詫言わびごと)” の例文
さいの出た跡で、更に酒を呼んだ宗右衛門は、気味の悪い笑顔えがおをして五百を迎える。五百はしずか詫言わびごとを言う。主人はなかなかかない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
仕方がないので詫言わびごとをして、念の為にあすこにいるあの自動車からお降りなすったのでしょうね。と確めると、そうだとの答えだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
番頭久八は大いに驚き主人五兵衞へ段々だん/\詫言わびごとに及び千太郎には厚く異見いけんを加へ彼方あち此方こち執成とりなしければ五兵衞も漸々やう/\いかりを治め此後を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さじ加減や見立違ひで人を殺しておいて詫言わびごと一つ言つた事のない医者にとつて、謝りに来るのは、魂を嘔吐はきだすよりも苦しかつたに相違ない。
心付けと、十手と、詫言わびごとと、脅かしと、硬軟いろ/\に使ひわけて、亥刻半よつはん(十一時)頃、廻つて來たのは、御隱殿裏ごいんでんうらでした。
「なに、叱られに来たと。詫言わびごとですむと思って来たか。この信長に、いや全軍の上に、かくまで大事を誤らせておきながら」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
繰返し詫言わびごとを言われてみると、結局、身一つだけが持ち出されたということに、あきらめをつけるよりほかはありません。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
若「いゝえ、私はまたお前に叱られる事が出来たのだけれども、お母様っかさま詫言わびごとをして、どうか此のお方と一緒にうちへ置いて戴くようにしておくれな」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
思いがけない剛敵ごうてき出会でっくわして、東京者も弱った。与右衛門さんは散々並べて先方せんぽうこまらせぬいた揚句あげく、多分の賠償金ばいしょうきん詫言わびごとをせしめて、やっと不承ふしょうした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
石之姫いわのひめ筒木宮つつきのみやおこってこもられ、みかどをして手を合さんばかりに詫言わびごとを申さしめ給いし例などは随分はげしい事ですが、それが仁徳にんとく帝の御徳をわずらわしているでもなく
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
つくづく思へば無情つれなしとても父様ととさま真実まことのなるに、我れはかなく成りて宜からぬ名を人の耳に伝へれば、残れるはぢが上ならず、勿躰もつたいなき身の覚悟と心のうち詫言わびごとして
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かつて九州陣巌石の城攻の時に軍令に背いて勘当された臣下の者共が、氏郷と交情の好かった細川越中守忠興を頼んで詫言わびごとをして貰って、またあらたに召抱えられることになった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ネルロの詫言わびごとに耳をも貸さず、家賃や地代が払えないなら、その代り小屋にあるものは、鍋から釜から、木片きぎれ一つ、石塊いしくれ一つに至るまで、すっかりおいて明日限り立ち退けと
三月の中頃にわたしは三浦老人にあてゝ無沙汰の詫言わびごとを書いた郵便を出すと、老人からすぐに返事が来て、自分も正月の末から持病のリュウマチスで寝たり起きたりしていたが
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
老紳士は気の毒になって、ちょっと帽子をあげて詫言わびごとをいうと、彼女は首をふって
二人の母親 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そしてそこにある婦人の屍体の上をチョロチョロと渡ってゆくので警官が驚いて追払おいはらおうとすると、そこへ紳士が飛び出していって素早く捕えて鄭重ていちょう詫言わびごとをいって猿を連れてゆきました。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今更未練が出てお勢を捨るなどという事は勿躰もったいなくて出来ず、と言ッて叔母に詫言わびごとを言うも無念、あれもいやなりこれも厭なりで思案の糸筋がもつれ出し、肚のうちでは上を下へとゴッタ返えすが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そっと横顔で振向いて、俯目ふしめになって、(貴下あんたはん、見憎うおますやろ、)と云って、きまりの悪そうに目をぱちぱちと瞬いたんです。何事も思いません。大阪中の詫言わびごとを一人でされた気がしたぜ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぶつかって詫言わびごとをいうのでもない。元来日本人は礼儀が正しいことになっているが、どうも、その「礼儀」が、非常に狭い範囲——例えば家庭内とか知人間——とかに限って行われる傾向が多い。
両人様々に証拠をとりて詫言わびごと申せしゆゑ、久政も黙止もだしがたく、然らばとて免許ありて差置かれけるに、此間このあいだ信長陣替の時丁野ちょうの若狭守と共に討つて出で合戦し、織田勢あまた討捕りしかども却て
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「通りましただ。わしにぶつかって、詫言わびごともしねえで、大急ぎで歩いて行きましたっけ。この近郷についに見かけねえ奴でごぜいますよ」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
心付けと、十手と、詫言わびごとと、脅かしと、硬軟いろいろに使いわけて、亥刻よつ半(十一時)頃、廻って来たのは、御隠殿ごいんでん裏でした。
唯一の力は、母公の詫言わびごとであった。母公は、佐渡と権六から云いふくめられている通りに、信長へ三人の助命をすがった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詫言わびごとなし是はいさゝかながら出牢しゆつらうよろこ旁々かた/″\土産みやげなりとて懷中くわいちうより紙に包み目録もくろくとして金子百兩を差出しければ富右衞門これ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
