ながえ)” の例文
所名ところな辻占つじうらも悪い。一条戻り橋まで来たときだった。供奉ぐぶの面々は急にながえを抑えて立ちどまった。いやしゃ二、み車をまわし初めた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は鞭を投げ捨てて腰をかがめると、馬車の底から大きな太いながえを取り出し、両手にその端を握って、力いっぱい葦毛に振り上げた。
堤を下りると、一軒の茶店があり、その前の桑畑の横に、一台の馬車がながえを下して置いてある。とく子は一人で茶店の中へ入って行く。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
口でおだやかに言いながらも、すわといわば相手のながえを引っ掴んで押し戻しそうな勢いで、遠光は牛車の前に立ちはだかっていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おほはれ、左右の輪及びながえもまたたゞちに——その早きこと一の歎息ためいきの口を開く間にまされり——これにおほはる 一三九—一四一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そして三十分後には、りっぱな副馬そえうまをつけて大駆けに同じ所を通っていた。御者だと自ら言ってる馬丁は、馬車のながえの上に乗っていた。
弟は車のながえを掴んで、その彼女をじっと待っていた。それから彼らはくらい道をてんでに別なことを考えつつ引き返えした。途中で雨が降ってきた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
車のながええる台などもあしは皆折られてしまって、ほかの車の胴へ先を引き掛けてようやく中心を保たせてあるのであるから、体裁の悪さもはなはだしい。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は矯正帽でもかぶるように、その大きな頭を上げ下げして、素直にあとすさりをしながら、ながえの間にはいる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ながえをおさえながら、みすをまき上げると、中から殿はお降りになられて、いきなり「綺麗だなあ」とおっしゃりながら、いまを盛りと咲いている紅梅を見上げ見上げ
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それで惟行の棺を出す時は門から出るにはながえが支えるので、板塀を少し取り除けたというような事もした。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
坂下に止っていた汲取屋の馬車馬が、どうしたはずみかながえから脱けて、そのままトコトコと坂をのぼり、百日紅さるすべりの枝の下をくぐって、いきなり私の庭に入ってきた。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それよりも激しいのは人力車くるまながえにつかまったり後押しをしたり、前へ立って駈出していったりする。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ほんとうはながえにチェルケースじゃなくムージクかチージク〔(それぞれ馬の呼び名)〕を附けるんだったと、のろくさ呟きながら、私の決心を飜すのを待つように
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「ところがその百姓が、車のながえと横木をかずらゆわいた結び目を誰がどうしてもく事が出来ない」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
村の方角へ一目散いちもくさんに馬を駈けさせたものだから、とうとう馬車のながえが柵にぶつかって、それ以上はもう一歩も先へ進めなくなるまで、馬をとめることが出来なかった位だ。
菩提樹ぼだいじゅの下にいつも夜じゅう出しっぱなされている一台の荷馬車のながえが、下の窓から庭へさす電燈の光で、白く浮上っている。ブーウ……隣の室で石油焜炉の燃える音がする。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少年の群はながえにすがりて馬をはづしたり。こは自ら車をかんとてなりき。アヌンチヤタは聲をふるはせてこれを制せんとしつれど、その聲は萬人のその名を呼べるに打ち消されぬ。
ながえの間につながれて疲れきりながらも、立ったまま眠って進みつづける馬のようになす。
躰は革紐で十文字に縛られ、銅の柱につながれている。紺の小具足こぐそくに身を固め血紅色の陣羽織を纏い、むちを握った武士が一人、車の横に付き添っている。ながえを曳くのは小者である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小僧が泣き、車力が泣き、車が泣くというので、三泣車といったので、車輪は極くちいさくして、ながえ両腋りょうわきあたりに持って、押して行く車で、今でも田舎の呉服屋などで見受ける押車です。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
新山堂と呼ばるる稲荷神社のすぐ背後うしろの、母とは二歳ふたつ違ひの姉なる伯母の家に車のながえを下させて、出迎へた、五年前に比して別に老の見えぬ伯母に、『マア、かうさんの大きくなつた事!』
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
御厨子みずしの前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、くれないはかま白衣びゃくえの官女、烏帽子えぼし素袍すおうの五人囃子ばやしのないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部ぜんぶながえの車まで、金高蒔絵きんたかまきえ
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馭者は両脚をながえの両側にぶら下げたまま、すこぶる下品に口笛を吹いている。
ああその意志を不幸なながえから解き放してやれ そいつは愚かな驢馬なんだよ
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
