しとね)” の例文
いやその相手なき酒宴には、とうに飽いて、杯盤も遠くにやり、しとねの横には、脇息がわりに、白絹の夜具よのものを厚く折りかさねていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滔々とうとうたる天下その師弟の間、厳として天地の如く、その弟子は鞠躬きくきゅうとして危座し、先生はしとねに座し、見台けんだいに向い、昂然として講ず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、言葉少なに仰せられ、やおらしとねからお立ちになり、蓬生の案内に従って、しりえに八人の従者を連れ、戸野兵衛の寝室へ入られた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男は外国織物と思わるるやや堅いしとねの上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、へやはほんのりと暖かであった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼女は縁側にちかい伊予簾いよすのかげにしとねを敷いていて——縁側には初夏ならば、すいすいと伸びた菖蒲しょうぶが、たっぷり筒形の花いけに入れてあったり
しかし柴はどうして苅るものかと、しばらくは手を着けかねて、朝日に霜のけかかる、しとねのような落ち葉の上に、ぼんやりすわって時を過した。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一方にはまたあの緑の毛氈もうせんを敷いたような岩高蘭がんこうらん苔桃こけももの軟いしとねに、慈母の優しいふところを思わせる親しさがある。
秩父のおもいで (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
男色なんしょくを売る少年や、十人あまりをりあつめて、僧のまわりにしとねをしき、枕をならべさせて、その淫楽をほしいままにさせると、僧は眉をも動かさず
翁が、草のしとねに座って、しずかにその暮山を眺めやるとき、山のむらさきから、事実、ほのかで甘く、人に懐き寄る菫の花の匂いを翁の嗅覚は感じた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だけがきずだが、至る処の堂宮どうみや寝室ねま日蔭ひかげの草はしとね、貯えれば腐るので家々の貰い物も自然に多い。ある時、安さんが田川たがわの側にひざまずいて居るのを見た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
演奏者のしとねが皆敷かれて、その席へ院の御秘蔵の楽器が紺錦こんにしきの袋などから出されて配られた。明石夫人は琵琶びわ、紫の女王には和琴わごん、女御はそうの十三げんである。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
余は草をしとねに太平の尻をそろりとおろした。ここならば、五六日こうしたなり動かないでも、誰も苦情を持ち出す気遣きづかいはない。自然のありがたいところはここにある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おびやかし味方に付る時は江戸表えどおもて名乘なのりいづるに必ず便利べんりなるべしと不敵にも思案を定め彼奧座敷に至り燭臺しよくだいあかりをともしとねの上に欣然きんぜんと座を胴卷どうまきの金子はわきの臺に差置さしおき所持の二品を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見渡せば正面に唐錦からにしきしとねを敷ける上に、沈香ぢんかう脇息けふそくに身を持たせ、解脱同相げだつどうさう三衣さんえした天魔波旬てんまはじゆんの慾情を去りやらず、一門の榮華を三世のいのちとせる入道清盛、さても鷹揚おうやうに坐せる其の傍には
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
忠秋が侍女たちに命じ、自分もしとねを端近くへ進めた。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
草嫩堪茵 くさわかしとねあつるに
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
軟いしとねを体の下にも置き直す
その後からしとねを捧げながら、例の町娘がいて来たが、熊太郎を見るとテレたように微笑し、上座へ茵を手早く直すと、早々にして引っ込んだ。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
刻々、敵軍のせまるらしい物音は夜の潮鳴しおなりにことならない。後伏見ごふしみ(法皇)は、仲時を烈しくお叱りになりながらも、ついにはおしとねを立って
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この日に家康は翠色みどりいろ装束しょうぞくをして、上壇じょうだんたたみを二帖敷じょうしかせた上に、暈繝うんげんの錦のしとねを重ねて着座した。使は下段に進んで、二度半の拝をして、右から左へ三人ならんだ。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
暫く四方の眺望をほしいままにし、そして岩を下りると、しとねのようにやわらかいふっくりした青い岩高蘭がんこうらん苔桃こけももの中に身を埋めて、仰向けに寝ころんだまま、経文を誦する人声が耳に入るまで
金峰山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
主人は白い長い腭鬚あごひげをひっぱり、黒ちりめんの羽織で、大きなしとねに坐り、銀の長ぎせるで煙草タバコをのみ、曲彔きょくろくをおき、床わきには蒔絵まきえ琵琶びわを飾り、金屏きんびょうの前の大がめに桜の枝を投げ入れ
草をしとねとし石をたくとして、谿流けいりゅう縈回えいかいせる、雲烟うんえんの変化するを見ながら食うもよし、かつ価もれんにして妙なりなぞとよろこびながら、あおいで口中に卵を受くるに、におい鼻をき味舌をす。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紇の妻は石のとうの上に寝ていたが、畳をかさね、しとねをかさねて、結構な食物がたくさんに列べてあった。たがいに眼を見合わせると、妻は急に手を振って、夫に早く立ち去れという意を示した。
美しいひろ落葉おちばが落葉の上にかさなって厚いしとねを敷いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かもにおしとね
後醍醐は、さらにきざはしを数段、上へもどった。そしてしとねを待ち、茵にすわって、すぐ階下へ来てぬかずいた新田の父子兄弟三名をあらためて見た。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山吹がこんもりと咲いていて、そのくさむら周囲まわりには青み出した芝生が、しとねのように展べられていた。山吹の背後うしろには牡丹桜が重たそうに花を冠っていた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈おおいえの奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うにしとねを三枚かさねて敷いて、山椒大夫はおしまずきにもたれている。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
信玄は足でも焼かれたようにしとねを蹴って飛び上ったが、日頃の沈着も忘れたかのように宝蔵の方へ走って行った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
がしかし、守時も彼も、しばらくは、“うつつなき人”のおしとねの後ろに、黙って控えているしかなかった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
炉の向い側にはしとね三枚をかさねて敷いて、山椒大夫がすわっている。大夫の赤顔が、座の右左にいてある炬火たてあかしを照り反して、燃えるようである。三郎は炭火の中から、赤く焼けている火筯ひばしを抜き出す。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かかる間に、二条京極の警固五十余騎もせ参じ、賊は運のつきと思ったのだろう。夜ノ御殿へ逃げ入ッて、天皇のおしとねを借り三人ともに腹切って死んでいた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小袖幕で囲い設けた立派な観桜席せきが出来ていて、赤毛氈に重詰の数々、華やかなしとね、蒔絵の曲禄、酒を燗する場所もあり、女中若侍美々しく装い、お待ち受けして居た所から
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平八郎はしとねの上に端坐たんざしてゐた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そして再び、楽部の伶人の奏楽につれ、次の御宴では、法皇もおしとねばかりのおくつろきだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
食机おしきの上に盆鉢わんばちが並び、そこに馳走の数々が盛られ、首長の瓶子へいしには酒が充たされ、大さかづきが添えられてあり、それらの前に刺繍を施したしとねが、重々あつあつと敷かれてあったからである。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みかどは寝殿しんでんはしにおしとねをおかれ、はしの東に、二条ノ道平、堀河ノ大納言、春宮とうぐうノ大夫公宗きんむね、侍従ノ中納言公明きんめい御子左みこひだりノ為定などたくさんな衣冠が居ながれていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「綺麗な草の花をしとねとして、美しい婦人方が仆れております」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ぎられたすすきのあとは義貞のしとねと千寿王のすわる座敷になった。——やがて輿からおろされた千寿王はほんとにきれいな稚子ちごだった。かぞえ年五ツであった。でもしつけはある。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大喝と同時に、そのしとねから不意に、敏捷な犬の如く、どこへか身をひるがえした。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)