悪「おっかア、お前の眼病を治そうと思って飛んだことを致しました、此のお侍様さむらいにお詫言わびごとをしておくれよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と米友が詫言わびごとをいって、土間へ入り込んで来た時分に、土間では一斗も入りそうな薬鑵やかんのつるされた炉の周囲に、寺侍だの、寺男だのが、腰掛で雑談の真最中であります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殘れる耻は誰が上ならず、勿躰なき身の覺悟と心の中に詫言わびごとして、どうでも死なれぬ世に生中目を明きて過ぎんとすれば、人並のうい事つらい事、さりとは此身に堪へがたし
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私もつい感傷的になって、泣き沈む静子の手をとると、力づける様に、それを握りしめながら、繰り返し繰り返し詫言わびごとをした。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さア、何うしてくれるんだ。このお北には親の敵、名乘つて尋常に勝負と言ひたいところだが、せめて詫言わびごとの一つも言ふ氣になつたらどんなものだ」
詫言わびごとだけで済むことではない。かりそめにも今日は、天下の御大老たる井伊掃部頭様いいかもんのかみさまが、御登城の途中、浪士とものために討たれて果てなされたのであるぞ。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
致す者にあらずと泣々なく/\詫言わびごとなしけるを小猿の甚太夫は母に向ひ文藏夫婦はさんぬる十月中萬澤の御關所をまはり道を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
冠って謝まるものもねえもんだ、本当に詫言わびごとをするんなら頭巾を取って詫びなせえ、頭巾を取れ
と米友が何とつかず詫言わびごとを言ったものです。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は兎も角も詫言わびごとを云った。だが、この死の洞窟の中では、そんな詫言が、何だか空々しく聞えた。徳さんはそれについては、何とも答えなかった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さア、どうしてくれるんだ。このお北には親のかたき、名乗って尋常に勝負と言いたいところだが、せめて詫言わびごとの一つも言う気になったらどんなものだ」
お若さんも伊之助と相談いたし、兎に角伯父の高根晋齋が生きているうちに詫言わびごとせんと、久し振で東京へ出てまいり、まだ鳶頭かしらの勝五郎も生きているに違いないからッて
なまぬるいっ。そんな詫言わびごとで済もうか。そちと、お麗の糺明きゅうめいは、後でする。——まず修蔵だ」
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お玉はお詫言わびごとから先です。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
瑠璃子は、まだ幾分青ざめて、不安らしく目をキョトキョトさせていたが、わしの詫言わびごとを聞くと
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
貴方が詫言わびごとをして下すったらいやとは云いますまいから、何分お頼み申しますと、斯う手前泣付け
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「その詫言わびごとはもう遅い。忠雄先生にももっての外のご立腹。破門せいというお言葉であるぞ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でも暫くすると、母親が気が顛動てんどうしていたのでという意味の詫言わびごとをして、しまりをはずしたので、人々はやっと屋内に入り、恐ろしい殺人事件が起ったことを知ったのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
え……れは叔父で……お繼、何か小岩井のお婆さんのとけえ行きてえから、お婆さんにおれ詫言わびごとして呉んねえ、ちゃんの敵を討つ助太刀をしたと云うかどで詫言をして呉んねえ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「お見送りにのう。……そしてまた、わしは其方そなたにきょうまでの詫言わびごとをしに来ました」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清「困ったね、往処ゆきどこのねえ人を、お若がうちまで誘い出して来て置かないと云うなら、の人を何うかしてやらなければなんねえ、時節を待って詫言わびごとをするてえが、何うする」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼女は先口せんくちの紳士を無視して、さも慣れ慣れしい口を利いた。そして、その紳士にあっさり詫言わびごとを残したまま、柾木に何かと話しかけながら、彼の車に乗ってしまったのである。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……その余のことすべて、今となっては、詫言わびごともない、五十になって、弁円は初めて、おん身を知り、自分の愚鈍を知り申した。——迷いの夢がさめたとは、このことでござろう。ゆるされい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源「殿様は荒い言葉もお掛なすった事もなかったが大枚だいまいの百両の金が紛失ふんじつしたので、金ずくだから御尤ごもっともの事だ、お隣の宮野邊の御次男様にお頼み申し、お詫言わびごとを願っていたゞけ」
こちらの運転手は、上等自動車の手前、威厳いげんを見せて、はしたなく怒鳴どなりつける様なことはせぬ。その代り、無言のまま正面を切って、相手の詫言わびごとを黙殺して、しずしずと車を出発させた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
多「わし悪いでがんすから、叔父さんおっかさんに詫言わびごとして下せえ、おねげえでんすから」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)