貪慾どんよく)” の例文
自然の前でも後ろでもいい、要は常に鋭き感性とその貪慾どんよくを以て、画家は、素晴らしい仕事をさえやってのければそれが万事である。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
燭台の灯火が大きく揺れ、壁上の陰影かげがその瞬間大蜘蛛ぐもの形を描き出したのは、月子の貪慾どんよくな心願を映し出したとも云われるのである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、聞いたばかりの短い言葉から推察されるあらゆる外の情勢を理解しようとして貪慾どんよくになった。出て来て手を洗いながら又訊いた。
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
周圍の四人の貪慾どんよくに輝く目にぎゆつと睨められてゐると、見てゐる間に、からだ中の血液が吸ひ取られてしまひさうに思はれた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
ねらったのであるその点は理性的打算的であったさればある場合には負けじ魂がかえって貪慾どんよくに変形し門弟よりちょうする月謝やお膝付ひざつきのごとき
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また嚮導者きょうどうしゃとしては欠乏を持っている。そしてそのあらゆる満足はただ欲情を満たすことである。彼らは恐ろしく貪慾どんよくである。
禍害わざわいなるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯さかずきと皿との外を潔くす、然れども内は貪慾どんよくと放縦とにて満つるなり。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
「東洋人というものは、おぬしのように、左様さよう貪慾どんよくではない。余の欲しいのは、白紙命令書はくしめいれいしょだ。それを百枚ばかり貰いたい」
と、かれの貪慾どんよく相好そうごうがニヤニヤみくずれてきた。——湖水の中心では、いましもかぎにかかった獲物えものがあったらしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数日来多少場数ばかずを踏み、貪慾どんよくに気の狂った彼とても、云い難き恐れの為に、戦慄を感じないではいられませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むさぼり求めるこころ、すなわち貪慾どんよくの心を離れた慈悲のこころをほかにして、どこにも「菩薩の道」はないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
幾何いくらになるだろうかと銘々心のうちで、荘田の持つ筆の先に現れる数字を、貪慾どんよくに空想しながら、美奈子が小切手帳を持って、入って来るのを待っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはほのかで濃厚な黄昏たそがれを味わうという顔付きに一致して、いくらか横着に構えた貪慾どんよくな落着きにさえ見えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その魂は貪慾どんよくであって、現在の男や女や大地や情熱や思想などを、しかも苦々しい凡庸ぼんよう卑賤ひせんなものまでも、喜んで感じ許容し観察し理解したがっていた。
この愚劣と不正と貪慾どんよくとが日一日と烈しくなって行くのを見ながら、それに対して何事をも為し得ないとは!
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
従来親戚の間の評判のよくない私、妄想や、誤解や、曲解や、悪意や、敵意から、偏屈、一刻、怠惰、吝嗇りんしょく貪慾どんよく、等、等、勝手放題な悪名をばらまかれた私である。
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
殘忍で貪慾どんよくで、狡猾かうくわつで、手のつけやうのない兇賊團でしたが、二、三年前東海道を荒し拔いて江戸に入り、それから引續き諸人の恐怖と迷惑の種子たねになつてゐたのでした。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
だが近代での工藝の堕落が富者の貪慾どんよくに起因している事実を否定できるか。その堕落を救おうとする個人作家が、再び富者に依存するとは矛盾もはなはだしいではないか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
居士コジは、人命犯じんめいはんにはかならず萬已むを得ざる原因あることひ、財主ざいしゆ老婆ろうばが、貪慾どんよくいきどふるのみの一事いちじにしてたちま殺意さついせうずるは殺人犯の原因としては甚だ淺薄なりと
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
松木の八十五倍以上の俸給を取っているえらい人もやはり貪慾どんよくに肉を求めているのであった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それもこの上ない貪慾どんよくな坊主だというので二ヶ月経つか経たぬ間に飛び出して来て、昔
この以外にもまだ幾つかあるようだが、あまり貪慾どんよくだから一部分は遠慮することにした。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
櫻木大佐さくらぎたいさ一行いつかうが、功成こうな此處こゝ立去たちさつたあとに、何時いつ他國人たこくじん入替いれかわつて、このしま上陸じようりくせまいものでもない、貪慾どんよくことらぬ歐米人をうべいじんが、※一まんいちにも其後そのゝち此處こゝ上陸じやうりくしたならそれこそ大變たいへん
何卒どうぞ十分に言はせて下さイ——僕は常に母の不心得を、仮令たとひ無教育の為めとは言ひながら実に情ないことと思ふのです、大洞おほほらの伯父——まるで不義貪慾どんよく結塊かたまりです、父さんの如きもどうですか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
たとい君子ではないにもせよ、智的貪慾どんよくを知らない青年はやはり彼には路傍の人だった。彼は彼の友だちに優しい感情を求めなかった。彼の友だちは青年らしい心臓を持たぬ青年でも好かった。
此銅物屋の親父夫婦貪慾どんよく強情にて、七年以前せの手代一人土藏の三階にて腹切相果申候、此度は其恨なるべしと皆人申候、銅物屋の事故大釜二つ見せの前左右にあり、五箇年以前此邊出火之節
