さわ)” の例文
血を見れば、自分が血を流したように勇み、槍や長柄の光を見れば、敵を殲滅せんめつして来たものと思いこんで、ただたかぶりさわぐのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かく観ずればこの女の運命もあながちに嘆くべきにあらぬを、シャロットの女は何に心をさわがして窓のそとなる下界を見んとする。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『菩提場経』に馬頭尊の鼻を猿猴のごとく作る。猴がさわぐと馬用心して気が張る故健やかだと聞いたが、馬の毛中の寄生虫をひねる等の益もあらんか。
唯顏を見て心をさわがせてゐたばかりで無い、何時か口をき合ふことになツて、風早は其の少女が母と兩人ふたりで市の場末に住ツてゐる不幸な娘であることも知ツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
かげったり、照ったり、さわいだり、だまったり、雲と日と風の丘と谷とに戯るゝ鬼子っこを見るにも好い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
舳櫓ともろを押せる船子ふなこあわてず、さわがず、舞上まいあげ、舞下まいさぐなみの呼吸をはかりて、浮きつ沈みつ、秘術を尽してぎたりしが、また一時ひときり暴増あれまさる風の下に、みあぐるばかりの高浪たかなみ立ちて
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この一事のほかは人目をくべき点も無く、彼は多く語らず、又はさわがず、始終つつましくしてゐたり。終までこの両個ふたり同伴つれなりとは露顕せざりき。さあらんには余所々々よそよそしさに過ぎたればなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
高声器の近所でさわぐもの、わめく者は、たちまち群衆の手で、のされてしまった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もし我が父の知ることもやと例の密室に至りてこのよしを述べけるに、そは難渋むつかしきことにあらず、軟耎やわらかにしてこまかきものを蛇に近づけてそのさわぐを雄と知り、静かなるを雌と知るべしと教へければ
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
立たせ給へといへば、一座の人々たちまおもてに血をそそぎし如く、いざ一四二石田増田がともがら今夜こよひ一四三あわかせんと勇みて立ちさわぐ。秀次ひでつぐ木村に向はせ給ひ、一四四よしなきやつに我が姿すがたを見せつるぞ。
折に心が弱り、弱々しくさわぎはするが
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
……後で、三郎兵衛ひとりが見えぬとさわぎ立てれば、はや、ここのお座所さえ、安全ではございません。く、お立ち退きの御用意を
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まぶたぢて、ひとみちる光線を謝絶して、静かにはなあな丈で呼吸こきうしてゐるうちに、枕元まくらもとはなが、次第にゆめほうへ、さわぐ意識をいて行く。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ところが大概たいがいの男は此の無能力者に蹂躙じうりんされ苦しめられてゐる………こりやむしろ宇宙間に最も滑稽こつけいな現象とはなければならんのだが、男が若い血のさわぐ時代には、本能の要求で女に引付けられる。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
乗り合いはますますさわぎて、敵手あいてなき喧嘩けんかに狂いぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お直は立って行ったが、いつまで待っても、連れて来ないのみか、菰とお稚児が廊下まで出てみると、なんとなく楼内がさわがしい。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まぶたを閉じて、ひとみに落ちる光線を謝絶して、静かに鼻の穴だけで呼吸しているうちに、枕元の花が、次第に夢の方へ、さわぐ意識を吹いて行く。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いかなることがあろうとも、るぐな、さわぐな、おびえまいぞ、綽空が、一緒だと思え、良人おっとの力、御仏みほとけの御加護があると思え
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よべ見し夢の——夢の中なる響の名残か」と女の顔にはたちまこう落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心さわぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、市にさわいでいた庶民が、信長のすがたを信長と知ったのは、勝家が捕えた法師を、町なかの寺院の門前まで引っ立てて行ったからであった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにをさわぐか、口ほどもない。それでは当流の汚名をそそぐつもりでしたことも、却って泥の上塗りだわ。——よしっ、おれが会ってやろう」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駈けて来たせいもあろうが、お稲の顔いろこそ、血の色にさわいでいた。声をみ、動悸どうきを抑えながら、告げるのだった。
「その辺の樹にくくり付けて、二人ほどで見張っておれ。あとはみな部屋へひき取れ。立ちさわぐほどのことはない」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
横抱きにさらい取り、彼らが、驚きさわぐまに、早くも、牛ヶふちの原を駈け出して、九段坂の中腹あたりを、その遠い影は、小さくなって、駈け上がっていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