高い車蓋やかたにのつしりと暗を抑へて、牛はつけず黒いながえを斜にしぢへかけながら、金物かなもの黄金きんを星のやうに、ちらちら光らせてゐるのを眺めますと、春とは云ふものゝ何となく肌寒い氣が致します。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
山木剛造の玄関には二輌の腕車わんしや、其のながえそろへて、主人あるじを待ちつゝあり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
はてしもなく漫々たる黒土原と、数限りない砲弾の穴が作る氷と泥の陥穽おとしあなの連続。その上に縦横ムジンに投出されている白樺の鹿砦ろくさい。砲車のながえ。根こそぎのくさむらの大塊。煉瓦塀の逆立さかだち。軍馬の屍体。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
櫓を組みかけた工事場では、縄を腰簑こしみののように垂らした人夫が丸太棒の上からゾロリゾロリと下りてくるのが見られた。かたわらつながれた馬はながえを外されて、人家の軒の方に連れてゆかれようとしている。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、ながえじつとその先端さきを地に著けてゐる。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
兵車のながえ打碎き彼らを後に殘し去る。 370
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
ぬりながえ牛車うしぐるま、ゆるかにすべる御生みあれ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
『あ。母上……』無意識に、ながえの横へとびついて『いま、上西門院を、お出ましになったのは、この車ですか。母上でしたか』
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車のながえの待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四—一二六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
再びしずしずと牛車のはこにはいって、そうして、牛車を戻せと低い声で命令すると、牛はやがてのそのそと動き出して、ながえは京の方角へむかって行った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
乗り合い馬車のながえは、まっすぐに立てられなわで結えられて、その先につけられた赤旗が防寨ぼうさいの上に翻っていた。
塵を積むべき車のながえには、骨立ほねたゝしたる老馬の繋がれつゝ、側なる一團の芻秣まぐさを噛めるあり。
と太い声で馬をはげまし、ながえのところへ手をそえて自分も全身の力を出しながら、傾斜した渡板のむこうへ馬をわたらした。ダワイということばは、呉れ、という意味だとならった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
俥は靜かにながえを青山内科の玄關先に下した。予は其處で入院の手續を濟ました。さうして一つの鞄と一つの風呂敷包とを兩手に提げて、病院らしい重い空氣を感じながら幅廣い階段を上つた。
第十八号室より (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
高い車蓋やかたにのつしりとやみを抑へて、牛はつけず黒いながえを斜にしぢへかけながら、金物かなもの黄金きんを星のやうに、ちらちら光らせてゐるのを眺めますと、春とは云ふものゝ何となく肌寒い気が致します。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
見物はいまきたり集わず。木戸番のともしび大通おおどおりより吹きつくる風に揺れて、肌寒う覚ゆる折しも、三台ばかりくるまをならべて、東よりさっと乗着けしが、一斉にながえをおろしつ、と見る時、女一人おり立ちたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鳥かけもののブラ下がったのを片端かたっぱしから引き落して駈け抜けると、今度はその次の反物市場に躍り込み、絹や木綿を引き散らして窓やながえや方々に引っかけ、穀物の市場では米麦や穀類を滝のように浴び
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
塗のながえの牛車ゆるかにすべる御生みあれの日
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
車體の先に銀製のながえ突き出づ、其端に
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
ながえになっていた前の兵が、とつぜん地へ膝を折って俯ッ伏し、がたっと、地響きやら物音がしたせつなに、輿の内からあばれ出た皇子みこ宗良の姿が
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晝の四人よたり侍婢はしためははやあとに殘されて、第五の侍婢ながえのもとにその燃ゆるさきをばたえず上げゐたり 一一八—一二〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
乗り合い馬車のながえは、一斉射撃いっせいしゃげきのために先を折られたが、なお旗を立て得るくらいは立ったまま残っていた。
この時王は窓にアヌンチヤタあるを見つけ、親しげに目禮し、車の動きはじむると共に聲を揚げ。きのふは汝、けふは我。羅馬の牧のまことの若駒をながえに繋ぐ快さよ、とぞ叫びける。
幅のせまい、濃い緑、赤黄などで彩色したこし型のながえの間へ耳の立った驢馬をつけ、そのくつわをとって、風にさからい、背中を丸め、長着の裾を煽られながら白髯の老人がトボトボ進んで行く。
石油の都バクーへ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
新山堂しんざんどうと呼ばるる稻荷神社の直背後すぐうしろの、母とは二歳ふたつ違ひの姉なる伯母の家に車のながえを下させて、出迎へた五年前に比して別に老の見えぬ伯母に、『マア、浩さんの大きくなつた事!』と云はれて
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)