらかろう
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「姜維姜維。なぜこころよく降参してしまわぬか。死はやすし、生はかたし、ここまで誠を尽せば、汝の武門にははじはあるまい」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なによりより御存ごぞんじよりか。なまじはじってるばかりに、おいらァ出世しゅっせ出来できねえんだよ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
今時いまどきの民家は此様の法をしらずして行規ぎょうぎみだりにして名をけがし、親兄弟にはじをあたへ一生身をいたずらにする者有り。口惜くちおしき事にあらずや。女は父母のおおせ媒妁なかだちとに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ふさいでいる。所詮しょせん、捕われて曳かれるものなら、生きはじをかかないうちに、いさぎよく自害して果てたがましと思うからだ
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「安心しねえ。お前のような弱虫の名前を出しちゃ、こっちのはじンならア」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すると楊阜はかえってその意気を歓び、自分の降伏は、一時のはじをしのんで、主君のあだを打たんがためであると説明し
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その遺言ゆいごんは告げているのだ。わがはじすすげ。わが家の家名を上げよ。また、足利家の名をもって北条の幕府に代れ、と。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
典膳は落ちている自分の刀を拾うと、生きているはじに耐えられないように、惨たるおもてを両手でおおって、脱兎だっとのごとくこの家の門から外へ駈け去った。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朕においてすら、身は殿上にあるも、針のむしろに坐しているここちがする。——ああ、いつの日、このしいたげとはじとからのがれることができるであろう。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、一族以外の将士に、降人扱いのはじを加えらるるにおいては、彼等とても生きてかいなく思いましょうし、われらの切腹も意義をなしません。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「有難うぞんじます。——が、私が哭いたのは、自分のはじをめそめそしたわけではありません。あなたの息子たる者のために、憤慨にたえないのです」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やい、諸洞の部下ども、あれにいるのが孔明だ、この人間の計におうて、俺は三度まではじをかさねた。彼奴きゃつに出会ったのは幸い、俺と共にみんなも力を
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、たとい今日、かかるはじをうけても、心根の正しくない汝についているよりはましだった。奸雄かんゆう曹操ごとき者を見捨てたのは、自身、以て先見の明を
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
表面の萎縮いしゅくとはべつに、内心は、よけいに業腹ごうばらえた。こいつらは、おれをおれと知って、あしらっていやがったなと、はじを、新たにしたからである。
(心から生れ変ってやり直す気なら、なにも他郷をさまよう必要はあるまい。わらわば嗤えと、一時、はじなど忍んで、自分の郷土で働くのがまことではないか)
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おう、よもや縄目のはじは与えもしまいし、また、受けもせぬが、申さば“放ち囚人めしゅうど”というかたちでの、明朝、六波羅武士の迎えにまかせ、東国あずまへ下る」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今にしてひそかにほぞまれたであろうが、再び返る所はない。はじの上の辱もしのび、腹立ちもこらえて、ただただ、傲岸ごうがんでわがままな相手の前にひたいをすりつけ
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この直家も、父たる情を超えて、より大きな意義に味方し、秀吉と手を結ぶも、決して武門のはじではあるまい
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「案ずるな、入道。玄蕃が麾下の精鋭せいえいは、進まば破竹はちく、守れば鉄壁。未だかつて、はじを取ったためしはない」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(つれなく囚人扱いにすな。縄目はぜひなしとするも、あれぞ越前の捕虜と、道々、人目のはじさらすまいぞ。縄もゆるやかにし、乗り物にのせて、槙島におけよ)
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「敢えて、はじをしのび守将の任にそむき、一旦、城を敵手にまかしてござる。いかようとも御処罰をつ」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうかこらえて下さい。その代りに、他日、この功を第一の徳とし、諸人にむかって、必ずこれに百倍する叙勲じょくんを以て貴下のはじそそぐであろうと約されておられる
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかなるはじをしのんでも艱苦かんくしても、生きて還って来ることが、使命のまっとうになる役儀だからである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見事、からかわれている父のはじをそそいだのである。現今中国人のあいだでよくいわれる「面子メンツ」なることばの語源がこの故事からきているものか否かは知らない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「このはじすすがずんば」と、備えを立て直し、兵は多く損じても、戦意はいやが上にも熾烈しれつだった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よしっ。この報復には、きっと彼に後悔をさせてみせるぞ。自分も、国を出るとき、諸人の前で大言を放って来たてまえ、空しくこんなはじを土産にしては帰れない」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明智家が報じた数々の功をたたえ、一転して、信州かみ諏訪すわ折檻せっかんをうけたこと、以後たびたび不興にふれ、高家こうけ大名たちの前では、忍びべからざるはじこうむって来たこと。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生きれば生きるほどお身のはじです。毛利家の名を汚しまする。さ。お急ぎ遊ばしますように
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくて越が積年の“会稽かいけいはじ”をすすぎえたのは、ひとえに勾践こうせんもとに、ただひとりの范蠡はんれいがあったによる——と、漢土の史書は日本にまで彼の名とその忠節とをつたえていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじや体面を考えると、限りなく不愉快になった。北陸の軍馬をすぐってここまで臨みながら、拱手きょうしゅして、秀吉の大活躍を眺めているごときは、真に、彼の耐えうることではない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二階堂。なにもさように、事むずかしゅう考えずとよかろうが。……せっかく下向した勅使も、開けぬ文筥では、持ち帰るにも、が抜けようぞ、かたがた、それこそはじ上塗うわぬりを
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武人として、行賞にもれることは、事そのものよりは、功のない身をみずからはじることのほうに、むしろ痛切な寂寥せきりょうがある。そのさびしさを、光秀はどこにもあらわしていないのだ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甚内の武士は立った。見苦しからぬ仕方よ、さきの落度は取り返し、はじまさる功を
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)