磯辺いそべの貝や小魚にたわむれていた子が、興にうかれて沖へ遠く歩み出して行ったような——愛するが故の怒りが——堪らない不安になって賛五郎の胸をさわがせた。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「自分がここにあるうちは、魏も迂濶うかつには追うまい。乱れず、さわがず、順次退陣して、ひとまず漢中に帰れ」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうさわがしゅういうな。亥十郎とて決して故意や悪意で告げて来たことではない。間違いなら間違いでいい。内外ゆるがせならぬ場合だ、またこの伊丹城だ。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さわぐな、そち達の身には、危険もないことと、よくいいさとして、抑えておるし——佐々さっさ介三郎ははやあるじ、紋太夫の居間や、奥の室を、懸命にさがしておる
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さわぐな。持て余すほどな荷物なら、いつでも、この首、この胴を、べつべつにして持って歩け。このになって、逃げかくれするような宮部善性坊みやべぜんしょうぼうではない」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
介三郎はめずらしく、為のおしゃべりを、一喝して、あやうくまたさわぎかけた一同の気をさきにおさえた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、なおさらです。武蔵様が、陸路くがじを下っていらっしゃる筈はない。武蔵様のなによりもお嫌いな、そんなさわぎが、城下城下で待ちうけているようでは——」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常ならばともかく、折も折だったので、混乱が混乱をよび、一方ならぬさわぎとなっているらしい。——利家は、相浦、阿岸の二士をかえりみて、眼で何事かをうなずかせ
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「敵はもはや、死を観念し、死のうとさわぎはじめたぞ。この機をけッ。——明け方までに攻め落せ!」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その下に平野権平ひらのごんぺいだの、片桐助作かたぎりすけさくだの、加藤孫六、脇坂甚内わきざかじんない糟屋かすや助右衛門などという大供小供が、非番でさえあれば、ひとつ池のかわずみたいにがやがやさわいでいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「玄蕃は早やたのむに足らぬ。この上は、勝家みずからここに踏みとどまり、存分の一合戦してみしょうぞ。うろたえな、さわぐな、筑州、これに来らば、むしろしあわせ」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長浜城の狭間はざまにはもう燈灯ともしびがついて、夜となった町の辻には、いつまでもがやがや人がさわいでいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
龍興は、誰よりも、さわぎたてて、まだ適当な対策を持たない老臣重臣の面々を、一層、狼狽させた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廻廊の僧衆が、総立ちとなると同時に、広庭いっぱいの群衆が、わっと揺れ返ってさわぎ出した。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いつまで、あのさわがしさは、どうしたことか、組頭どもへ、勝家が命を、しかと伝えたのか」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬がさわぐのもそのせいであろう。遠く城下町のほうで、太鼓やかねの音がさかんに聞えはじめた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やぐらの狭間にも武者溜むしゃだまりの狭間にも、そのほかあらゆる兵の居場所に、城兵の顔が集まった。そして、何やら云いさわぐ声が、滝川の水音を越えて、強右衛門の耳にも聞えて来る。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城郭内じょうかくないさわぎがしずまらないので、明け方には、遂に、兵のたむろにはめったに姿を見せたことのない久子自身が出て行って、何かの指揮や処置に、正儀を励ましている様子であった。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、あれほどさわいでいた子供も、駈け出した大人も、その他この界隈の漁村の男女も、皆、森の際やがくれに、しいんと、生唾なまつばをのんでしまって、声一つ立てる者がない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身もふるえてくる、侍の面目をじっと噛んでさわぐ心を踏みこらえているにちがいなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孤高を独り楽しむほどいさぎよい気もちになったり——朝に夕に、濁っては澄み、澄んでは濁り、彼の心は、その若い血は、あまりに多情であり、また、多恨であり、また、さわがし過ぎた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何をさわぐ、耳こすりじゃ、そっと申そうものを、はて、心ない声を出すものかな」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第一には、宝寺の城中で、信雄卿が殺されたなどという虚説の出所は——決して信雄卿のお供衆からではない。羽柴家の小者の口から出たのが、さわぎとなったもとだとなす一方の云い分と。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人が去ると、その間、ひそんでいたものが、やがて樹々のこずえを渡ってさわぎだした。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、思いみだれ、胸の中で、泣きさわいでいたが、誰ひとり顧みる者もない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白い歯だの、たわしのような頭だの、大きな手の影などが、対岸の堤のうえで、再び口々に何か吠えたり、罵ったり、地だんだ踏んでさわいでいるようである。もうここは戦場でない。世間であった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)