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
和助はそのうしろ姿を見おくりながら、いまつかんだ娘の手のしめっぽい柔らかな、しっとりと冷たい感触を慥かめるように右の手をじっと握り緊めながら、唇のまわりに貪慾どんよくそうな微笑をうかべた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新しい蜘蛛の巣は綺麗きれいなものだ。古い蜘蛛の巣はきたなくいやらしく蜘蛛の貪慾どんよくが不潔に見えるが、新しい蜘蛛の巣は蜘蛛の貪慾まで清潔に見え、私はその中で身をしばられてみたいと思ったりする。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
貪慾どんよく無情の聖女。永久えいきゅうに聖なる聖女。
シャトー・アルヌーへ至るデューランスがわの橋さえもほとんど牛車をささうることあたわじ。彼ら牧師輩は皆かくのごとく、貪慾どんよく飽くなきの徒なり。
『ちッ、貴様たちに、何がわかる。わが君の御刃傷には、やむにやまれない理由があっての事だ。上野介の酷薄こくはく貪慾どんよくなことは、世上の定評に聴けッ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを細別すれば、憎悪、嫉妬、貪慾どんよく、自己保全、功名心、遺産問題、その他多くの項目になる。つまり、人間感情のすべてのカテゴリーがこれに含まれる。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは人間の誰れよりも強い星の性格と、貪慾どんよくなる本能と、鋭き神経と、体力と而して最もすぐれたる表現力を兼ね備えているものでなければならないと思う。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「でも死骸がなかったひには」尚若者は躊躇ちゅうちょした。しかしその眼は貪慾どんよくらしく、小判の上に注がれた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女や酒に身を持ち崩す男があるように、形而上的貪慾どんよくのために身を亡ぼす男もあろうではないか。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
が、その媚や微笑の底には、袖乞そでごいのようないやしさや、おおかみのような貪慾どんよくさが隠されていた。此の若い男女が交しているような微笑とは、金剛石と木炭のように違っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
烏は、既に、浅猿あさましくも、雪の上に群がって、貪慾どんよくくちばしで、そこをかきさがしつついていた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
こまやかなる味はひには貪慾どんよくの心も深く起り、おろそかなる味はひ落ちぶれたる衣には瞋恚しんいの思ひ浅からず、よしあしは変れども、輪廻りんねの種となることはこれ同じかるべし。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三種類の外国語に熟達したが、それも、ただ、外国の好色淫猥いんわいの詩を読みたい為であった。僕の空想の胃袋は、他のひとの五倍も広くて、十倍も貪慾どんよくだ。満腹という事を知らぬ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
それに、近頃お吉の貪慾どんよくな追求を持て余して、切れたがっていると言った噂も、佐太郎には暗い影でした。全く佐太郎にとって、この二三年来のお吉は、重荷だったに相違ありません。
布施とは、ただ今も申し上げたごとく、貪慾どんよくのこころをうち破って、他にあわれみを施すことです。持戒とは、規則正しい生活の意味で、道徳的な行為おこないです。忍辱にんにくとは、こらえ忍ぶで、忍耐です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
そこには、老年で富裕で貪慾どんよくで、過激な王党であるとともに過激なヴォルテール党ともなるシャンテルシエ侯爵がいた。そういう変わった男もずいぶんいたものである。
補佐する高資たかすけに至っては——長崎高資に至っては、貪慾どんよくにして苛察かさつの小人、賄賂をむさぼり訴訟を決し、私情をもって人事を行い、ひたすら威服をほしいままにす。……人心北条氏を離れおるぞ!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それに、近頃お吉の貪慾どんよくな追及を持て餘して、切れたがつてゐると言つた噂も、佐太郎には暗い影でした。全く佐太郎に取つて、この二三年來のお吉は、重荷だつたに相違ありません。
アア、何という貪慾どんよくな復讐鬼であろう。彼は玉村家の、最後の一人までも、イヤ、一家のものばかりではない。その近親にまで手を延ばして、残酷無比の殺戮さつりくを行おうとしているのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
豊かなる「物」と貪慾どんよくな精神とが、門を閉じて私慾の小国を作っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嫉妬しっと貪慾どんよく猜疑さいぎ陰険いんけん、飢餓、憎悪ぞうおなど、あらゆる不吉の虫がい出し、空をおおってぶんぶん飛びまわり、それ以来、人間は永遠に不幸にもだえなければならなくなったが、しかし、その匣のすみ
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
強い制作力ある画家ほど、飽きやすく、貪慾どんよくにして我儘わがままである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
お客のあさはかな虚栄と卑屈、店のおやじの傲慢ごうまん貪慾どんよく、ああもう酒はいやだ、と行く度毎に私は禁酒の決意をあらたにするのであるが、機が熟さぬとでもいうのか、いまだに断行の運びにいたらぬ。
禁酒の心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
『お気の毒なものだ。——世間の眼から見る上野介様と、ここから見る上野介様とは、まるで違うが、世間は、そう思うまい。さだめし、栄華三昧の貪慾どんよくなお方と思われているだろうに、……何という不運なお方だろう。しかし是非もない事だ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)