かん)” の例文
旧字:
事を、政治として扱うときの彼と、全然、私情でしかない場合の彼とは、まるで別人のかんがある。だらしのないほど、一面はもろい。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち三丰のりし所の武当ぶとう 大和山たいかざんかんを営み、えきする三十万、ついやす百万、工部侍郎こうぶじろう郭𤧫かくつい隆平侯りゅうへいこう張信ちょうしん、事に当りしという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
でなければ、意地の悪い天候のお蔭で、自分が兄の前で一徹に退しりぞけた事を、どうしても実行しなければならなくなった運命をつらくかんじた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人間にんげんではどんなにふか統一とういつはいっても、からだのこります。いかに御本人ごほんにんこころかんじましても、そばかられば、その姿すがたはチャーンと其所そこえてります。
それに対してチチコフは馬鹿野郎と呶鳴った。窓際へ近よって、彼は目前の景色を眺めはじめた。窓から見おろしたところは、さながら鶏舎とりごやかんがあった。
中でも大河が主役のかんがあった。それは、朝倉先生も、恭一も、大河を相手に話しかけがちだったからである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この人間以上の膂力りょりょくは、周囲にたたずんだ若者たちから、ほとんど声援を与うべき余裕さえ奪ったかんがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬の百くせを直すよう云々、左の頸筋に指にて水という字を書き、手綱をよく握りてすなわち不動の縛の縄かんじて馬の額に取鞆(?)で卍字を書く、同じ鞭先を持ち
金五郎は、新之助が、女房を椿とかんじたのか、と、奇妙なくすぐったさを覚えた。自分はマンを菊と思い、勝則は良子を百合と考え、新之助は君香を椿と見ている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
いわば小姑根生こじゅうとこんじょうだが、当人はそうと気づいてやっているわけではない。自分の面目めんぼくにかかわると考えて、ひいては、役目のおもて天下国家の一大事ともかんじているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それに規則的きそくてきにしかも仕事しごと熟練じゅくれんしてるから、花前はなまえがきてから二か月にして、牛舎ぎゅうしゃは一ぺんしたかんがある、主人しゅじんはもはやじゅうぶんに花前の変人なりをのみこんでるから
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
右側にはやはりモデルの一人で発起人の佐々木と土井。その向側にはおもに新聞雑誌社から職業的に出席したような人たちや、とにかくかなり広く文壇の批評家といった人々を網羅もうらしたかんがある。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族にいずる者多しといえども、従来少しもその藩政にくちばしを入れず、旧藩地に何等なんらの事変あるもてんとして呉越ごえつかんをなしたる者なれば、往々おうおうあやまっ薄情はくじょうそしりうくるも
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とよたたふるもよし、夢の世とかんずるもよし。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
これそが定命じょうみょうとのみかんなば
もっとも、これまでに、彼らの尊氏かんが固まってくる根底には、それとの結び付けとなった重要な前時代の前提がないではない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして現に驚いている自分をあざけるごとく見た。自分は今の兄と権現社頭ごんげんしゃとうの兄とを比較してまるで別人のかんをなした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しょう導きまいらせてかんに至れば、あたかすでに薄暮なりけり。陸路よりして楊応能ようおうのう葉希賢しょうきけん十三人同じく至る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
民情に通じ、下賤げせんきわめることをもって奉行職の一必要事とかんじている越前守は、お役の暇を見てよくこうして江戸の巷を漫然まんぜんと散策することを心がけてもいたし、またこのんでもいたのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
はばかりなく、こういう言を吐くときの彼は、まるで別人のかんがある。公卿たちにはそれが、身のほど知らぬ臆面おくめんなしに見えもしたろうほどだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただおのが住む世を、かくかんじ得て、霊台方寸れいだいほうすんのカメラに澆季溷濁ぎょうきこんだくの俗界を清くうららかに収めればる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やぶれは時の運とかんじ去っても、それだけはなにか拭いきれぬような——晴れやらぬおもい——となり、口でいえぬ歌となっていたかにおもわれる。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし多数の女はしかく人世をかんずるにもかかわらず、しかく観ずるとはけっして思わない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また、白河の代に似て、仏教の繁昌は、いやが上に、山門のおごりを助け、五畿ごきは、えんとして、仏教国のかんがあった。
傍目わきめもふらず、しかく人世をかんじたら、人世は定めし窮屈でかつ殺風景なものだろう。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしも、もういちど鞍馬くらまのおくにこもって、星座をかんじ、天下の風雲をうかがい、おりあらばあらわれ、変あらば退いて、伊那丸いなまるさまの善後のさくを立てるかんがえ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だって、今日は朝から非常に元気じゃないか、昨日きのうた別人のかんがある」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身は、芋の葉の露とかんじて遊んではいるが、しかしその辺には、高氏も腹に一線の警戒をおいている。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさに、小牧以来、信雄を秀吉にさらわれてからの徳川家は、逆境へ向っていた。盛運とみに大坂の光輝こうきに奪われ、いわゆる“落ち目の陣営”のかんあるを否み得ない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盛大未曾有みぞうの信長法要が着々と行われ、為に、全国の人心は一時そのことにあつめられたかの如きかんをなしたし、それに伴う秀吉の中央的存在と名声とはいよいよもって
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母屋おもやの縁だけでなく、書院の廊から下屋しもやの方にも家臣の顔がいっぱいだった。水分みくまりの大家族はほとんど揃ッたかんがある。龍泉の正季まさすえも家来をつれて書院廊の角に坐っていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
部下の簿を呈して来る者やらで、そこは諸国の武者の色で、さながら武者市のかんを呈し、正季らも、それらの降人を受け容れる忙しさに手いッぱいで、遠く潰乱しつづけてゆく敵へ
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しょくうるわしといえどここもまたかんずればやいばなき戦場なりといえないことはない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なべて人間世界の諸業を“遊戯ゆうげ”とかんじる思想にも否定し難い何かがある。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いまは何をか申しましょう。何事も水の流れとかんじて忘れております」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、彼の持った武蔵かんは、当然、お杉ばばの武蔵観であった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかく、陣中の人気はこの稚子君ちごぎみにさらわれたかんがある。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなもの、あんなもの、かんずれば、夢ではないか。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうた義貞の“かん”はあたっていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)